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最終章_最終日-2

 空から町を見下ろすような、俯瞰した視界に、いろいろな情報が流れ込んでくる。鳥になった気分だ。その中から、重要な情報を拾うために目を凝らし、耳を澄ませる。


 利奈っちの洞窟前に俺の意識は向いた。


 皆は食糧を若山さんが置いていった軽トラックに積めるだけ積んで、何往復かした。


 協力して、荷物を上げたり降ろしたりした。十人前後なら、数ヶ月は暮らしていけるだけの量を地下に運び込んだ。


 相変わらず、意識は共有されて、渦巻いている。


 俺は紅野明日香のそば、地下に居ながら、地上の出来事をも認識できる。おそらく地上の皆も同じような感覚だろう。自分を持ちながら、他人の目になれたり町を俯瞰できたり。


 まるでエスパーになったような感覚だった。


 さて、洞窟の入口付近で、不意に、おりえが言った。


「でも、何で食糧をここに運んでるにゃん?」

 その疑問はもっともだ。


「さぁ……」

 首を傾げる利奈っちと、


「ショッピングセンターのエリアは、ソラブネで運べる重さをオーバーしてしまうので、切り離し予定だから」

 思念波を届ける明日香。


「ってぇことは……もしかして……この地を離れるってこと?」

 利奈は首を傾げた。


「このまま、此処に居るのは、いけないのかにゃん?」

 それも、もっともな疑問だ。だが、


「ソラブネが目覚めてしまった以上、この町に留まることは危険以外の何でもないわ」

 (りん)として答える明日香の声。


「ソラブネって何だにゃん?」


「詳しくは、後で利奈っちに訊いて」と明日香。


「わかったにゃん」


「だが、危険って何だ。これ以上、何の危険があるんだ?」


 俺が訊くと、


「達矢は黙ってて。今、忙しいの」


「ひでぇ……」


 ていうか、忙しいって……何に忙しいんだろうか。


「危険っていうのはね、軍が攻めて来るからよ」

 那美音の声がした。


「軍? あれ、でも、さっき、会長さんが艦を沈めて……」

 と利奈。


「あれは(政府)軍。(民間)軍がまだでしょ」


 ああ、そうか。政府軍の方はひとまず何とかなったが、民間軍の勢力が入ってくる前に逃げなければならないし、他にも政府軍の追っ手が駆けつけないとも限らない。だから、もうこの場を離れて逃げるべきだという判断か。


「S? M? 何のことだにゃん?」


「たぶん、カオリの想像してることとは違うことよ」と利奈。


「政府軍と、民間軍のことだ。その頭文字をとって、それぞれSとMだ」と俺。


「シャツのサイズでは無いにゃん?」


「もしもそうだったら、M軍の方が体が大きくて強そうね」


「でも、大きく見せるために大きめのTシャツを採用してるかもしれないにゃん」


「そうじゃないわよ」と利奈が呆れたように。


「さっき襲ってきた『いやっほう!』しか言わない兵士とか、体は大きかったもんね」

 天から明日香の声が響く。


「じゃあ、はちきれそうなシャツを着ていたにょ?」


「まず、シャツのサイズ説から離れなさいよ」と利奈。


「うむにゅん……」


「ねぇねぇ、ていうかさ……」

 こんどはみどりが声を出す。


「何? どうしたの、サハラ」


「……今さらなんだけどさ、何で、頭の中に響くような声が聴こえるのかな。戸部くんの声とか、ここに居ない人の声が、何で……」


「那美音さんが繋いでくれてるのよ」

 と明日香の声。


「那美音さん……?」


「えっと、つまり……インターネットの掲示板に書き込みしてるようなものかな?」

 俺は言ったが、


「達矢はうるさい、黙ってて」

 明日香様ひどい……。


「掲示板というよりも、チャットって感じかしら」


「あぁ、なるほど。さすが那美音さん」

 明日香、俺には冷たいのに、那美音には優しい。ずるい。


「ん……那美音さん……って……もしかして」

 看板娘の笠原みどりが呟き、


「サナさんだよ」

 利奈がみどりに言った。


「え? 本当に? まつりちゃんは、知ってるの? サナさん……那美音さんが戻ってきてるって」


「えっと……」


「まつりは知らないわよ。まつりに気付かれると面倒だから、あたしの声だけは、まつりに届けないようにしてる」


 何やら、色々あるらしい。


「まつりには、あたしの存在は黙っててね」


 そして、那美音の能力も明日香の覚醒にともなってレベルアップしたようだ。自由に声の届け先をコントロールできるように進化したらしい。


 こうなると、チャットっていう機能に限定できないな。まるで携帯電話のようにも思える。


 便利な力だな……。


「そっか……」

 みどりは呟いた。


「何だ、まつりと那美音って何か関係が――」


「達矢、うるさいから黙って。集中できない」

 言いかけた言葉を遮られた


 何なんだ、一体。


「ていうか……明日香はさっきから何をやってるんだ? 『忙しい』だの『集中できない』だのって」


「ソラブネへのアクセス権を得るために、断線してしまっている回路を繋いでるの」

 超意味のわからないことを言ってきた。


「どういうことだ」


「うるさい。詳しくはアルちゃんにでも訊いて」


「アルファに……?」





 そこで俺は、意識をアルファの居るショッピングセンターに向けた。


「アルファ、アルファ」


 声をかけると、アルファが上を向いた。


「何? おにーたん」


 ミネラルウォーターのペットボトルが大量に入った箱を抱えながら、空を見て言った。


「力持ちだな……」


「いえ、あたしの力ではなく……」


「本子さんの力だもんねぇ」と本子さん。


「ですです」


 なるほど。本子さんの念動力で動かしているわけか。


「それで……アルファっちに何か御用ですか?」と本子さん。


「ん、待てよ? 何だ、本子ちゃんは今度はアルファに取り憑いたのか」


「違いますよ。本子は今、この町に取り憑いてるんです」


「……つまり……この町の人々を総括して包む集合された意識に取り憑いている……と」


「その通りですー」


 要するに、町の皆に取り憑いている……みたいなものか。那美音の能力が上がったように、明日香がソラブネに入ったことで、本子さんの力もレベルアップしたのかもしれない。


 しかし、町の守り神みたいなノリだな。幽霊だけど。


「それで、おにーたん。あたしへの質問って……」


 アルファが俺の言葉の先を欲しがったので、質問してみる。


「ん、ああ。明日香が、何かやってるみたいだが、何をしてるんだ?」


「いきなりそんなことを訊かれても、あたしは神さまじゃないので、今はミネラルウォーターを持つことくらいしかできません」


「それも、持っているのは本子です」とすかさず本子さん。


「もう少し情報があれば……キーワードとか」


「キーワード……えっとだな、ソラブネへのアクセス権がどうのこうの……って言ってたな」


「なるほど☆」


 一瞬で閃いたらしい。


「わかるのか?」


「ソラブネの持ち主を、明日香おねーたんにするようにデータを書き換えてるんです」


「それって、時間かかることなのか?」


「そうですねぇ……えっとォ……わかりやすく言うと、二時間くらい掛かるっぽいです」


「結構かかるな……」


「食糧を運んでいればあっという間ですよ。というか、今、もう明日香おねーたんがソラブネと交渉を開始して二時間くらい経ちますよ」


「そうなのか……」


 じゃあ、あと数分で、ソラブネは明日香の支配下になるということか。意識が融合してから、なんだか時間の感覚がずれている感じだ。体感的には、まだ三十分くらいしか経っていない気分でいたぞ。


「ちなみに、アルファっちの代わりに荷物を運んでいるのは本子ですけどね」

 本子さんの仕事してるアピールがしつこい。


「なあアルファ」と俺はきく。「明日香がデータを書き換えてるって言ったが、それによって、何ができるようになるんだ?」


「空を自由に飛べます」


「空を自由に……?」


 夢のようだな。


「水に浮けます」


「ほう」


 便利だな。


「水に潜ることもできます。でも、そうすると皆死にます」


「確かにな……」


 人類は深海では人類として生きられない可能性が限りなく高い。


「他には?」


「すごいの撃てます」


「すごいの? 何じゃそりゃ」


「惑星一個くらいなら、ケシズミにできます」


「……えっと……やばいな、それ……」


「明日香おねーたんは、そんなことしないと思いますけど、やろうと思えば、それくらいのパワーでの砲撃はできます。でも、パワーの調節ができないというデメリットもあって、つまり、常に全力フルスロットル! それがソラブネです! それと、無限にエネルギーを生み出す規格外のオーバーテクノロジーなので、欲望に忠実だったり、狂った人間が持つと、大変なことになります」


 じゃあ、ちょっとヤバイじゃねぇか。


 明日香は欲望に忠実で、ちょっとおかしいからな。


「その他、使い方については、輝く本に書いてあるはずなので、そちらを参照して下さい」


「輝く本……は、明日香の中に入り込んじまったみたいで、消滅してしまったぞ」


「では、詳しいことは明日香おねーたんに訊いて下さい」


「そうか……」


 と、そこへ、


「あれ、ファルたん。何でそんなところで立ち止まってるの?」

 紗夜子がトコトコやって来た。


「天の声と話していたのです」


「幽霊さんと?」


「いえ、おにーたんです」


「誰それ」


「俺だ」

 俺は声を出した。


「おー、たっちー」

 通じた。


 紗夜子は、ぶどうジュースみたいな色の飲料が入ったビンが詰められた木の箱を運んでいた。


「……紗夜子……つかぬことを訊くがな」


「何?」


「そのぶどうジュースみたいなのは何だ」


「げぇ、見つかったぁ」


「まさか、最初に『ワ』がついて『ン』で終わる飲み物じゃないだろうな」


「やだなー、ワンタンじゃないよ」


 誰もそんなもの想像してねぇよ。


「ワトソンですか?」とアルファ。


「あー、そっちかー」


「誰だよ!」


「わたしはてっきり、ワイドスクリーンかと」紗夜子。


「ワイン……ドアップモーションじゃないですか?」アルファ。


「惜しい!」と俺は心のなかで膝を叩く。「アルファたん惜しい。途中までほぼ当たってた!」


「和英辞典なんてどうでしょう」アルファ。


「あっ、ワクチンか!」紗夜子。


「わざとやってんのか……お前ら……」


「ワシントン!」と明日香。


「お前まで入ってくるな」


「何よその態度。歪んだ骨盤矯正するわよ」

 むしろ良いことじゃねぇか……。


「ワッペン!」

 とアルファ。まだ続ける気なのか……。


「あっ、ファルたん、それわたしが言おうと思ってたのに!」


「フフフ、早いもの勝ちです!」

 勝ち誇るアルファ。


「うゅぅ……」

 悔しがる紗夜子。何の争いだ。


「和同開珎!」アルファ。


「わななくライオン!」


 どんな状況だ。


「ワン!」アルファが吠えた。


「犬かよ」俺のツッコミ。


「ワイバーン!」ファンタジー的な単語を吐いたのは紗夜子。


「飛龍かよ」


「たっちーのツッコミ!」と紗世子。


「え……どういう……」


()ンパター()ってことじゃない?」

 と明日香。


「…………」

 場外からの声に、俺は落ち込んだ。


「わいせつ物陳列罪現行犯!」


「誰がだ。上空を指差しながら変なことを言うな!」

 今の俺に紗夜子の前で、わいせつなものを陳列する(すべ)すら無いぞ。


「おにーたん……おにーたんも何か言ってよ」


「そう、たっちーも何か言うべき」


「え? 『ワ』で始まって『ン』で終わる……だっけか」


「「うんうん」」

 頷くアルファと紗夜子。


「……えっと……」

 俺は頑張って脳内を検索してみたが、


「出てこないな……」

 該当する単語を搾り出すことができない。


 ダメな脳みそを嘆きたい。


 ワ……ワ……。


 すると紗夜子に罵られた。


「この……()すれんぼうさ()!」


「くっ……」


 ちょっと悔しかった。


 そんなタイミングで、車のエンジン音がして、まつりが運転する軽トラックがやって来た。


 まつりは運転席からジャンプして飛び降りる。


「おまたせ」


 敬礼した。で、言った。


「ん? もうこれで最後? ずいぶん荷が少ないけど」


「ううん、遊んでたから」

 と紗夜子。


「何ですって……」


「アルファもー」


「本子も一緒にです」

 愉快な仲間たちが、次々と遊んでいたことを告白していた。


「誰と?」


「たっちーと」

 まつりは上空をにらみつけた。


「達矢っての。後でシメるからね」


「何故俺ばかりが……」


「当り前でしょ、一番働いてないんだから!」

 それは……否めない。


 俺は、明日香と一緒にソラブネの中心部に居るだけだ。


 那美音と明日香との通信役になれるかと思っていたのだが、明日香と那美音の意識が直接繋がってしまったようで、俺は完全にオマケ状態。だが、俺だって、好きでこんな立場になったわけじゃないんだぞ。そこんとこを、もうちょい理解してくれないとだな……。


「ま、とにかく。問題はそんなことよりも、回収は、もうそろそろこんなもんで良いんじゃないかって話。水も食糧も日用品も、かなり集まったことだし……これが最後の物資回収にすっか」


 まつりの言葉に、紗夜子がこくりと頷く。


「それじゃ、マナカ、アルファ、幽霊ちゃん。荷台に乗って」


 まつりは言うと、運転席に飛び乗り、バタンと扉を閉めた。


「うん」


「はーい」


 二人プラス幽霊はミネラルウォーターが入った箱と、紫色のビンが入った木箱をそれぞれ荷台に乗せ、アルファはゆっくりもたもたと、紗夜子は軽やかに、それぞれ荷台に飛び乗った。本子さんは、荷台に乗らないでもフワフワと浮いているので、関係なかった。


「それじゃ、二人とも、しっかり掴まって」


 こくこくと頷く小さな二人。


 そして揃って右拳を振り上げて、


「「ゴーゴー!」」

 と言った。揃った声で。


「あぁーっ! 本子の専売特許をぉぉ!」


 幽霊がこの世の終わりみたいに悔しがっていた。


「発進するよっ!」


 エンジン音。


 車は走り去った。


 紗夜子とアルファの楽しそうな声も遠ざかっていく。


 ショッピングセンター前には、誰も居なくなった。




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