最終章_最終日-1
洞窟の中、優しい明かりが灯っている。
明かりを発しているのは、先刻明日香の手に降ってきた輝く本。
繋がれた手。二人きり。
目の前で、明日香の顔が照らされていた。
「達矢……ここ、どこ?」
「いや、俺に訊かれてもな。お前が連れて来たんじゃないのか? 手を引っ張ったのは、明日香じゃないか」
「そうだけど……わかんない。しかも、何? このホワホワと輝く本」
「それも、俺が訊きたいくらいだ」
「何でこんなに不思議なことばかり……」
不満そうに呟いた時――
(達矢くん、達矢くん。大丈夫?)
頭の中に、声が響いた。那美音の声だ。
――那美音さん。こっちは大丈夫そうです。
(どうなってるの? アスカちゃんもそっちに居るの?)
――あぁ、明日香も無事だ。
(そう……)
――俺たちが今、どこに居るのか、わかりますか?
(さっき立ち止まった場所あるでしょ?)
――ああ、はい。あのT字路の辺りですよね。
(その目の前にあった壁の中に居るみたいね)
――皆無事ですか?
(達矢くんとアスカちゃんが居なくて……他は……あっ、本子ちゃんが居ない)
「本子さんが……?」
俺は呟いた。
「本子って、あの利奈に取り憑いてる幽霊っていう……」
「本子がどうかしましたかー?」
「うお、本子ちゃんっ……」
なんと、その幽霊がフワフワ浮いていた。しかも明日香の持っている本と同じような輝きを放ちながら。
(本子ちゃんもそっちに居るのね。よかった)
「あなたが本子ちゃん……本当に居たんだ……」
「はい、はじめまして、明日香さん!」元気だった。
「へぇ。確かに可愛いわね。白くて、小さくて」
「また褒められちゃいました! 本子大人気!」
頭大丈夫か、この幽霊。
(達矢くん。ソラブネに近づけるのは……たぶん、達矢くんたちだけだと思うわ)
思わず言葉を失う。すごく重たい展開になっている気がする。なんで俺に責任みたいなのが圧しかかってくるのやら。
――いや、そんなこと言われても……どうすりゃ良いんだよ。
(そんなの、わかったら苦労しないわよ。とにかく、この壁を物理的に越えることはあたしたちには出来なさそうだから、こっちはこっちで別ルートを探してみるわ)
――ん? ちょっと待て。
(どうしたの?)
――何故、俺たちは、壁の向こう側に来てしまったんだ?
(不思議よね)
――ああ、まったく……。
この様子だと、那美音さんにも、わからないらしい。
(とにかく、達矢くん、アスカちゃん……この世界の命運は、キミたち二人に掛かっている!)
――ええええっ?
そんな重たいことハッキリ言わないで欲しいんだが。
(それでは、これで通信を切ります。何かあったら呼んで)
――お、おう……。
(じゃあねっ)
そして、声だけの通信が終了し、静かな世界が戻ってきた。
それにしても……変なことに巻き込まれたものだ。
「ねぇ、達矢……こわい……」
明日香の声は、震えていた。
「こわい? 何が」
「だって、よく考えてみてよ!」
「何をだ」
と、あくまで冷静に返す俺。
こんな状況だからこそ、冷静さを失ってはいけないと自分に言い聞かせる。
「急に変な光に包まれて、気が付いたら輝く本があって幽霊がいて、達矢しか居なくて……」
「確かに考えてみれば、こわいな」
「でしょ? 夢なんじゃないかって思うのよ」
夢、ねぇ。明日香は、自分にとって信じられないことがあると、毎回そう言ってる気がするな。
「だが、たとえ夢だろうと、ゴールに辿り着かなくては悪夢から抜け出せないような気がしないか?」
「そう、ね……」
「というわけで……ソラブネとやらを探しに行くぞ」
とにかく、明日香という名の「選ばれし者」を使ってソラブネの鍵を解き外さねばならない。それが、今の俺に与えられた使命のようなものなのだろう。
「と、その前に明日香。その手に入れた本を見せてくれ」
「え、うん」
うなずいて、分厚い本を手渡してきた。
受け取り、本を抱え、パラパラ捲ってみる。
「……白紙?」
ずっと、白紙だった。
ぼんやりと淡い光を放っているのみだった。
「あぁ、それはアレです。バカには文字が見えないんです」
そう言ったのは本子さん。
「……何だとぅ!」
「あ、私にも見せて」
紅野は興味深々といった様子で俺の手から本を奪い取ると、読み上げた。
「えっと、『明日を掴む選ばれし者、数え切れぬ苦難を乗り越え舟を起動する』」
読めているだと。明日香はバカではないということかっ!
「『舟は空高く飛び上がり、明日への希望となるだろう』」
読んで明日香は、
「……何これ」
全力で顔をしかめた。
「俺に訊くな……わかるわけないだろ」
しかしその時、
「ぴきーん……本子、全て思い出しました!」
思いもよらないところで効果があったらしい。
金色の眩しいほどの強い光が、本子さんを包む。
「ど、どどど、どうしたの、幽霊さん」
「目覚めたのです」
「目覚めた……?」
「本子は、全ての記憶を取り戻して、ソラブネへの導き手になるのです」
「きらきらと神々しい光を放ったまま、変なことを言い出した幽霊なのであった」
俺はナレーション調で言った。
「見えます。本子には、ソラブネに至るゴールデンのスネークラインが見えます! 予言者の血が、今、目覚めたのです!」
「そ、そうっすか」
「では、行きましょう! 歩きながら、お話します」
「お話って……何をだ……?」
ふと明日香の方を見ると、不審なものを見るような目を本子さんに向けていた。いんちきマジックを見破ろうと目を凝らしている感じだ。
わからないでもない。今の本子さんは、かなり胡散臭いからな。どうせ、「何この立体映像。誰の仕込みかしら」とか思っているのではないか。そのうえ、「何よこのドッキリ。バカじゃないの」とか思っているのだろう。
「ともかく、行きますよ」
本子さんは、言って、フワフワと先導して進み出した。
「ああ。行くぞ、明日香」
「あ、う、うん」
明日香は本を閉じ、俺たちは下りの階段を歩き出した。
「さて、何から話しましょうか」
本子さんは、そう言って、明日香の方を見た。
「何からって……ねぇ……」
「ソラブネって、何すか」
俺は訊いた。
「ソラブネの正体ですか。それは、簡単に言うとですね」
「簡単に言うと?」
「世界中のあらゆる方式よりも危険でなく、どんな物質よりも効率が良い。無限にエネルギーを生み出し続ける永久機関。それが、ソラブネなのです。それが何を意味するか、わかりますか?」
「エネルギーが飽和して、世界のバランスがメチャクチャになるとか?」
明日香が自信なさげに呟いた。
「たぶん、そんな感じだと思います」
「たぶんって、アバウトだな、おい……」
「何しろ、なったことが無いのでわかりませんが、そういうことになってしまう可能性があると教えてもらいました」
「教えてもらったって、誰に?」
「予言者である、お母様です」
いつの時代の誰なんだよ。
「本子も選ばれし者も、予言者の血を引いているのです。つまり、本子は明日香さんのご先祖さんということになるやも」
「予言者の血って、何すか」
俺は訊いた。
「説明しましょう予言者というのは、このソラブネに乗ってやってきた女性のことです」
「女性……?」
「つまり、この星の言葉で言うところの……宇宙人です」
「宇宙人っ?」
明日香は目を丸くした。
「つまり……明日香も宇宙人の血を引いているということか?」
「まぁ、そうなります」
「うっそ。私の血、赤いよ」
「はい、予言者であるお母様の血も赤かったです」
「そうなんだ……」
「お母様は、本子たちに輝く本を与えました。やがて来る滅びを回避するために。ソラブネを甦らせることのできる『鍵』への手がかりを」
「輝く本って、何だったんすか」
俺は挙手して訊いてみた。
「『選ばれし者』を探すことのできるアイテムだということは、既にご存知かと思います」
「ああ……本を包む光の度合いとか、色によって『選ばれし者』の接近を知らせるんだったか」
「実は、本子は、三人きょうだいなのです」
「……それがどうした?」
「輝く本は三種あるのです。きょうだいそれぞれに、輝く本が与えられました」
「というと?」
「姉の本美の持つ超能力を後世に伝える本。そしてソラブネの使用方法を子孫に伝える本子の本。最後に、弟の本三郎の持つ知恵を与える本」
本美、本子、本三郎……か。
「揃いも揃って変な名前だな」
「他人の名前を中傷するなんて、規格外に失礼ですね」
否めない。
「シメますよ?」
脅すなよ……。
「鎖骨折るよ?」
明日香も便乗するな……。
「すみません……」
謝った。
「とにかく、全ての輝く本は、『選ばれし者』と『ソラブネ』へと辿り着くための情報を内包したものなのです」
「そ、そうっすか……」
「あとは、何かありますか?」
「そうだな……。何かあるか、明日香」
「えっと、特にないかな」
明日香はそう言った。
「そうですか」
本子さんに先導される形で、しばらく階段を下ると、終点に着いた。
「ここは?」
「扉……かな?」
目の前には、扉のようなものがあった。
「ここです。迷わず辿り着けました。どうです、見事でしょう」
「いや、一本道だっただろ。ただ階段を下っただけだ」
「今、開けます」
本子さんが俺の言葉を無視して目を瞑って集中すると、
ズゴゴゴゴゴゴ。
そんな音を立てて、震動と共に、扉が開いた。
「さぁ、本子は、ここでお別れです」
「え?」
「本子の役目は終わりました。利奈っちのところに戻ります」
「幽霊さん……」
「お礼くらい言ったらどうです?」
「「あ、ありがとう」」
うながされて、ようやく二人、揃ったお礼を言えた。
「それでは、これで! またねっ!」
テンション高めで笑顔のまま言うと、本子ちゃんはフッと消えて、輝く本まで消えてしまった。
光が無くなって、真っ暗闇になった。
無明の闇の中、残された二人。
でも、真っ暗闇でも、不思議と恐怖は感じなかった。
闇は怖いはずなのに。
やっぱり、明日香が居るからかな。
「ねぇ、達矢」
「ん? 何だ?」
「どうして、一緒に来てくれたの?」
「いや、よく思い返してみろ。俺の意思ではなく……」
明日香に手を引っ張られて、壁をすり抜けてしまっただけなんだが……。
「暗闇は、苦手なんじゃなかったっけ」
「大丈夫なんだよ。俺の天使が一緒だからな」
手を伸ばした。手を繋いだ。
繋いだ手の方を見た。暗闇で何も見えない。
でも、そこには確かに温もりがある。
人が居て、光がある。
「……やっぱり、私のこと好きなんじゃないの?」
「自分で言うなっての」
「私はね、達矢のこと好きだよ」
またしても告られたぞ。
「達矢と二人で、真っ暗闇の恐怖に勝てる。ここに光が無いのなら、二人が光になればいい。一緒に居るのが自然な関係。当り前のように側に居て、軽く笑い合えて、ケンカもできて、一方的じゃなくて対等で。そんな人が、居てくれたら最高だって思ってた。達矢なら、そういう人になってくれるんじゃないかと思った。最高の関係を、最低の環境で。でも幸せで。恋とか愛とかは……んと、よくわからない。でも、私は、達矢と居たい。そう思えることが幸せだと思うのは、自分勝手な自己満足でしかないのかな」
明日香が、どんな顔をして言っているのか、闇に包まれた世界ではわからなかった。
でもきっと、泣きそうな顔してるか、笑ってるか、どっちかだなって思う。
「俺だって、恋とか恋じゃねえとか、よくわかんねぇ!」
「でも、互いに好きだから、今ここに二人、居るんだと思う。達矢もそうだって、私は信じてる!」
信じてる……か。
嬉しいようで、こわいようで。
「私が好きなんだから、あんたも私を好きでいるべき!」
「そういうの、身勝手っていうんじゃないか」
「知ってる!」
やれやれ、とんでもないやつだな……。
「だが、そうだな。俺も、嫌いじゃないぜ」
俺は繋いだ手をギュッと握った。
「行こっか」
「ああ……行こう、明日香」
闇の中を、歩き出す。
一歩、また一歩、歩く。
二十歩くらい歩いたところで、
パッと光が灯った。
とはいえ、薄暗くて、優しい光。
どこから発せられているのか、よくわからない光が数本、束になって広間の真ん中に向かって射している。
テニスコート二面分くらいの広間。その中心近くには、一人掛けの椅子がある。
背もたれのある、赤い椅子。
「椅子だね」
「ああ、椅子だ」
「座って、良いかな」
「明日香は、選ばれし者なんだろ。てことは、明日香のための椅子だよ」
「選ばれし者……か」
明日香は呟き、二人を繋いでいた手を離すと、ゆっくりと椅子に座った。ちょこんと座った。
静かだった。
ただ呼吸の音だけが響く。
「何も、起きないな……」
「うん……」
薄暗い、静かな世界。
静か過ぎて、耳が痛くなるような。
(達矢くん!)
頭の中で、大きな声が響いた。
「今の、那美音さんの声……?」
「ああ……何かあったのかな」。
――どうしました、那美音さん!
俺は心の中で大声を出し、問いかけた。
(何これ……巨大な、隕石が!)
「隕石だと?」
「隕石……って……?」
(鍵の形をした隕石が、空を割って……)
「鍵の形の……?」
俺が呟くように言うと、明日香が、
「それ、ソラブネの鍵……」
はっとした表情をして言った。真面目な顔で、そう言った。
「何? ソラブネの鍵……だと……? 何でそんなことがわかる?」
「輝く本に、書いてあった……ううん、書いてある」
「……?」
何を言ってるんだ明日香は。
「輝く本は、私の中に入り込んで……私の記憶に蓄積されたの」
「要するに……何だ?」
「那美音さんに伝えて。『それは、ソラブネの鍵だ』って、『鍵穴に誘導して』って」
「あ、ああ」
「那美音さんには、私の声は届かないから……達矢が伝えて」
「何て伝えればいい」
「『鍵を、鍵穴へ――』」
「わかった……」
そして俺は、念じる。
――那美音。
(何? 何? 達矢くん、何?)
――那美音、明日香からの伝言だ。
(何て!?)
大きな声が、頭の中を揺らす。
少し、頭痛がした。
――鍵を、鍵穴へ……だそうだ。
(鍵……たしかに、鍵に見えるけど……)
鍵の形をした隕石が、落下して来ている……?
(鍵穴って何処よ!)
緊急を思わせるような、叫び声のような声が頭に響く。
明日香は少しの焦りも見せずに言う。
「鍵穴……それは、いかにも鍵穴っぽいところ」
「あ、明日香。具体的には何だ」俺は訊く。
「丸と三角」
「何だそれは」
「湖の」
「湖の?」
「二つの島――」
「二つの島……?」
「前方後円の……鍵穴」
――湖の二つの島。前方後円の、鍵穴。
(でも、どうやって……?)
「どうやって誘導すれば良いんだ、その隕石を」
「風――」
――風を使えってことだ。
(風……?)
「どういうことだ」
明日香を見ると、いつの間にか目を閉じていた。
それは、まるで、今、この場にいながら別の場所を透視しているかのように見えた。
「強風に流されてる……」
(強風に……?)
そして、ついに、紅野明日香は叫んだ。
「ええい、まどろっこしい! あんたらの意識、全部私に預けなさい!」
次の瞬間、俺の視界は真っ白になり、意識を乗っ取られる感覚があった。
誰に?
そう、明日香に。
そして、繋がった。
この町に居て、この町を守ろうとする、全ての人々の意識と。
情報の洪水が、俺を襲った。
きっと、天才なアルファの脳内をのぞいたり、テレパスの那美音の耳を借りたりしたら、こんな風になるんじゃないかっていう……情報量が多すぎでパンクしてしまった砂嵐みたいな世界。情報を凝視する。視界が復活する。
いつの間にか、俺は町を見下ろしていた。
俯瞰した世界に、声が響く。
まるで、神になったように、全ての情報が、鮮明に動き出した。
「海から吹く風に、隕石が町の方へ押されているわ」
明日香の声が響いた。
「私の風で進路を逸らすことはできるけど……どうすればいいの?」
神を自称する女の子、志夏の声。
「風で、鍵穴まで――!」
見知った女の子が、屋上で風に吹かれるのが似合っていて、転校初日に俺をふみつけた女の子が、大きな力のタクトを振るう。
アルファの知恵を抱き込んで、那美音の超能力を借りて、町の人々の意識を借りる。町を一つの生き物に変える――。
それが、選ばれし者の力?
町という名の統合された意識の中。俺は俺という意識をもって、大きな意識の一つに組み込まれた。
「わかったわ」
志夏は返事して、上空高く飛び上がり、目を閉じて、不思議な力で風を起こした。まるで、魔法みたいに。
やれやれ……この町に来てからというもの、信じられないことばかりが起こる。
鍵型の隕石は周囲を渦巻く風に守られるように、上空から降って、湖の水を波立たせながら近付き、湖面に現れた古いイメージの鍵穴の形をした地に突き刺さった。
金色の閃光と、強風と、轟音。
それを、まだ避難していなかったごく少数の町の人々は、緊張した面持ちで見つめていた。
水柱、後、雨、そして波。
隕石は、まるで最初から存在しなかったかのように、跡形もなく消滅した。煙になったわけでもなく、水に溶けたわけでもなく、こう言って伝わるかどうか不明だが、光に溶けて消え去ったかのようだった。
「次は――」
最後に避難しようと残っていた数人の耳にも、紅野明日香の指示が届く。
浜中紗夜子、上井草まつり、穂高おりえ、笠原みどり。
黙って耳を傾けていた。
上空に居る志夏も、次の指示を待つ。
森に居る那美音はただ目を閉じて、町の皆に明日香の声を届ける。
アルファや利奈の耳にも、明日香の声は届いていた。
明日香の声だけではない、町の皆の声を、感情を、共有していた。
もし今、俺が声を出せば、もしも誰かが誰かに伝えようと声を出せば、それは俺を含む町中全員に届くだろう。
今、町に居る数人の人々は、繋がった。
「次は、敵の艦隊から砲撃が来るわ! 何とか防げる?」
明日香の声が、降り注ぐ。
「お安い御用。任せて!」
言うと、志夏は風に乗って空を飛び、湖の上空に立った。
志夏の周りを、強い風が渦巻く。
短い髪が揺れる。
上空高く飛び上がった志夏の目からは、既に敵の艦隊が見えている。
戦艦二隻に空母一隻。
「お願い」
明日香の声。
「ええ」
志夏は呟くように返事をすると、敵艦隊に向けて、大風を起こした。
さすが、神を自称するだけのことはある。
ほんとうに不思議な力を持っているようだ。
志夏から起こされた神風は、海から吹く風を取り込んで渦を巻き、竜巻となって艦隊を襲った。大波と強風で、全ての艦が巻き上げられ、ひっくり返る。敵から攻撃される前に容易く再起不能にしてみせた。
「これで良い?」
「ええ、ありがとう」
そして――志夏が大きく息を吐いたところで、視界は切り替わった。
湖のほとりに、皆が居た。
まつり、紗夜子、おりえ、みどり、の四人。
まだ湖は波立っていて、強い風が吹いている。
そこに、利奈とアルファが駆けつけて、六人になった。
「湖の皆と、マリナとアルちゃんは、ショッピングセンターにある日持ちしそうな食糧を、地下にある洞窟へ。できるだけ多く!」
明日香の声。
「洞窟? ショッピングセンターの裏のか?」
俺は言った。
「いいえ、利奈っちの家」
と明日香。
「あ……うん……」
頷く利奈。
「マリナの家ってどこ?」紗夜子。
「ほら、図書館裏の秘密基地よ」まつり。
「おぉ、あそこかー」紗夜子。
「ソフトクリーム♪」
「――それ溶けるっしょ」
「バナナはどうする?」
みどりが訊くと、
「バナナ最優先!」
明日香が叫んだ。
「あんまり日持ちしないんじゃねぇか?」
「確かに……」
やはり俺の声も、皆の耳に届くようだ。
「達矢は黙って」
「はいはい……すみません……」
「あ、たつにゃん、久しぶりにゃー」
おりえは言った。
相変わらず、緊張感ねぇな。
「お、おう……久しぶりだな、おりえ」
「それじゃあ、よろしく」
明日香の声に、皆、それぞれに頷いたり、返事をして、ショッピングセンターに向かって走っていった。
「クルマ出すわ」まつり。
「え、うん……あ、でも、大丈夫? 風が強いと……」みどり。
「それなら、風は止めておくわよ」志夏。
「ありがと」明日香。
「助かるわ」まつり。
「ううん……ありがとうを言うのは、私の方よ」
志夏の声。
「車なんて、あるんだ」
利奈っちはそんなことを言った
「何を当り前のことを言ってるの、この子は」と明日香。
「あぁ、ごめんね。この子、ちょっと頭がアレな子なのよ」まつりが言った。
「うん知ってる」明日香の声。
「うぅ……ひどいよ、二人とも……」
「ほら、落ち込んでないで、行くわよ。非常事態でしょ!」
那美音が言って、
「う、うん」
利奈が返事する。
「ゴーゴー!」
「あら、本子ちゃん、いつの間に……?」
いつの間にか利奈のところに、本子さんが戻っていた。
「マリナ……誰と話してるの?」と紗夜子。
「マナカ。実はマリナはね、マナカの知らないうちに、ちょっと頭がアレな子になっちゃったのよ」
上井草まつりはそう言って笑いとばした。
「なんだー、そっかー」
「ちょっとまつり、何でそういうことばっか言うのよ!」
「事実でしょうが」
「あーんサハラー、まつりがいじめるー」
利奈がみどりに泣きついた。すると、みどりは言った。
「あのね、まつりちゃん」
「な、何よ……」
「まつりちゃんは、全くもって他人のことが言えないと思うわ」
「あっはははは」笑う八重歯娘、おりえ。
「何笑ってるのかな、カオリちゃーん」
言いながらまつりは、おりえのほっぺたを引っ張った。
「痛ひ、痛ひ……やめへー」
「あなたたち……何を遊んでるの。非常事態なんじゃなかったの……?」
そう言ったのは生徒会長にして神様の志夏。
「そうでした。皆、まつりちゃんに続くのよ!」
「「ゴーゴー!」」
アルファと本子さんが同時に言って、走るスピードを上げた。
皆、速いな……揃いも揃って俊足らしい。
予想外に、見た感じ運動できなそうな細身の紗夜子が一番速かった。