最終章_6-7
外に出ると、まだ早朝だった。
まぁ、確かに、こんなに物騒な武器を持っている以上、この時間帯でないと目立ちすぎる。コスプレを主旨としている集団にも見えないだろうから、傍目から見たら完全にヤバイ軍団であろう。
で、ボロいアスファルトの道を進み、森に来た。
町の北側に広がる森。
「行くよ」
那美音の号令に、
「「「「「おー!」」」」」
みんなで応えた。
そしてフェンスに空いていた穴から一人ずつ侵入する。
まず那美音、次に利奈っち、そしてアルファ、明日香の順番に。
俺は、一番最後尾で入った。
「大丈夫かな……熊とか出ないかな」
心配する利奈。
「そんなもの居ないわよ。この町に」
那美音は答えた。
「え、そうなの」
「ええ。熊の思念波は感じないわ」
「動物の心も読めるのか?」
「何を考えてるのか、は読めないけれど、存在を感じることはできるわ。そうね、ちょうど、アスカちゃんの心を読もうとする時みたいに」
「……だとすると……明日香は動物なのか?」
「は?」
「いえ、何でもないです。骨折らないで下さい」
「ケンカ売るのもいい加減にしないと、そろそろ怒るよ?」
いつも怒ってるじゃねぇか。
「うふふ、楽しそうですね」
本子さんはそう言って微笑ましそうにしているが、楽しいわけあるかよ……。
「ねーねー、おねーたんは、おにーたんのこと好きなの?」
アルファが明日香に訊いた。
「ふぇ?」
「あたしの両親が、いつもそういう風に、ケンカしてたから。愛情表現なのかなって」
「アルファちゃん。あんまり変なこと言うと、膝頭なでちゃうよ」
あまり痛くなさそうだな……。
「んー。よくわかんないけど、くすぐったそうだからヤだ」
「とにかく、私が達矢のことが好きなんて、今度言ったら怒るよ?」
「ごめんなたい」
「わかればよろしい」
うむうむと頷いていた。
とまぁ、そんな不毛な会話を繰り広げながら、雑木林を歩いていた。
しばらく進むと、ボロボロの道に出た。
湿った空気。アスファルトがヒビ割れ、壁には緑のツタ。横断歩道の掠れ切った白線。ボロボロのガードレール。どうやら車道だった場所のようだ。古い信号機もある。
T字路の分かれ道に来た。目の前の壁には緑色の苔。
「ねえサナさん。大丈夫かな……」
心配そうにする、臆病な利奈っち。
「平気よ。兵器もあるし」
ダジャレで返す那美音。
「でも、この森ってオバケが出るんじゃ……」
あぁ……オバケをこわがってるのか、利奈は。
「もう取り憑かれているのに、何をこわがってるんですかー」
本子さんは利奈の頭にぺったりと張り付きながら、そう言った。
確かに。
利奈は頭上に目を向けて、
「うるさいわね。本子ちゃんは黙ってなさいよぅ」
「あ、そんなこと言ってると、祟りますよ。利奈っちの未来に訪れるであろう幸運を全部食べちゃいますよ」
「やめてください……ごめんなさい……」
また、アホ会話を繰り広げていた。
まぁこれがこの二人――片方は幽霊だが――の親愛コミュニケーションの一つのパターンなのだろう。
「それで……那美音さん、分かれ道ですけど」俺は言った。
「見ればわかるわよ」
「右か、左か、どっちだ?」
「裏をかいてどちらでもない……と言いたいところだけど、右ね」
那美音は言った。
「右に何があるの?」と利奈。
「それは行ってのお楽しみ」
俺たちは歩き出した。じっとりとした春の森を。
「何だか、デコボコしてるわね」
「ああ、そうだな」
「凸凹~♪ 凸凹~♪」
アルファは楽しそうに歌っていた。
ひび割れたアスファルト。
その上を数歩歩いた時だった――。
ボコッ。
「きゃぁっ」
明日香の足元が崩れた。
そして、明日香は姿勢を崩し、咄嗟に俺の腕を掴んだ。
って、おいおいおいっ! 何故おれの腕をぅ!
俺の腕には落下する明日香の体重がかかる。
「ぅおぅ!」と俺。
アルファは、「ひぁ」と声をあげたが、うまく逃げて、那美音のそばに行った。
俺と明日香。宙に浮いた、二人の体。
落ちていく、俺。
明日香に腕を引っ張られて。
あ、何か……何だろう。以前にも似たようなことがあった気がする……。
似たような、でも全然違うようなことが……。
視界がスローモーションになる。
明日香の顔が、目の前に近付いた。と思ったら離れた。
明日香は、崩れた場所から三メートルは離れた斜面に綺麗に着地を決めて、そして、俺の手を離したらしい。
「あっ」
呟きが耳に届いた。
俺は回転しながら数メートル吹っ飛び、斜面を転げ落ちた。
明日香、那美音、アルファ、本子さん、利奈……。
皆が俺を注視している。
「……いってぇ……」
俺は言って、のっそりと立ち上がった。
少し遠くに、明日香の姿が見える。
「おう、生きてたか……」
と利奈が頭上十メートルくらいのところで安心している。
「よかった……」
と明日香も胸を撫で下ろしているようだった。
みんな、ホッとしていた。
「もうちょっとで、本子の仲間入りでしたねー」と幽霊さん。
「おいおい本子さん。冗談でもやめてくれ。まだ死にたくない!」
「達矢くーん、戻って来れるー?」
好みのタイプの綺麗なおねえさんである那美音が俺を呼んだ。
斜面が急だが、一歩一歩進めば、戻れそうだ。
「はーい!」俺は返事した。
視界では、明日香も一歩一歩、崩れて土がむき出しになった斜面を登ろうとしていた。
と、その時、「わぁっ――」とかって、お約束な感じに明日香がバランスを崩し、俺の方へ一直線に転がってきた。
ごろごろごろごろっ!
「きゃぁー」
ごろごろごろごろ。
転がる明日香!
そして、目の前に迫る。
「おっ……と」
言いながら、抱き留めようとする。
俺は、転がってきた明日香の体を何とか抱き止めた。
が、しかし、ここは急斜面!
そんなにうまくはいかないのであった!
明日香の体を支えたは良いものの、俺は転落の勢いに巻き込まれ、
「あやぁああ!」「うああああ!」
一緒に転落した。
二人、叫び声を上げながら転げていく。
やわらかい土の上を。
咄嗟に明日香の頭を右腕で抱き、背中を左腕で抱いた。
強く抱きしめた。
「わあああああ!」「あああああっ――」
叫びの中で、俺の背中が大木にぶつかり、転落は止まった。
少し俺の背中が痛いのと、服が土で汚れただけで済んだ……。
「……だ、大丈夫か、明日香」
「あ、うん……」
俺は、立ち上がり、明日香の手を引いて立たせる。
那美音とアルファと利奈っちは急斜面の向こう。もう遥か頭上。見えないくらい。
足元の方を見ると、土の斜面が途切れ、ボロボロのアスファルトの坂道があった。この道を歩けば、元の位置まで戻れるだろうか……。
と、その時、
(大丈夫? 二人とも)
頭の中に、声が響いた。
これは、確か……那美音の思念波か。
たしか那美音は、球形範囲に思念波を飛ばせる便利な人だったな……。
というよりも、思念波を飛ばせる範囲が球形フィールドに限定されているという不器用な能力か。
ま、とにかく心配しているようだ。
那美音からの声が届くということは、こちらの考えてることも読んでくれてるということを意味する。
(怪我してない? 何とかなりそう?)
周囲を見渡すと、さっき崩れたのと同じような道があるのが見えた。
俺は、頭の中で答える。
――明日香も俺も、無事です。
(無事なのね。よかった。戻って……来るのは無理そうね)
――近くに、アスファルトの坂道があるので、この坂道を登って行けば、落下した場所にいつかは戻れると思います。何となく。
先刻崩れた道路と繋がっていれば、この道を進めば那美音たちと合流できるだろう。たぶん。
(その坂道は、どっちの方角に登ってるかわかる?)
「明日香。坂の上の方はどっちだ?」
俺は明日香に訊いた。
「っていうか……本当に、テレパシーなの? これ」
驚いてた。
「そうだろう。どう考えても」
「便利ね」
ああ、確かにまぁ、便利といえば便利だが……。
(そうでもないわよ。秘密の会話が難しいもの)
まぁ、ロックミュージシャンの野外爆音ライブみたいなものだろうか。
送信先を細かく選べない。
「って、それは良いとして、明日香、坂の方角を訊いているんだが……」
「えっと、東にのぼってて、トンネルがあります」
――東に向かって登ってて、トンネルが見えるそうだ。
(なら、西に下って。そして、曲がり角があるから、そこを右折して北へ向かって)
――坂を下って、右だな。
(そう)
――そこに、何があるんだ? 何か目印が?
(背の高い草むらがあって、その奥には廃屋があるの。あたしたちは、そこを目指してる)
――そうだったのか。
(それじゃ、また後で。その廃屋の前で落ち合いましょう)
――了解した。
そうして、通話は終了した。
「廃屋か……」と明日香。
ハイオクねぇ……。
「あ、高級感あるな」俺は言った。
「そう? ボロっちいイメージしかないけど」
「ガソリンの話だ」
「は?」
「いや、何でもない。忘れてくれ」
ただの言葉遊びだ。
「……何なの? 言いかけてやめるとか、気持ち悪いからやめてくれない?」
「そうは言ってもな……」
口をついて出てしまったダジャレを具体的に説明させられるというのは、何だか屈辱的な気がするぞ。
「何なの?」
「…………まぁ……何と言うか、その……」
「もしかして……私のこと好きなの?」
「――いや、何でそうなる!?」
おかしいだろ、この娘。
「だってさっき、抱きしめられた」
箱入り娘かよっ。
「よく聞け明日香。あの場面だったら、俺ランクの紳士になると、誰でも同じことすると思うぞ」
「紳士って、変態なんだね」
「人間は皆変態だ」
何か、微妙に変な雰囲気だ。
何だ。何だこれ。
女子と二人きり……。
えっと、女子と……二人きり……か……。
いや待て、変な気を起こす場面じゃないだろ。
那美音に常に心を読まれているんだぞ……。
と、そんな時、
「ねぇ達矢」
明日香が話しかけてきた。
「なんだよ。一緒に逃げようなんて言うなよ?」
「うっ」
図星だったらしい。
「やっぱり……逃げられないのかな」
「逃げられないと思うぞ」
って、ちょっと待て。俺は何で今、明日香が逃げようとしてるなんてわかったんだろうか。何だか不思議だぞ……。あ、もしや、俺にも那美音のようにテレパスの才能があるんじゃないだろうか。
「ねぇ達矢」
また話しかけてきた。
「何だ。食糧なら持って来てないぞ。全部利奈っちが管理してる」
正確に言うと、利奈っちが荷物を担いではいるが、実質、本子さんが運んでいるのだ。
ちなみに、俺も明日香も、転げ落ちた拍子に那美音から支給された武器を落としてしまったらしい。つまり手ぶらだ。
「ちがうって。そうじゃなくて」
あれ、考えていたのは食糧のことではないらしい。
どうやら、テレパスの才能があるというのは勘違いだったようだ。凡人たる俺には心なんて読めない。
「じゃあ何だよ、明日香」
「どうして、私を助けようとしてくれるの? いつも……」
「どうしてって……そりゃ……」
「やっぱ可愛い私のこと好きなの?」
自分で言うか、普通。
「ううむ、好きかどうかは、よくわからんが、放っておけない気はしているな」
「ふーん……」
明日香は目を逸らした。
何か、変な感じの無言空間が流れる。
「と、とにかく、廃屋に向かうぞ」
「手、繋いで良い?」
「はぁ? 何をバカなことを言ってるんだ、お前は」
「私、達矢のこと、前から好きだったみたい」
ちょっと待て。何だ、何だこれ。
今、目の前の女の子が、なんか俺に向かって告白みたいなことしてきたよな。
何だこれ。意味わかんねぇ。
「はぁ? な。な、何言ってんだ、明日香」
何だこの展開は。女子に告白されるという謎の夢展開……。
何となく幸せな感じに、胸の辺りがくすぐったくて、なんか顔が暑いぞ。何だこれは。
はっ、そうか。
俺はもう既に崖を転がり落ちたところで死んでいるのか。
ならば、この世界は幻。
そうだ、そうに違いない。
「行こう、達矢」
言って、明日香は俺の手を握った。
温かかった。
えっと……熱を感じるということは、夢じゃないかもしれない。
夢じゃないかもしれない!