最終章_6-1
光少ない世界で、俺は目覚めた。俺の身を包んでいるのは制服。
そっか。志夏のところから帰って来てすぐに、寝てしまったんだっけか……。
薄闇で感じるのは、ベッドで眠る三人の気配。
志夏いわく、チェーンロックの三人。
チェーンロック三姉妹というわけだ。
明日香、アルファ、那美音。文字通り川の字を描いて寝ている。
まだ誰も起きていないということは……今は早朝、かな。
と、そんなことを考えた時、ぐぎゅるるる~などという異音がした。俺の腹が鳴った音だ。
そっか……腹減ったな。
昨日の帰りにショッピングセンターの中華料理屋で買って来た肉まんでも食べるか。
かなり夜遅くまで営業していて、しかも閉店が近くなると半額以下になるようで、けっこう買い込んで来た。まるでバナナのように叩き売られてたから俺の財布に残っていた金でも紙袋いっぱい買えた。
ああいうものは、できれば買ってすぐに食べた方が良いのだろうが、まぁ、そう簡単に腐ったりはしないだろう。
俺は寝袋からのそのそと這い出て、暗闇の中、手探りで、キッチンにある冷蔵庫へと向かった。
そこで見た光景とは――!
「もぐもぐもぐ」
開かれた冷蔵庫の黄色い光を浴びながら、利奈っちが何かを貪り食っている。
利奈っちは振り返って、
「おふぁふぉ」
おはよう、と言いたいらしい。
口に食べ物をいっぱい入れながら。
「お、おう……おはよう」
「もぐもぐもぐもぐ」
「……何を食ってるんだ?」
訊くと、利奈っちは、口の中のものをごくりと飲み込んで、
「肉まん」
とか言ってきた。
俺が買って来たやつじゃねぇか。
「まだ、残ってるよな」
「うん、最後の一個」
「……おい……」
「もう温めてあるから、どうぞ」
言って、差し出して来た。
受け取る。
どうぞって……だから、これは俺の……。
「でも、買った記憶の無い肉まんが、何で私の冷蔵庫に入っていたんだろ」
「俺が買ったからだ」
はっとした顔をした後、
「……ごめんなさい」
土下座してきた。
「いや……まぁ、いいんだ。安かったしな」
「でも、食べ物の恨みは恐ろしいから……」
「そうだろうな。明日香とかが買ったものだったら、脅された上で骨折るよ的なことくらいは言われるだろうけど、良かったな。俺の肉まんで」
「ホントにね……」
「ところで、大丈夫だったか?」
「何が?」
「いや、ほら。外出を禁じられたりしてるんじゃないのか?」
先日、ママに引きずられるようにして連れて行かれたからな。あの感じでは、そう簡単に利奈が外出できるとは思えない。となれば、たぶん利奈は、
「うん、でも家出してきた」
やっぱりな。この不良め。
「パパもママも、子供扱いしてるのがたまらないのよね……」
言いながら、立ち上がった。
「子供扱い……ねぇ……」
利奈は三人が寝てる暗い部屋に向かって歩き出した。
俺も肉まん片手に続いて歩く。
暗い部屋に入る。
「…………」
利奈が電気を点けて、世界は明るくなった。
俺は肉まんをかじる。美味い。
「ねぇ、達矢……」
「何だ?」
肉まんを食べながら話す。
「素朴な質問なんだけどさ……ここ、日を追うごとに人口が増えていくのは何故……?」
「賑やかでいいじゃないですか」という声がしたが、これは、本子さんの声だな。
「本子さん。居たのか」
「はい! おはようございます!」
「今日も元気だな」
「ちょっと、達矢。質問に答えなさいよ。何で人が増えてるの!」
「だから、賑やかになって、良いじゃねえか」
「賑やかって……」
「そうですよ。寂しがり屋の利奈っちには、嬉しい誤算です」と本子さん。
「うるさいわねっ! 黙りなさいよ!」
「いいえ、黙りません! 幽霊ですから!」
「幽霊って、黙らないものなんだ」
意外だな。どちらかというと、普通の言葉を扱えなくて意味不明な呻きや叫びを上げているイメージがある。
「そうです。高等な幽霊はおしゃべりなんです!」
「初耳だな」
と、俺が肉まんを食べきったその時、
「ん……うぅん……うるたぁい」
そんな声を上げながら、那美音が起き上がった。
「おう、よく眠れたか?」
「頭痛がするわ」
「何だ、二日酔いか?」
「死にたい?」
那美音は言って、いきなりチャキっと銃を向けてきた。
やれやれ、寝起きで気が立ってるようだ。
何かと銃口を向けてくるのは、勘弁して欲しいが、もう弾切れなのは知っているので、恐怖は感じない。
「やるようになったわね」
「まぁな」
「達矢……この人の持ってるの……良い銃ね」
第一印象がそれかよ。
「えっと、だな、この人は、那美――」
俺が紹介しようとしたら、
「柳瀬です」
那美音は、遮って自己紹介した。
「柳瀬……さん」
「ええ」
「えっとォ……下の名前は?」
「ナイショ」
「何言ってんだ、柳瀬なみ――」
俺が「柳瀬那美音だろ」と言い掛けた時、
いきなり壁を蹴って高速移動し、飛び掛ってきたと思ったら、口を塞がれた。
言葉を失う利奈っちと、
「もごもご……」
と言うことしかできない俺。
一体何なんだ……。
「あたしの下の名前を呼んで良い人は限られているの。わかる? 利奈っち」
昨日までは呼んでも何も言わなかったのに、急に何なんだ……。
「はぁ……まぁ……って、何故わたしの名前を知ってるの?」
「達矢くんから色々聞いているからね」
「何て?」
「裁縫の上手なドジっ娘って」
そんなことを聞かせた記憶はないのだが。心を読まれただろうか。
「ちょっと達矢。そんなこと言ったわけ?」
利奈が訊いた時、ようやく俺の口の封印は解かれた。
「いや……言ったというか、読み取られたというか……」
「達矢くんも、これからあたしを呼ぶときは、柳瀬さまと呼びなさい」
「『さま』って、何様のつもりだ」
と、そんな時、利奈が言った。
「もしかして、サナさん……?」
那美音はビクっと反応した。
「誰だ、サナさんって。知ってるのか?」
「サナさんだとしたら……知ってるけど」
「そんなことより、達矢。ソラブネを探しに行くわよ」
那美音は誤魔化すようにそう言った。
どうやら、利奈っちに正体を隠したいらしい。
とすると、「サナさん」という呼び名は正解で、利奈っちとは知り合いだということになる。ということは、那美音という名前を呼ばない方が良いのだろうか。
しかし……何で正体を隠すんだ。過去に、怨まれるようなことでもしたのだろうか。たとえば、利奈っちの弁当を盗みぐいしたとか。
「達矢くん。返事は?」
怒ったような口調。
「はい、柳瀬さま」
俺は返事した。
「よし、良い子ね……」
まるで、飼い犬に言うような感じで。
まぁ、実際、飼われているような感じもしないでもない。
「それで、達矢くん。ソラブネの在り処に心当たりはある?」
「いや……俺に訊かれてもな……」
この町に来て間もない俺に訊いても、わかるわけがないだろう。
「まぁ、地下にあるのは確実ってことくらいか……」
「普通に考えれば、湖の底にあるんじゃないでしょうか。あの湖は墜落の衝撃で生まれたんですから」
と本子さん。
「それはそうなんだろうけど、入口はそこには無いわよ」
「何で那美音にそんなのがわかるんだよ」
「子供の頃、調べたのよ」
「子供の頃……ってことは……昔、この町に居たの?」
と利奈が疑惑を込めた視線を送る。
「居ないわよ」
以前、この町の出身だって言ってなかったっけ?
「やっぱり、サナさんじゃないの?」
利奈は、那美音のことをじっと見つめた。
「柳瀬だって言ってるでしょ」
あくまで隠そうとする那美音。
「……まぁ良いか。えっと、ソラブネへの入口があるとしたら、わたしが知らない場所だと思う」
利奈は追及を諦め、そう言った。すると那美音は、
「知らない場所……って、いっぱいあるんじゃないの?」
訊いた。
「ううん、この町にはほとんど無いよ」
「え、本当に?」
「だって、わたし、この町を探検し尽くしたから」
「この町を探検した? あの臆病なマリナが?」
「……えっと、サナさんだよね? もうわかるよ。下の名前は那美音だよね」
那美音は墓穴を掘ったようだ。
「やっぱ知り合いなのか?」
「人違いよ。誰それ。あたしは柳瀬ってのよ」
那美音は言った。往生際が悪い。
「まぁいいか」
こっちは引き際が良かった。
「それで、この町を探検したって話だけど」
また誤魔化していた。
「ええ、探検が好きで」
「あの場所にも行ったの?」
「あの場所?」
「北の森に」
「あ、あそこは……行くと怒られるから……」
「行ってないのね」
「う、うん」
「そっか。じゃあ、やっぱり、その場所に……」
「あの、どう考えても、サナさんだよね」
「だから、誰よそれ」
「サナさんは、皆のリーダー。あこがれの人」
「人違いだって言ってるでしょ。話の腰を折らないで」
「うーん……」
「とにかく、その森に行きましょう」
「あの森に……?」
「冒険よ」
「冒険……」
「そう、柳瀬那美音の大冒険の始まりね!」
「ん? やっぱ那美音ってことは……サナさんっしょ」
自分で那美音という名であることを明かしていた。
「あら、サナって、誰?」
まだしらばっくれる気らしい。
おそらく、「サナ」というあだ名なのだろう。そして、利奈っちとは幼馴染なんじゃないだろうか。何で「サナ」なんだろうか。ヤナセナミネのどこをどう切れば「サナ」になるのか。「セナ」とかだったら納得するんだけども。
「とにかく、冒険しましょ」
「冒険、か……そうね、いいわね。冒険。うん」
何回か頷きながら言った利奈。
そこで本子さんが横から言う。
「利奈っちは、探検は好きだけど冒険はしないんじゃなかったでした?」
「いえ、十分な装備を整えて、頼れる人と一緒なら、冒険だって……ね」
「つまり、一人ぼっちは心細いって意味ですよね。利奈っちは寂しがり屋さんですから」
「本子ちゃん、うるさい」
「うふふ」
「笑うなぁ」
何だか微笑ましくて、俺は小さく笑った。
「なんか、ずいぶん仲良くなったんだな。しばらく見ないうちに……」
「仲良くない!」と利奈。
「強がっちゃって」と本子さん。
「うきぃー!」
怒っていた。幽霊相手に。
「さ、それじゃ、利奈っち」
と那美音が利奈を呼んだ。
「サナさんは、マリナって呼んで」
「マリナ」
呼び直した。
「何かな?」
「武器庫に案内してもらおうかな」
「え……何でそのことを……」
「ああ、言ってなかったな。実は那美音は、他人の心が読めるんだ」
俺は説明した。
「へぇ。変な人に……なっちゃったんだね」
「マリナも、幽霊に取り憑かれてるじゃないの」
「え、見えるのか?」
「見えるわよ。可愛いのが」
「だってさ、良かったな。本子ちゃん」
「はい、嬉しいです。ここには、本子を認識してくれる人ばかりで、大好きです」
「そうかい。そりゃ良かったな」
「でも、武器庫に行きたいなんて……どうして武器なんかが必要になるんですか……?」
「戦闘になるかもしれないから」
「え、誰と?」
「ちょっとした軍隊とね」
「何ですって? 燃える展開ね!」
いや、恐怖で震える展開だろ。どう考えても。
何度も言うようだが、この町の人、ちょっとおかしいよ。
「……変わったわね、マリナも」
那美音は言いながら、片手で自分の額を押さえた。
「サナさんもね」
「あら、サナって誰よ」
まだしらばっくれる気なんだ。と、その時、
「うぅん……」
「…………ふぁ……」
アルファと明日香。二人のチェーンロックが起き上がった。
「今何時?」明日香。
「ここ、どこー?」アルファ。
「ここは、洞窟の中の隠れ家で、今は朝だ。何時かは知らない」
「「そっか」」
二人の声が揃った。
「うっ、頭痛いわね……」
那美音が苦しそうに頭を押さえた。
そういや、この二人が起きてると、那美音の脳が容量オーバーするんだったな。
「なぁ、そんなにキツイなら、読心能力切っとけば良いのに」
「誰が独身能力持ってるって? 殴るわよ」
「いやいや、何でだ……」
わけわからん……。
「あぁ、イライラするぅー」
那美音は、ベッドに寄りかかってぐったりした。
「そういや、素朴な疑問なんだが、那美音は本子さんの心は読めるのか?」
「読めるわけないでしょ。幽霊の心なんて」
「本子さんっていう名前なの?」とアルファが訊く。
「そうよ」本子さんは答えた。
「可愛い名前ですね」
ん?
もしや、これは、アルファにも本子が見えてるんじゃないか。
「あなたのお名前は?」
「ファルファーレ」
普通に会話している。幽霊と。
「美味しそうな名前ですねぇ。歯ごたえありそうですけど」
どういうことだ、それ。
「何ていうか……急に賑やかになったわね」
明日香はそう言って、いつもの不機嫌そうな顔を見せつけてきた。
「ああ……そうだな」
「そして、本子のことが見えないのは、本子と明日香さんだけです」
「明日香。本子さんはこう言っている。『この場に居る生きた人間で、本子の姿が見えないのは明日香さんだけです』と」
「また私をからかおうとして……」
「え? アスカちゃんには見えないの?」
と那美音。
「え? うそ。明日香おねーたんには見えないの? どうして? 何か悪いことしたの?」
アルファが心配そうに訊ねた。
「悪いことすると本子ちゃんが見えないんだ……」と利奈っち。
その論理でいくと、食い逃げ未遂の俺や利奈っちや明日香とか、銃刀法違反と脅迫犯の那美音にも本子さんが見えないことになるよな。
だが、明日香以外の全員に幽霊が見えている……と。
那美音は言う。「とすると……アスカちゃん、どんな悪いことをしたの?」と。俺も「さぁ、白状するなら今だぞ」と続き、最後に利奈が「余程凶悪なことしたんでしょうね」と言った。
「どうしよう。全員殴りたい」
「……やめとけ、返り討ちに遭うぞ」
特に、那美音は明らかに飛び抜けて強い感じがするからな。
「本子はいくらでも殴っていいですよ! 体が透けててパンチは当たりませんけど!」
「ん、明日香」
「何よ」
怒ったように明日香は俺の言葉に反応。そして俺は本子さんの言葉を伝える。
「本子さんはこう言っている。『本子はいくらでも殴っていいですよ! 体が透けててパンチは当たりませんけど!』と」
「あのさ、達矢あんたケンカ売ってんでしょ! そろそろ殴るよ!」
「だから、殴るなら本子さんをだな……」
「ほら、くだらないことやってないで、さっさと武器庫に行くわよ」
那美音が叱るように言ったのだが、
「お腹すいたー」と明日香。
「言われてみると……そうね、まずは、朝ごはんを食べたいわね」
那美音も頷いて前言を撤回した。
これは、まさか、あれだろうか。俺に向けられたメッセージなのではないか。何か食べ物をもってこいと、俺に言ってるのではないか。
まあ、皆に食べ物を与えたい気持ちは確かにある。あるが、気持ちだけでどうにかなるものでもない。
「そう言われてもな……」
キョロキョロと周囲を見渡すと、棚の上にあるバナナが視界に入った。
ちょっと黒っぽい点々が浮かび上がってるけど……。
「明日香。ちょっと黒いシミが浮かび上がったバナナならあるぞ」
「え? どこどこ?」
「そこの、棚の上だ」
ぴきーん。
そんな音がしただろうか。
紅野明日香の目が、棚の上のバナナをロックオンした。
「おー、バナーナ!」
そして、飛びついて、皮をむいた。
「おい、そのバナナ、大丈夫なのか? 怪しげな黒い点々が付いてたけど……」
「何を言ってるのよ。それがバナナがバナナとして一番輝いているゴールデンタイムでしょ」
言って、かぶりつく。
「ゴールデンタイム……」
「こう、点々が出たくらいが、一番美味しい」
「そうですね。栄養もその時期にピークを迎えます。科学的に」とアルファ。
「ほう、そうなのか。アルファは物知りだな」
「知らなかったの? バナナに失礼! バナナをナメてんの?」
明日香のバナナ好きは異常だと思う。
「いや、すみません」
「さて、あたしもメロンパン食べようかな」那美音。
「あたしは、アイスクリーム♪」アルファ。
「そんなもん無ぇよ」
「アイスクリーム……」
しゅんとした。
「あぁっ、達矢! 何子供いじめてんのよ! 最低!」
利奈が責めてくる。
「アイスクリームくらい買ってきてあげなさいよ!」
明日香も……。
「ソフトクリーム……」
悲しそうに呟くアルファ。
「達矢くん。笠原商店に行ってきなさい」
那美音が、またチャキっと銃を構えながら言う。
何なんだ、一体……。
「買ってきてあげなさいよ!」
利奈が言った。
何でこんな、理不尽な四面楚歌を体験しなきゃならない。
「一人でこっそり肉まんを買って食べた報いよ」
と那美音。
何だと。いやしかし、それは俺じゃなくて利奈っち……。
とその時、利奈っちが言った。
「そうよそうよ!」
えぇ、おかしいだろ、この子……。
「そんなことしてたの? 最低!」
バナナをもさもさ食べながら、空いている片手で指を差してきた。
「ソフトクリーム……」
アルファは、また悲しそうに……。
「ほら、この子、泣きそうじゃないの! さっさとソフトクリーム買って来なさいよ」
「はい、わかりました……」
「お金は、あたしが出すから。あとメロンパンの補充もよろしく!」
言って、財布を投げ渡してきた。
キャッチする。
「今度は財布落とすんじゃないわよ」
「他人の財布落とした? そんなことしたの? 達矢最低!」明日香。
「最悪の男ね!」利奈。
「さいてーさいてー……」
アルファたんまで……。
「じゃあ……笠原商店に行って来るけど、えっと、メロンパンと、ソフトクリームで良いんだな?」
すると明日香が「あとバナナ!」と叫び。「お菓子!」と利奈も続いた。
「おう、わかった」
「ソフトクリーム♪」
「はいはい……」
俺は立ち上がり、歩き、扉を開け、
「「「「いってらっしゃーい」」」」
横暴な連中の揃った声を背に、買出しに出かけた。
メロンパンと、ソフトクリームと、バナナと、お菓子を買うために。