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最終章_5-10

 そして屋上に来た。


「――って! これがお前の言う『ゆっくり話せる場所』かよ! 風の音がうるさくて、落ち着いて話していられる場所ではないぞ!」


「ふふ、やっぱり風のある所は居心地が良くて」


「そうなのか。変なヤツだな」


「神だから」


「またそれか」


「まぁ、何でも良いじゃない。ほら、空を見なさい。星空よ」


 上空を指差す志夏。


「ん?」


 俺は空を見た。


 確かに、控えめながら星空が広がっているが……。


「屋上で星や夜景を眺めながら会話なんてロマンチックだと思わない?」


「寒いっす」


 もう夏に近い春だと言っても夜は冷える。


 それに、風も強いから、体感温度はますます下がるというものだ。


 要するに、かなり肌寒い。


 でも、でもな、俺はこの屋上には思い入れがある。


 通ってもいない学校の屋上ではあるけれど、この町いちばんの高台で、町を一望できるこの場所。一度はお気に入りの場所にしようと思った。まぁ結局、あまり来ていないけれど。


 でも、思えば、この場所から始まったんだよな。


 ここで、紅野明日香に出会ってから――。


 二人で坂を駆け下りて……。


 確か、その坂の終点で志夏に出会ったんだったか。


「ねぇ、達矢くん。今、達矢くんがこの場所に来たってことは、全ての鍵は、揃ったのよね」


 まるで、全てを見通していて、本当に神なんじゃないかと思えるような問いかけ。志夏らしいと思った。きっと、志夏なら、那美音のこともアルファのことも知ってるだろう。どこから仕入れているのか知らないが、色んな情報を持ってるからな。


「……全ての鍵……っていうと?」


「たとえば、ある家の玄関のドアは、複数の鍵によって守られている……メインの鍵、二つ目の鍵、チェーンロック……これら全てを解き外す方法を知らなければ、家には入れないでしょ。つまり、全て解けなければ古代の英知は目覚めない」


「とすると、さしずめ、明日香がメインの鍵で、那美音が二つ目の鍵で、チェーンロックがアルファってところか?」


「残念。はずれ」


 何だと……この話の流れではそんな感じになるはずではないか。


「達矢くんには、難しかったかな」


 ニヤニヤしながら言ってきた。


 こいつ、ばかにしやがって……。


「簡単に言うとね、全員チェーンロック」


「……どういうことだ」


「ソラブネの存在を知ることがメインの鍵。ソラブネの在り処を知ることが第二の鍵。ソラブネの起動に必要な者を集めるのがチェーンロック」


 なるほど……。


 もう扉は開きかけている……ということか。


「だが……ソラブネの在り処なんて、知らないぞ」


「この町の地下にあることは知ってるでしょ」


「ああ。まぁ……」


「それなら、いずれは発見できるでしょう」


「まぁ、確かに……」


 そんなに広くはない町だから、しらみつぶしに探せば入口は見つかるだろうとは思う。


「でも、開きかかっても、ソラブネの扉は簡単には開かない。目覚めさせてはいけないオーバーテクノロジーを、いかにして守るか。空から降ってきた人の血を引く者は、それを考えて、成果として、『選ばれし者』というチェーンロックを施した。三冊の本を持つ者と共にソラブネへと辿り着くことで、今、この町は完全な目覚めを迎えようとしている」


 町が、目覚める……。


 夜は夜らしく、こんなに静かで、海風の音ばかりが響く町なのに。


 人々は、問題を抱えながらも楽しそうに生きているのに。


 何故目覚めさせる必要があるんだ。


 那美音は言った。軍隊が、危機が近付いているからだと那美音は言った。


 果たして、それは本当のことなのだろうか。


「『どうして目覚めさせるんだ』って顔してるわね」


「わかるのか?」


「神だから」


「そうっすか……」


「それに達矢くん。すぐに顔に出るから」


「そ、そうなのか」


 気を付けたい。


 会う人会う人に思ってることを悟られたくはないからな。


「で」


「うん?」


「どうしてソラブネを目覚めさせねばならないかって? そんなの単純な話。やらなきゃ、やられるからよ」


「やられるって……誰に……」


「達矢くんも、聞いたことあると思うけど、この町の外から、この町を狙ってる人たちが居るのよ」


 那美音の居た軍隊。つまり臨時政府()軍のことか。志夏がそう言うんだから、きっと本当にこの町を狙う軍は存在するのだろう。


「今、この瞬間にも、ミサイルの照準はこの町の真ん中に向けられていて、一発で町を吹き飛ばすくらいのスゴイのが数分後には来るかもしれない。それでも、ソラブネは壊れない」


「丈夫なんだな」


「言ったでしょ。オーバーテクノロジーだって」


「オーバー……テクノロジー……」


「どんなに『ヒト』が足掻いても手に入れられない、神の力」


「何で、そんなものが存在するんだよ。それが無ければ、争わずに済むんだろ」


「力が、必要なのよ」


「でも……」


「人が、自分たちの力で人の世界を浄化できるように」


「浄化……」


「そう。浄化」


「何だかおそろしい言葉だな」


「世の中に、おそろしくないものなんて無いわ」


「そうかなぁ。頭の悪い俺には、よくわからん……」


「とにかく、そういうシステムなのよ」


 システムねぇ……。


「でも、ちょっと待て。それじゃあまるで……人の運命は決まっていて、誰にも変えようがないくらいに固定された運命にあるってことのようにも思えてしまうじゃないか」


「そうね。でも、世界はそうして(まわ)っている」


「……それって、何だか納得いかないぞ」


 自分の未来は、自分で決めたい。自分たちの未来は、自分たちで決めたい。


 そう思う。


 その為に人は、集まって住んでる。時に遊び、時に仕事や勉強をしながら。時に武装し、時に頭を下げながら。時には間違うことがあっても、何とか人はここまで生きて来たじゃないか。


 どうして、こんなことになった。


「なあ志夏。ソラブネなんてものの存在が知られなければ、こんなことにはならなかったんじゃないのか?」


「ねぇ、達矢くん。世界が、やり直されてるとしたら、達矢くんはどう思う?」


 志夏は質問に答えず、逆に、訊いてきた。


「やり直されてる? 何だそれは。利奈っちの話と同程度に哲学的な問いかけをされると、俺の脳みそはあっという間に煙を吐くぞ」


 本当に、何なんだ、一体。


「単純に、言葉の通りに『世界がやり直しを繰り返している』としたら、どう思う?」


 そんな。


「もしも、そんなフィクションじみたことが、もしあるんだとしたら……」


「したら?」


「冒涜だと思う」


「何に対する?」


「何って……それは、よくわからないけど……世界で生きる全てのものに対する冒涜かなって……」


「そっか。だとしたら、世界やり直しまくりの人はとんでもなく罪深いわね……」


 志夏は言って、ゆっくりと、まばたきをした。町の控えめな夜景を見つめた。


「でも、もしも自分の命が無くなる運命になってて、その運命を変えるために『やり直し』ができるとしたら……俺も、やり直しまくると思うぞ」


「…………」


()()ってのは、そういうもんだ」


 と、俺は思っている。


 まぁ、他人の心が読めるわけじゃないから、人間全体については何も証明できないわけで、何とも言えないけどな。


「人間……かぁ」


「何だ。人間に興味あるのか? 神さま」


 すると志夏は、ふふっと優しく笑い、


「そりゃ、あるわよ」


「そうか」


 俺も、軽く笑った。


「ねぇ、達矢くん」


「何だ」


「この町、好き?」


「よくわからないな」


「わからないって……あのねぇ、ここは『好き』って言う場面でしょ」


「いや、だってさ、変な女ばかり居て、男は不良ばっかで……まぁ、風車が建ち並ぶ景色は、けっこう好きだけどさ」


 志夏は一つ息を吐いて、急に()いだ静かな世界で、言うのだ。


「私は、この町が好き。だから、守りたい」


「そのためには――」


「ソラブネが必要ってことか?」


「ええ」


「……よしわかった。俺が、ソラブネを復活させてやるぞ。明日香も那美音もアルファも居るんだ。一番厄介なチェーンロックは俺が握ってる」


 すると志夏はクスリと笑い、


「チェーンロックに握られてる、の間違いじゃないの?」


 とか言った。


「くっ……そんな、紛れも無い事実を今言うことないだろ……」


 折角カッコつけてみたのに……。


 意地悪な子だよ、まったく。


「あははっ、達矢くんは、やっぱり、面白いね」


「褒め言葉だな。ありがとう」


 言うと、志夏は、今度は悲しそうな笑顔で、


「お願い、達矢くん。この町を、守って」


 それはもう、泣きそうで、悲痛な。


 いつも強気なイメージのある彼女に、そんな表情を見せられたら、奮い立ってしまうじゃないか。


「任せておけ。俺は、女の子にお願いされると断れないタイプの男なんだ」


「うん。知ってる」


「約束したって、いいぜ」


「そっか。じゃあ、約束ね。破ったら、針千本のますってことで良い?」


「ほう、大きく出たな。いいだろう。約束しよう。この町を守れなかったら、針千本でも万本でも飲んでやる!」


 虚空に向かってそう言った後、志夏の方を見ると、


「録音したからねっ」


 言って、小型のペン型ボイスレコーダーを目の前に突きつけてきた。


「あ、ああ……」


「それじゃあねっ」


 くるりと身を翻し、屋上と校舎を繋ぐ引き戸の方へと歩いていく。


 ゆっくりと、一歩ずつ。


 そして志夏が屋上から出た時に、また強い風が、吹き始めた。


「またな!」


 俺は歩く彼女の細い背中に向かって言った。


 彼女の姿が、校舎内へと消える。


 録音されちゃ……約束は破れない。


「この町を、守る……か」


 見下ろす町では、夜も休まず風車が回る。強い強い、風が吹く。


「…………」


 ――ねぇ、達矢くん。この町、好き?


 その志夏の言葉を、もう一度考えてみる。まだ、この町には来たばかりで、変なヤツと出会ってばかりの日々だけど、でも、何でだろう、理由は、わからないけれど。


 本当に、この町が、好きだと思った。


「………帰るか」


 歩き出した。





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