最終章_5-9
少し時間が経って、夜になった。
相変わらず明日香、アルファ、那美音の三人は、川の字になって眠っている。
さて、暇だが……どうするか……。
このまま寝る……というのが現実的な選択だとは思う。
でも、この夜を利用して、別の角度から問題にアプローチすることも必要かもしれない。
要するに、何が言いたいかというと、志夏に話を聞きに行くのはどうか、と思ってるわけだ。志夏の目線から見えているものを知ることで、何か新しい発見があるかもしれない。
というわけでここは、『かざぐるまシティ』が生んだ変人、自称神の伊勢崎志夏に経過報告に行こうではないか。
「よし、行こう」
俺は呟き、立ち上がる。
折角だから、利奈っちが洗ってくれた制服に着替えるか。
薄い明かりの中、制服に着替えた。
川の字に眠る三人の姿を見た後、部屋の電気を完全に落とし、蛍光灯の明かりが灯る地上への階段へと歩み出た。
街灯の明かりと星明りくらいしかない夜道を歩き、学校に来た。
志夏は、どこに居るだろうか。
とりあえず、不気味な夜の学校を歩き回り、生徒会室に来てみた。
こんな夜に、学校に居るとも思えんが。
戸をノックしてみる。
沈黙が返ってきた。
引き戸を開けようとしてみる。
しかし、ガタガタと音を立てて隙間が僅かに開くだけだ。
ちぃ、鍵が掛かってて開かない。
「…………」
うーむ、どうするか。
このままドアと格闘していても何も始まらないぞ。
志夏に会いに来たのに、志夏に会えないとはな。目的を果たせず帰るというのもプライドが許さないというか、何と言うか。
不意に、背後に気配を感じて、俺は振り返った!
「や、たっちー」
細っこい子が、体より大きなキャンバスを背負って立っていた。
どうやら、絵を運んでいるらしい。
「お、おう。紗夜子か……」
「こんな昼間に、こんな所で何してるの?」
その言葉、そっくり返してやりたいが、まぁいい。
というか、昼間というか夜だがな。何で昼夜を無理矢理に逆転させてんだろうか、この子は。いや、しかしまぁそのようなことは、今はささいなことだ。
「志夏を、探しててな」
「しなっち?」
しなっち。それが、志夏のあだ名らしい。もちろん紗夜子の中だけの話だろうが。
「そうだ、しなっちだ。何処に居るか、知らないか?」
「念じれば来るよ」
「はぁ?」
わけのわからんことを言い出したぞ。
「ちょっと待ってね」
紗夜子は言って、目を力強く閉じ、顔を天井に向け、
「うみゅみゅみゅみゅみゅ」
謎の呪文を唱えながら、天井に手を伸ばした。
紗夜子の背負っていた大きな絵は廊下に落ちて、ばこんと倒れた。
「…………っ」
異様な光景に、言葉を失う俺。
紗夜子は天井に伸ばした手を震わせて、
「ふみゃみゃみゃみゃみゃみゃ~」
脱力系の呪文を唱え続けていた。
そしたら何と、
「浜中さん。どうしたの?」
本当に来た!
「謎のチャネリングで本当に志夏と交信したというのか!」
「あたま大丈夫? 達矢くん」
「うみゃみゃみゅむー」
あれれ、まだやってた……。
「何の遊び?」
「いや、ちょっとな。紗夜子と一緒に宇宙と交信してたんだ」
「そうなんだ。何か願い事でもあるの?」
「頭が良くなりますようにってのと、不良が治りますようにってな」
「へぇ。無理っぽいことばっかり頼まれて、宇宙人も迷惑してるでしょうね」
何だか、結構ひどいこと言われてる気がする。
「うみゃあ~」
紗夜子はまだ交信していた。
「おい、紗夜子。もう良いぞ」
「待って、もう少しで繋がるから。そしたら、しなっちを呼べるネットワークへのアクセス権を得れる。プロキシ経由で、昇って、潜って、レーザービーム」
「おいこら。意味不明すぎるぞ……」
「またやってるの。浜中さん」
「またって……以前もやってたことあるのか……とことん変なヤツだな……」
「え? はれ? しなっち。まだ呼んでないよ? 何でここに居るの?」
「偶然通りかかってね」
「じゃあ神様のお導きかな」
「まぁ、そんなようなものだと思うわ」
「会えたなら、よかった」
「おう、ありがとな」
「それじゃ。わたし、忙しいから」
紗夜子は言って、のそのそと体よりも大きなキャンバスを抱いた。
「絵でも描いてるのか?」
「うん」
こくりと頷く。
「そうか。頑張れよ」
「うん。ばいばい」
絵を抱えたまま手首の先だけで手を振って、颯爽と去っていった。
志夏と二人、残される。
「で、達矢くん。私に何か用かな」
「用っていうか、まぁ、経過を報告に」
俺はそう言った。
「あら。どうして私に経過を報告する必要なんてあるの?」
「いや、ほら、だって、色々と事情を知ってる感じだったから」
俺が言うと、
「なるほど」志夏は小さく頷き、「ソラブネについて、訊きに来たのね」
と言った。
どうなんだろうか。俺は、本当に知りたがっているのか。
よくわからない。
その古代テクノロジーを目覚めさせることで、何かが壊れるのなら、目覚めさせるべきではないと思う。でも、それを目覚めさせても、目覚めさせなくても、壊れる何かがあるとして、それが同等の価値を持ったものだったとしたら……。
何もしないよりは、何かした方が、予想外にハッピーなことが起こる可能性が生まれるんじゃないだろうか。
「そうなのね?」
「ああ、そうだよ」
ソラブネのことが知りたい――。
その思いは確かにある。
「じゃあ、ゆっくり話せる場所に行きましょうか」
「ん、ああ」
「付いて来て」
言って、志夏は不気味なほど薄暗い廊下を歩き出す。
俺も、その後に続いて歩いた。