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最終章_5-7

 早歩きで洞窟まで戻ってきた。


「ただいまー」


 扉を開けながら言うと、


「おかえりなさい、メロンパン!」


「アイスクリーム♪」


 那美音とアルファの二人は元気に駆けつけてきた。


 その後ろでベッドに沈黙する紅野明日香の姿……。


 さっき起きたばかりだったはずだが……。


 何があった?


「あぁ、紅野明日香なら、うっさいから黙らせたわ」


「黙らせたって……」


「少々乱暴な方法でね」


「そ、そうっすか……」


 何か、明日香が可哀想になってきたぞ……。


 ここのところ起きている時間が短すぎるじゃないか。


 睡眠時間が長いことで有名な猫って動物でさえ、もうちょい起きてるぞ。


 こんなに眠ってばっかりじゃあ、冬眠しているのと何も変わらないんじゃないか。もう春だというのに。いや、春から夏になりかけてるくらいの時期なのに。


「アイスクリーム♪ アイスクリーム♪」


 歌いながら催促(さいそく)催促(さいそく)するアルファ。


「あ、ああ。アイスな。これで良いか?」


 俺は言いながら紙袋からカップアイスを取り出して差し出した。


 すると、ずーん、とあからさまに落ち込んだぞ。どういうことだ。アイスなのに……。


「想像してたのと違う」

 ボソッと言った。


「え?」


「ちがうー。これちがうー」


「違うったって……アイスクリームだぞ。しかも高いやつだぞ。ハーゲン何とかだぞ。ストロベリー味とバニラ味と抹茶味とチョコ味とメロン味と杏仁豆腐味」


「メロンパン味は無かったの?」


 無ぇよ。


「メロン味で我慢して下さい」


「バナナ味はっ!」


 明日香がガバっと起きた。


「――うっさい」


 べこっ。


 那美音は首筋を殴った。


「あうっ」


 ぱたりこっ。


 倒れた。かわいそうだ……。


「アイスクリーム……」


 アルファも、涙を溜めて言わないでくれ……。


 困ってしまうぞ。


「まあ、これは冷凍庫に保管しておくから、ソフトクリームを買ってきなさい」


「ソフトクリームだぁ? そんなもん、売ってなかったぞ、ショッピングセンターに」


「笠原商店にあるのよ」


「笠原商店……」


 あの商店街の小さな店か。


「というわけで、アルちゃん。今度こそ達矢くんがソフトクリーム買ってきてくれるからね」


「ソフトクリーム♪ ソフトクリーム♪」


 可愛く歌いつつ、銀色の頭を左右に振りつつおねだりしている。


 いつの間にかごきげんになっているあたりが、何と言うか子供っぽい。


 要するに可愛い。


「よし、ソフトクリームだな。任せろ」


 俺は再び町に繰り出した。





 で、笠原商店。


 俺は、その小さな店の引き戸を開けた。


「いらっしゃいませー」


 店内には、女の子。笠原みどりだ。


「おっす」挨拶した。


「あ、えっと……マリナの友達の……戸部くんだっけ」


「ああ」


「マリナの幽霊騒動は?」


「そっちの方は、行き詰ったな」


「行き詰った、というと?」


「利奈っちは、ママに引きずられて行ってしまった」


「なるほど。そりゃ行き詰まりましたね」


 言いながら、ふふと笑った。


「ああ」


 俺も小さく笑って返す。


「まつりちゃんは、役に立ちました?」


「いや、まつりは全く。でも、穂高さんの家で貴重な電波話を聞けた」


「電波話……?」


「少なくとも、利奈っちに幽霊が取り憑いた理由の片鱗くらいは、おぼろげにわかったぞ」


「あんまり、成果はなかったってことじゃないですか」


「そうとも言うな」


「あ、それで、何か買いに来たんですか?」


「ん? ああ。ソフトクリームがあるって聞いて来たんだが……そんなもんあるのか?」


「……誰から聞いたんですか?」


 やや不審そうにみどりは訊いてきた。


「誰って……謎の女スパイからな」


「何です、それ?」


「柳瀬って人だ」


「誰だろ……」


 みどりは視線を宙に漂わせた後、


「まぁいいか。ありますよ。秘密のソフトクリーム」と言った。


「お、本当か」


「ソフトクリーム製造機は、限られた人しかその存在を知らない夢の機械で希少なんですけど」


 いや、俺の以前住んでた家の近所のコンビニにあったぞ。


 駅前のアイス屋にもソフトクリームが当然のごとくあったし。


 いや、しかしここはドがつくほどの田舎町。


 コンビニすら無い。ソフトクリームという存在が希少であっても、何も不思議ではないか……。


「ま、まぁとにかく、ソフトクリーム、いくらだ?」


「一個200円。だけど戸部くんは都会から来ててあたし達をどこか見下してるから400円にする」


「何だそれは……」


「今、『ここはド田舎』って考えてるオーラが出てたもん」


「いや、えっと……何故バレたんだ……」


「やっぱりね! そんな人に売るソフトクリームなんてありません! とっとと帰って下さい!」


「いや……まて……俺が悪かった!」


「今さら謝ってもダメです! とても許せることではないです!」


「待ってくれ。話を聞いてくれ!」


「……何ですか?」


「実は、ソフトクリームを欲しがっているのは、俺ではないのだ」


「え? じゃあ、一緒に居たあの女の子ですか?」


 と言うと……明日香のことか。


「いや、違うんだ。もっと幼い……そうだな、十歳くらいの子が、涙を浮かべながら、俺がソフトクリームを持ち帰るのを待っているんだ!」


 紛れも無い、事実である。


「嘘っぽい」


「本当なんだって!」


「うーん……」


 みどりは少し思案して、


「わかった。売ってあげる。定価で」


「おう、ありがとう」


「その代わり、嘘だったらまつりちゃんに言いつけるからね」


「まつりに……」


 それは、きっと、恐ろしいことなのだろう。利奈がやられたようにモイストされたりするのは嫌だな。


「嘘ではない。信じてくれ。仮に嘘だとしても、俺の嘘は常に優しい嘘で構築されている」


「じゃあ、200円ね」


「おう」


 みどりは、ソフトクリーム製造機械と思われる機械の前に立った。


 どこからかコーンを取り出し、機械の前に持っていく。


 そして、


「いきますっ」


 言って、レバーを引き下げると、白いものが蛇のようにニュルニュルと出てきた。


 みどりはコーンを持った手元をくるくると動かし、そして完成させた。


「ソフトクリーム!」


 ちょっと傾いた斜塔状態のソレを満面の笑みで見せびらかしてきた。


「おお、すごいな」


「子供のためだっていうから、サービスしちゃった」


「ありがとう。喜ぶぜ」


「でも……子供なんて、どうしたの? あっ……まさか……誘拐ッ?」


「そんなわけあるか!」


 俺は、那美音の財布から200円を取り出し、その手でテーブルを叩いた。


 テーブルで、百円玉二枚が踊る。


「いや、戸部くんなら、やりかねないかなって」


「何を根拠に……」


「何となく……」


「『何となく』で凶悪な容疑者にされてたまるか」


「そ、そうだね。ごめん」


「まぁ、良いけど……」


「それよりも、早く届けた方が良いんじゃない? ソフトクリーム。溶けるよ?」


「あ、ああ。そうだな。ありがとう」


「いえ、ありがとうございましたー」


「おう。またな」


 俺は言って、急いで店を出た。


 そして、緩やかな坂を下る。


 十字路を左折して、図書館方面へ。


 早歩きしながら。


 と、その時!


 ゴッ。


 俺のつま先が、アスファルトを蹴った音。


 何も無いところで、俺は、つまづいた。


 揺れる視界。


「うぉぁ!」


 前のめりになる。


 そして、ドサッと、情けなくもうつ伏せに転倒した!


「…………ふぅ」


 だがソフトクリームは無事だ。


 ソフトクリームは守ったぞ。


 ふっ、自分を犠牲にしてでもアルファのソフトクリームを守るとは。


 自分のカッコよさに酔いそうだぜ。


 俺は立ち上がり、再び歩き出した。





 その後、何事もなく、隠れ家に着いた。


 まぁ、ソフトクリームは少しだけ溶けかけていたが。


 で、扉を開ける。


「ただいま」


「おかえり」と那美音。


「――ソフトクリーム!」アルファが叫んだ。


「お、おう……。ちょっと傾いてるから、気を付けて食えよ」


 俺はアルファにソフトクリームを手渡した。


「はむっ」


 勢いよく食べる。


「オー! ソフトクリーム!」


 美味しいらしい。


 目を輝かした。


 口の周りをクリームまみれにしている。


「美味いか?」


「うん、おいし」


「そうか、よかったな」


「ありがとう、おにーたん」


 それにしても、「おにーたん」と呼ばれるのはドキドキするぜ……。


「お礼なら、那美音に言え。金払ったのは那美音だからな」


「ありがと、おねーたま」


「うんうん。よかったね」


 頭を撫でていた。


 無事、ソフトクリームを持ち帰れてよかったぜ。


「でも達矢くん」


「ん? 何だ」


「あたしにソフトクリームは!?」


「え……いや……だって……」


 別に那美音からは何の注文も……。


「こういう時は、『欲しい』と言われなくても買ってくるものでしょ!」


 おこられた。


「すみません」


「メロンパン味のソフトクリームとか、食べたかったわ」


「無いと思うぞ。そんなもの」


 そんな謎ソフトクリームは欲しがる人が少ない。


「バナッ――」


 べこん。


 突然起き上がった紅野明日香は首筋をなぐられた。


「はぅっ」


 ぱたりこ。


 倒れた。かわいそうに……。


「ソフトクリーム♪」


 アルファだけが、ごきげんだった。


「で、ほら、お財布返して」


 那美音は言って、右手を差し出して来た。


「おう」


 俺は財布をポケットから取り出し――って、あれ……?


 無い。財布が。どこに消えた?


 あれ?


「……達矢くん……」


「はい……何でしょうか……那美音さん……」


 冷や汗が止まらない……。


「お財布を無くしたとでも言うつもり? いくら入ってたと思ってるの?」


 いっぱいです。見たことも無いくらい、いっぱい入ってました。


「それを落としたの?」


 ゴゴゴゴゴ、と炎をしょって怒ってる。


 やばい。


「それは、どうでしょう……」


 はっきり言って、落としたけど。


「……拾ってきなさい」


「いや、どこかにあるはず……」


 ポケットをまさぐる。


 が、無い。


 落としたとしたら……いつだろうか。


 笠原商店を出たところまでは確実に持っていた。


 となれば……あの時か……。


 何も無いところで転んだ時。


 ソフトクリームに気を取られるあまり、那美音様の財布を落としてしまったことに気付かなかったのか!


 何て不幸な事故。


「あのねぇ、何が不幸な事故よ……」


「いえ、すみません……」


 謝罪しか選択肢は無い。


「……ちょっと待って。今、お財布を探すわ」


 那美音は言って、目を瞑った。


「探すって……?」


「黙って」


「は、はい……」


 どうやら、テレパシー能力を使って、お財布を探そうということらしい。


 重々しい沈黙の後、那美音は言った。


「不良に拾われたわ」


「不良……だと?」


「ええ、わかりやすい不良。今、学校で盛り上がってる。『イャッハァー』とか言いながら」


 学校に巣食う古いタイプの不良どもか。


「俺は……どうすればいい?」


「決まってるでしょ。奪い返して来なさい」


「奪い返すったって……相手は不良なんだろ……」


 殴られたらどうする。


「達矢くん、死にたい?」


 どうせ、「行かなきゃ撃ち殺す」みたいなことを言うんだろうな。


「わかってんじゃないの」


「くっ……」


 悪いのは俺だしな……。


 行くか、学校に。


「そうよ。行きなさい。早く」


 きつい目でにらまれる。


「ふぅ……」


 俺は溜息を吐いて、学校へ向かった。




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