最終章_5-6
やって来たのはショッピングセンターの食料品売り場。
まずは、那美音の財布の中身を見てみる。
「……何だこれは……」
財布には、札束。
こんな財布がこの世に存在するのか……。
アンビリーバブルだぜ……。
これだけあれば、少々ちょろまかしてもバレないんじゃないか。
あるいは、持ち逃げすれば十年くらいは暮らして行けそうな気さえするぞ。
ただ、まぁ、持ち主は超能力者で心が読めるからな……。
変な気を起こしたら速攻駆けつけて俺をボコボコにするに違いない。
ここは煩悩を振り払った方が命が助かる。
冷静になろう。
そう、俺は冷静な男なのだ。
で、店内を歩き、
メロンパンを手に取り、カゴに入れる。
次にバナナ。
そして、溶けやすいカップアイスを最後に購入する。
よし、これで、パーフェクトだぜ。
会計を済ませて、商品の入った紙袋を受け取る。
あとは、さっさと隠れ家に戻らなくては。
寄り道なんてしようものなら「遅い!」と言われるだろうからな。
何せ、相手はせっかちな女と、子供と、心が読める女だから。
特に、心が読める那美音さんは、はっきり言うと厄介。
寄り道した時には、寄り道した事実そのものがバレるからだ。
それにしても、他人の心を読むなんてのは、悪趣味そのものだと言いたいぜ。
と、そんなことを考えながら、ショッピングセンター内を歩いていると――
「ん? アブラハムじゃねぇか」
「若山さん……」
自称エリートが居た。
エントランス付近の花屋さんの前で、エプロンなんてつけている。
「エプロン……似合いますね……」
「言うな、それは……」
顔を赤くしながら、小さな声で若山さんは言った。
「店長ってもしかして、花屋の店長ってことだったんですか?」
「ち、違う! これは手伝いだ! この広大なショッピングセンターの長なんだよ、おれは」
大袈裟な身振り手振りで必死に説明してきた。
ここまで必死になられると、逆に怪しく思えてしまうな。
「……まぁいい。そんなことよりも達矢、お前さ、那美音って女のこと、よく知ってるのか?」
「那美音さん? つい昨日出会ったばかりですけど……」
「その割りに、ずいぶん仲良さそうにしてたじゃねぇか」
「そんなことも、なかったと思いますけど」
若山さんとも出会ったばかりだけど、こうして仲良く話しているしな。特別意識することでもないと思うが。
「つまり、おれが言いたいのはだな……」
「何すか?」
「那美音って女、こえーなってことだ」
「こわい……?」
「まるで、この世の全てを見透かしているようだったぜ……」
まぁ、心が読めるからな。あの人は。
会話が途切れたので、
「ところで、若山さんは、何者ですか?」
俺はふと思い立ち、そう訊いた。
「は?」
怪訝そうに訊き返された。
「いえ、何でもないっす」
よく考えてみれば、確かに変な質問だったかもしれない。
だが、周囲に変な人間が大量発生していることから考えれば、若山さんも不思議な正体を持っている可能性は十分考えられる。
はっきり言わせてもらえば、一見マトモに見える若山さんの正体まで変な何かだった場合、もう本気でこの町から逃げ出すことを考えてしまうだろう。
だから、もう詮索しない方が得策だと思う。精神的に。
と、そんなことを考えていると、
「店長~! 手伝ってぇ~!」
ショッピングセンター内にある花屋さんの方から、女の子の声がした。
「てんちょ~! どこぉ~?」
どうやら、若山さんを探しているらしい。
以前、このショッピングセンターの店長さんだと言っていたからな。
だが、このエプロン姿は、どう見てもただの花屋の店長……。
「ん? あ。すまん。仕事みてーだ。またな、達矢」
「あ、はい、また……」
若山さんは必要最低限の挨拶の後、せわしい動きで去ってゆく。
「何だぁ! どうしたー。お嬢ちゃん!」
一人、その場に残された。
俺は、手に持っている紙袋に視線を落とす。
「あ、早く帰らないと」
あいつらの前にアイスを広げた時にアイス溶けてたら、何を言われるか。
ま、ドライアイスを同封しているから、そう簡単に溶けたりしないだろうが、とにかく急ぐに越したことはないだろう。