最終章_5-5
図書館裏の洞窟前。
「さぁアルちゃん。ここが隠れ家よ」
「……文明の匂いがしませんね」
俺たちは電気の灯る洞窟の中へと入った。
階段を下って下って、扉を開ける。
「さぁアルちゃん、ここがあたしたちの秘密基地よ!」
「……ベッドで寝てる人は? 実験体ですか?」
いや、実験体って……。
「ラット? マウス? モルモット?」いい発音で。
「人間だろう」
どう見ても人間だ。
「いいえ、選ばれし者よ」
と那美音が大きな胸の前で腕組をしながら言った。
アルファは「?」と首を傾げた。
当然の反応だと思う。さっぱりわけがわからないという様子だ。しかし、すぐに思考を停止したようで、まあいいやと呟き、二度ほど首を縦に振った。どうやら、考えても仕方の無いことは考えないようにしているらしい。
「さ、座って座って」
那美音が言うと、少女は部屋の中に入り、ペタリと絨毯の上に座った。
俺と那美音も、同じように座る。
「それにしても……狭い部屋ですね」
「軍船の船室よりはマシでしょう」
「あたしの船は、そんじょそこらのとは違うので、もっと広いよ。空母だし。ていうか、洞窟の中に住むなんて、文明的ではないですね」
何だろう、このアルファって子は子供っぽい容姿なのに全く子供っぽくないことを言うなぁ。
「いやいや、そんなことないわよ。洞窟の中で近代生活を維持するのは、家を建てるよりも困難だと思うわ」
「なるほど、そうかもしれない」
二回ほど頷いた。
「あの、それで……何が何だかよくわからないので、説明してもらいたい」
と俺が言うと、那美音は、
「説明? 何を」
「要するに、その少女は何者なんだ」
「だから、さっき言った通りよ」
「天才です☆」と銀髪少女。
なるほど、天才だというのなら、子供っぽくない言動にも説明がつく。あと余計なことを考えたがらないといった態度も。余計なことを考えている暇があったら別の思索に耽りたいのかもな。なんか、天才ってのはそういう人が多いってどっかで聞いたことあるし。
「軍の技術部最高責任者で、常に最先端技術を研究している開発のスペシャリスト」
那美音はそう言って、銀の頭をポンポンと二回ほど弱く撫でるように叩いた。
褒められるようにして叩かれたアルファは嬉しそうに笑った。
つまり、この少女は武器職人とか兵器職人……みたいなものなのだろうか。
「まぁ、そんなところね」
那美音は俺の心を読んで言った。
「それで、那美音は超能力部隊に所属していて、この子とは知り合いだったと……」
「ファルファーレです。仲のいい人にはアルファって呼ばれてます」
少女は、あらためて自己紹介した。
「アルファか。可愛い名前だな」
「あたしもそう思います。名前だけじゃなくて色々可愛いです」
自分で言うか、普通。
とはいえ、若くして責任者になるような子だ。いわゆる「普通」を期待してはいけないのかもしれない。というか、もはやこの町に、普通の人間なんて居ないんじゃないかと感じるほどだ。
自称『神』を名乗る志夏って子がいる。
利奈っちは変な幽霊に取り憑かれてる。
那美音さんは二重スパイだ。
このアルファって子は子供ながらに武器職人。
紅野明日香に至っては、『選ばれし者』だという。
選ばれし者ってのは宇宙から飛来した隕石に乗って来た人であるらしい。
つまり、リアルに宇宙人の疑いすらあるということだ。
全くリアリティないけどな。
まるでフィクション世界に迷い込んだかのような気分だ。
つまり現実から逃避したい。
まだ都会の町に居た頃、マトモだった世界が懐かしいぜ。
「ところで、お腹が減りました。何か食べるもの無いですか?」
アルファは腹をおさえながら言った。
「食べ物か。何かある? 達矢くん」
「いや、俺に訊かれてもな……」
「メロンパンは?」
「今朝、那美音さんがメロンパン風味の謎料理に全部使ってしまったじゃないか」
「そっか。じゃあ、達矢くんが買ってくるしかないか」
ん? おかしいな。何で今、当り前のように俺がパシらされることが決定したんだ……?
「アルちゃん、食べたいものある?」
「アイスクリーム♪」
「そっか。達矢。訊いたね?」
「はいよ。じゃあ、アイスクリームと、メロンパンと、バナナで良いんだな」
と、その瞬間、
「バナナっ?」
今まで眠っていた明日香が突然起きた。
バナナという言葉の響きに反応したらしい。
「お、おう。明日香。おはよう」
「おはよ……今何時?」
「もう夜中よ。良い子は寝てなさい」
嘘である。昼間だ。洞窟だと、どうにも時間の感覚が無くなるけども。
「てか、その子、誰?」
明日香はアルファを指差した。
「アルファです。天才です」
「うわ、自分で天才とかいうガキ? どこで拾っちゃったの。こんな生意気そうなの」
「生意気なのは、あなたの方ですよ。初対面の人に対する礼儀がなってません。失礼です」
「ますます生意気。むかつく。年功序列ってものをわかってないのね」
どうやら寝起きで気が立ってるようだ。
「はいはい、ケンカしないの。全部達矢くんが悪いからね」と最年長の巨乳がいう。
えぇえ!
何それ。何で俺が悪いことになんの?
「いいから、達矢くんはさっさと買い物に行きなさい」
「はい……」
「逃げようとしたら、わかってるわよね」
那美音さん。この期に及んで、まだ脅しますか……逃げないっつーのに。
「ならいいけどね」
「あの、でも俺、お金無いんだけど……」
「じゃあ、コレ」
那美音は言って、俺に財布を投げ渡してきた。
受け取る。
「早くっ!」
「はいっ!」
「走れっ!」
犬に命令するように、言った。
「了解! 行って来ます!」
扉を開けて外に出た。扉の閉まる、音がした。




