最終章_5-4
那美音と二人、洞窟の外に出て、やって来たのは湖だった。
「何故、湖……」
ここに、何かあるのだろうか。
「あたしの知識人レーダーによると、この辺にインテリな思考を繰り返す男が居るはずなんだけど……」
知識人レーダーって、何だよ。
しかし彼女は意識を集中していたので、返事しなかった。まぁいいか。
で、視界にあるのは、風を受けて時計回りに回転する風車の背中と、縦に伸びる大きな裂け目。その向こうの海と空。
まぁ、キレイといえばキレイだが、自然の風景っぽくはない。
作られた風景って感じだ。
自然が作った不自然な風景ってのも、存在することはあるだろうから何とも言えんが。
で、湖畔に目を落とすと、見覚えのある人の姿があった。
またしても釣りをしていた。釣竿片手に振り返ったその男は言った。
「よう、アブラハムじゃねえか。どうしたんだ、ダサい服着て」
ダサい服か、そういう文句は利奈っちか利奈パパに言ってやって欲しい。俺の趣味じゃない。服も金も無いから仕方なく着ているだけなのだ。
そして、若山は釣竿を地面に置いた。
「アブラハムじゃないっす。戸部達矢ですよ」
いつまでそのネタを引っ張る気だ、と言いたい。
トベタツヤで、ベタベタツヤツヤだから転じてアブラで、ちょっと変えてアブラハムということらしい。
「湖に来るなんて、珍しいな、アブラハム」
「昨日もここで会ったじゃないですか。あとアブラハムじゃないです」
「じゃあ、オイルハム」
「どんなハムだ」
「ハムが気に入らんか。じゃあオイル公」
「俺の名前の原型なくなってんじゃないっすか」
「うーん……そうだな。面倒だから達矢でいいか。そう呼ぶことにしよう。それでいいか? 達矢」
「そこに行き着くまでに随分かかりましたね……」
「まぁ、細かいことはどうでも良いんだ」
「はぁ」
「ところで、そっちの綺麗な女の人はどちらさんだ。彼女か?」
「いや……だったら良いですよね」
「どうも、柳瀬那美音です。若山さん」
那美音は名乗った。
「……あれ? 何でおれの名前知ってるんだ? どこかで会ったかな……」
「お察しの通り、以前、都会のいかがわしい店でお会いしたわ」
「なっ――……」
「マジですか……」
「嘘だけど」
「「嘘かよ!」」
と二人、ツッコミを入れた。
「さて、質の高い冗談はさておき、本題に入りましょうか、若山さん」
冗談の質、高かったか?
俺にはよくわからん。
「本題だぁ? 何だそりゃ」
若山がクールな顔を崩して訊くと、
「不発弾」
那美音が小さな声で言った。
「避難勧告の話……か」
おお、会話が成立している。
必要最低限の言葉で会話として成立するとは……さすが若山さん。自称インテリなだけのことはある。
「はい、町の南に不発弾って話で……町全域に……」
「どこでそれを聞いた?」
「町中の噂になってるもの」
「で、そのことが、どうかしたのか?」
那美音と若山は、数秒剣呑な雰囲気のまま黙った。
何だろうこの雰囲気……。
何というか、無言の探り合い……みたいな。
「まぁ、この避難勧告が、明らかにおかしいっていう話かな」と若山。
「ええ、そう。その通り」那美音は頷いた。
「それで?」
「あなたは、これからどういう行動を選択するのかなって」
「えぇ? おれみたいなショッピングセンターの店長なだけの男に何を言ってるんだ」
「見たところ……結構な野心家のようだけど?」
これは、「見たところ」というよりも、「心を読んだところ」というのが正しいだろう。
「え、おれ、そんなに滲み出しちまってるかな……」
若山さんは、自分の手の平を見つめながら言った。
俺は横から「おぼろげに……」と言う。俺から見ても、そんな感じには見えるからな……。
「とにかく、若山さん。あなたなら、これから、どう動く? あたしはそれが訊きたい」
「どう……って……とりあえず、店に戻って、花屋の店番でも……」
「そうじゃないでしょ……」
わけのわからん会話を繰り広げないで頂きたい。
「達矢、何なんだ、この女」
「いや、俺に訊かれても……」
「迷っているなら、この町のために……」
「――町がどうなろうと、おれには関係ないしな」
「この町の地下に、全世界最先端の電子計算機があるとしても?」
「……さ、さぁな」
「このままだと、その精密な巨大機械が、破壊されてしまうかもしれないわよ?」
「…………」
「これは、チャンスでしょう? それがわからない人じゃないでしょう、あなたは」
「ふっ、なかなかやるな、お嬢さん。うちの店でバイトしない?」
「しません」
「ははは、ま、まぁ、やる気になったらで良いからな。じゃあな」
昨日俺に言ったのと同じようなことを言って、軽く手を振ると、逃げるように南の方角へと歩き去った。
「……何なんだ、一体」
「彼は、優秀だから仲間に引き抜こうと思ったんだけど……」
「仲間って……」
「あたしと、達矢くんと、アスカちゃんで構成されている……」
いつの間に、そんなことになったんだ。そんな組織化された何かに組み込まれたくないんだが。
空を見上げると、昨日と違って晴天だった。
「さて……やることなくなったな……」
俺は呟いたが、
「そうでもないわよ」
「え?」
と、その時!
「誰かーーー! タスケテーーー!」
「その時、助けを呼ぶ声がした。声をした方に目を向けると、湖畔を走る女の子の姿――」
俺が目の前の風景をナレーションしていると、
「何と、女の子が武装した連中に追われていた」
那美音がそう言った。
「俺のセリフを取るなよぅ」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 助けなきゃ」
否めない。
「行くよ!」
俺たちは駆け出した。
「タースーケーテー!」
二人の体格の良い男に追われる少女。
しかも、追手二人は武装している。
「イヤッホーーーーウ!」雑兵A。
「ジャストアモーメントプリーズ!」雑兵B。
いや、その英語、この場合は丁寧すぎるんじゃねぇか?
しかもカタコトだし。
つーか、なんか気持ち悪い連中だな。夜な夜なサバイバルゲームにでも興じてそうなミリタリーオタクのようだ。ミリタリーオタクが全員気持ち悪いってわけじゃないけど、そういうミリオタの中でも質の悪い連中というか何というか。
「……っ」
那美音は銃をチャキっと取り出し、何かカチャカチャと操作して、銃口を雑兵に向けて引き金を引いた。
……カチン。
軽い音がして、沈黙した。
銃弾は発射されない。
「弾切れぇ? こんな時に!」
よくわからんが、ピンチっぽい。
そして次の瞬間、
「とりゃ!」
那美音は掛け声と共に、銃を投げた。
「ん?」
雑兵は声を漏らす。
那美音の投げた銃はスライド回転して
「!」
ガツン、と大きな音を立てて、雑兵の頭を直撃した。
「ふぐぁ!」
倒れる一人の雑兵。
「イエス!」
ガッツポーズをする那美音。
「むむむ! どうしたんだ、雑兵A!」
「む……無念…………ガクッ」
「雑兵Aぇええええええええ!!」
虚空に雑兵Bの叫びが響き渡る。
と、そんな謎の戦場ドラマを繰り広げる中で、無慈悲な敵――那美音さんのこと――は、そこらへんに転がってる石のつぶてを手に取り、
「ていっ!」
掛け声と共に送球した。
失速せず、一直線で雑兵Bに向かった石はジャイロ回転のまま雑兵Bのヘルメットに直撃した。
「げふぅ!」
悲鳴を上げて、ドサッと倒れる雑兵……。
「うーむ……ヘルメットさんがなければ、即死だっただろう……」
さすが那美音さん。なかなか、素晴らしい肩をしている。
ライトのポジションに置いてバックホームさせたら、野球の本場で活躍するミチロー選手と同等以上の技術を見せるかもしれん。いや、それどころか、これだけ球速があればピッチャーとしてもいけるに違いない。
「あたしはピッチャーは苦手。それから、この町には、あたしより強肩な子が居るからね」
何と……おそるべし、かざぐるまシティ……。
ともあれ、こうして少女を追い回していた雑兵二人は倒れた。
那美音は、雑兵の側に落ちていた先刻投げた銃を拾い上げて、戻って来た。
「あ、あの……」
そして、助けた少女が、目の前に来た。
とても小さい。
銀色の髪や瞳の色や顔立ちから判断するに、異国の少女だろう。
「助けてくれて、ありがとう」
少女は、流暢な日本語でそう言って、ペコリと頭を下げた。
だが、その時、那美音は少女を威圧的に見下ろしていた。腕組をして、大きな胸を張って、にらみつけている。
「ひぅ……」
可愛そうに……怯えているではないか。
「お、おい、那美音。幼い女の子を相手に、すごむなよ、こわがってるじゃないか」
「いや、上下関係をはっきりさせておこうと思って」
子供相手に、大人げないな。
そして、今度はどこからかナイフを取り出して、少女に向けた。
「おいおい……」
「所属を」
何言ってるんだ?
「技術部門責任者。ファルファーレ」
そしてこの子も、何を答えてるんだ……。
しかも敬礼してる……。
「あたしは、超能力部隊所属、柳瀬那美音」
那美音がナイフをしまいながら名乗ると、
「はじめまして、おねーたま」
言って駆け寄り、ぎゅっと那美音の服を掴み、腰に顔を埋めて抱きついた。
「アルちゃん」
頭を撫でた。
「えっと……知り合い……?」
何が何だか、わけがわからない。
「この子はね、軍でも有名な天才少女で、S軍の技術開発の責任者よ」
「責任者? こんな子供が?」
「規格外の実力があれば、そういうことにもなり得るわ。今の世界は、そういうものでしょ」
と那美音が言うと、少女は誇らしげな表情を俺に向けて、
「天才ですから!」
何なの、この子。
「というわけで、アルちゃん」
「何ですか」
「あたしらの仲間になりなさい」
「?」
可愛らしく首をかしげている。
「おにーたんは?」
おにーたんだと。
「戸部達矢だが……」
それにしても、おにーたんと呼ばれるとは……。
「おにーたんは、おねーたまとどういう関係?」
「俺は……」
「ラブラブなの」と那美音。
いや、違うだろ。本当だったら、それはそれで嬉しいけど。でも、すぐに他人に向けて銃口を向けたりする女の人は、こわいので願い下げな気持ちもある。
何となく、じとっとした目を向けられた気がする。
「で、軍に追われていたところを見ると……アルちゃんも脱走?」
「はい、おねーたまが軍を裏切ったと聞いて、居てもたっても居られず……」
「それで追われていたわけね……」
「はい。でも、おねーたま、どうして……」
どうして裏切ったのか、と訊ねているようだ。
「説明は後。とにかく、あたしたちの秘密基地に戻りましょう!」
「はい、おねーたま」
秘密基地って……小学生みたいだな。
「走るよ」
走るのか。
「ゴーゴー!」
アルファという少女は、まるで本子さんが言うようにそう言った。
湖を後にして、アスファルトの道を少し走り、
三人、図書館へと続く緩やかな坂を駆け上った。