最終章_4-7
「紅野明日香」
「な、何よ」
「少しでも怪しい動きを見せたら、達矢を殺すわ」
何ということだ。
「くっ、卑怯な……」
明日香は俺を助けようとしてくれているようで、苦々しい表情で女をにらみつけていた。
「時には、手段を選んでいられない時があるのよ。正義のために」
「正義……」
「事情を説明して欲しい?」
「説明する気があるのなら……」
「いいわ。説明してあげる」
「その前に……銃を下ろして」
「…………ええ」
那美音は明日香の言う通り、俺に向けられていた銃を下ろした。
その瞬間、
「スキありぃ!」
「っ!」
明日香は那美音に飛び掛り、拳銃を奪い取った!
そして、逆に那美音に銃口を向けた。
「簡単に銃を下ろすなんて、甘いわね!」
「くっ、失態。紅野明日香の心が読めないから、動きが読めなかった……」
「さぁ、両手をあげて」
「…………」
那美音は黙って両手をあげた。
「さぁ、説明してもらおうかしら。全て、包み隠さず」
「くっ……わかったわ……」
謎の女スパイに勝利するとは……。
おそるべし、紅野明日香……。
そして那美音はベッドに座り、語り出した。
「……あたしの役目は、ある女の子を誘拐して軍の管理下に置くことだった」
「軍?」
「そう。軍隊」
ってことは、那美音さんは軍人ってことか。
「軍隊が何で女の子を狙うんだ?」
俺は訊いた。
「その辺は、これから話すから、聞いてればわかるわ」
「そうっすか」
「それで、その狙われている女の子の名前が……」
那美音がやや黙ったので、「名前が……?」と催促してみる。すると、何となく予想通りで予想外の名前を口にした。
「紅野明日香」
「え? それって、どう考えても……っすよね?」
「私?」
紅野明日香は、キョトンとした。
「何でだ? こんな、ちょっと頭おかしいところはあるけど、普通の女の子なのに……」
「達矢。撃っていい?」
明日香は、銃口を俺の方に向けた。
「すみません……」
あやまった。頭おかしいというのが気に入らなかったようだ。
で、紅野明日香は、再び那美音に銃口を向けて、
「で?」
話の続きを要求した。
「そうね。この続きを話すと、達矢くんが……」
俺が……何だ?
「命を狙われるかもしれないけど良いわよね。巻き込みたくなかったけど、こうなってしまった以上、巻き込まれても文句言わないよね」
え?
「構わないわ」
「おいぃ!」
ちょ、ちょっと! 俺の意思は無視ですか!
「それじゃ話すね。紅野明日香を誘拐して軍の管理下に置くのがあたしの役目だった」
早口で、那美音は言った。
なんかもう巻き込む気満々らしい。
「だけど、いざ捕まえようとしたら邪魔が入ったり、上手く逃げられたりして、まぁ、簡単に言うとね……てこずってたの。それで、軍にそれを報告したら『何故小娘一人を捕らえるのにそれ程時間が掛かる? さては、柳瀬、貴様、スパイだな!』とか言われちゃって。まぁ実際スパイだったんだけど。それが遂にバレてしまったの……」
俺はだんだんとゆっくりになっていった那美音の言葉に頷き、
「確かに……心が読めたら、スパイも楽だろうな」
「スパイって、楽しそうね」と明日香。
「いや、命がいくつあっても足りないだろ。スパイなんて」と俺。
「その通り。それでね、軍の武装した方々に銃で狙われてしまったから、こりゃ死ぬなって思ってダッシュで逃げたのよ。足には自信あったしね。で、『とうっ』って言いながら湖に飛び込んだんだけど、直後に追手の思考が流れ込んできた。『湖の中に逃げたのなら、地下洞窟に逃げたに違いない』って。それで、地下洞窟に逃げるために、湖の中に潜っていく予定だったんだけど、急遽地上を逃げるルートに変更したの。泳いで泳いで、陸に上がったんだけど――」
そこに、俺が居て、思わず脅して助けを求めたわけか。
「そう。そこに偶然居合わせた達矢くんに助けてもらって、この隠れ家に連れて来てもらったのよね」
「達矢。何で連れて来たの。こんな面倒そうな人」
「いや、待て明日香。問題はそこじゃなく、何故明日香が軍隊から狙われてるか、だろ」
「あ、そっか……」
「まったく、頭悪い女だぜ」
「達矢、撃っていい?」
「ごめんなさい」
「それで? 那美音さん……だっけ?」
「ええ、柳瀬那美音よ」
「話を続けて」
「そうね……」
「てか、那美音さんの目的は何なの?」
「あたしの目的?」
「そう。一番の目的。それが大事でしょ」
すると、那美音は言った。
「この町を、守ること」
町を、守る?
「それと紅野明日香が狙われることに何の関係があるんだ?」と俺。
「それは、後で説明する」
「あ、はい」
「達矢、撃っていい?」
「何でっ!」
さすがに今のは、何故脅されたのか、わかんねぇぞ!
「ちゃんと人の話を聞きなさい」
「そうっすね……ごめんなさい……」
で、話は続く。
「つまりね。紅野明日香は『選ばれし者』であり、言い換えるなら『鍵』なのよ」
「は?」
選ばれし者……?
「どっかで聞いたような感じの言葉だな」
そうだ。たしか花屋で聞いた、古文書の話の中に出てきた。だとすると、実は明日香って、
「古代兵器の鍵だったりして」
俺は言ってみた。
「正解だったりして」
「わーい、やったー」
「達矢、撃っていい?」
「すみません」
おこられた……ちょっとはしゃぐのもダメなのか……。
「それで、ちょっとややこしい話なんだけども……まず、政府直属の軍があって、それを『S軍』と呼ぶことにする。次に、民間直属の軍があって、それを『M軍』と呼ぶことにする」
ほう……S軍とM軍か。やはり、S軍の方が攻撃力高くて、M軍の方が防御に秀でていたりするのだろうか。SとMというアルファベットの関係性から言ったら、そうに違いないな。
「達矢くん。今、達矢くんが考えてたこと、紅野さんにバラして良い?」
「やめてください」
「むむ? やい達矢。また失礼なこと考えたのか!」
「いや……決してそんなことは……」
ただ、ちょっとそういうのに厳しい人が見たらギリギリセクハラなんじゃないかなって思うくらいのものだろう。
「撃っていい?」
「申し訳ありません、明日香さん」
また謝らされていた。
「何だか、いちいち会話が途切れるわね」
「那美音さんのせいでしょ……」
「やはー。そうかも、ごめん」
軽い調子で、那美音は言った。
「それで? 続きは?」
「え? あ、うん……この町の地下には、すさまじい兵器が埋まっているのよ」
「すさまじい兵器……?」
古文書を書き写したという花屋の人が持ってた紙には、『ソラブネ』という名前で登場してたアレだろうか。
「物知りね……『ソラブネ』なんて呼称まで知ってるなんて」
「まぁ……」
利奈っちに取り憑いた謎の幽霊を除霊するために、色々歩き回らされたからな……。
明日香は言う。
「『ソラブネ』って……花屋さんで見せてもらった文章にあったわね……」
「なるほど、呼び方が『石船』じゃないってことは、写本を見たようね。それじゃ、その『ソラブネ』が兵器だってことも知ってる?」
すると明日香は頷きながら、
「知ってるわ」
「なら話は早いわね」
「もしかして、SM両陣営がその兵器を狙っているとか、そういうことですか?」
俺が訊くと、
「ええ。そういうこと」
そういうことらしい。
「そして、S軍とM軍が狙っているものがもう一つある」
「まさか、それが……」と俺。
「そう、紅野明日香という名の『鍵』」
「ねぇ、何か変なこと言ってきたよ。どうしよう達矢」
「いや、俺に言われてもな……」
「S軍、つまり政府の軍は、兵器を壊してでも無効化しようとしている。M軍、つまり民間の軍は、兵器を使って力を手に入れようとしている。S軍は紅野明日香を殺そうとしている。M軍は紅野明日香を生け捕りにしたい……とまぁ、そういう感じ」
S軍に味方すれば、色々なことが平和的に解決できるのかもしれないが、そうすると明日香が助からない。
M軍に味方すれば、明日香は助かるが、古代兵器が復活して、争いや混乱が起きる……のだろうか。
どちらを選ぶべきかと言えば……。
うーん。どっちだろ……何だか考えたくはない。
「どうして、私が『鍵』なの?」
確かに。それは気になるところだ。
「うーんと……簡単に言うと……生まれ変わりなのよ」
「生まれ変わり?」
「そう。ソラブネに乗ってやって来た『天上の人』のその一人の……何と言うか、上手く説明はできないけど、『魂』が宿ってる的なイメージかな」
「つまり、特別なんだな?」
「まぁ、王様みたいなもの」
「あぁ、なるほど……」
確かに、王様っぽいところはある。自己中心的で独善的で。
「どうして、私が?」
明日香が訊いた。
「あたしも、詳しいことはわからないから、何とも言えないけれど……」
「どうして!」
声を荒げた。
しかし那美音は肩をすくめ、
「情報が足りないから、あまり詳しいことは不明。でも、紅野さん自身、何か心当たりがあるんじゃないの?」
「それは……」
「あるみたいね……」
「えっと、この町に来るしばらく前から、誰かに監視されているような感じがして……だから、逃げようとして……」
「あ、ごめん、それあたし」
「あんたか!」
紅野明日香は怒りをあらわにしたが、那美音は落ち着いた様子で、
「とにかく、あたしはこの町を守るために、決断をしなければならない」
「それって、つまり、どういうことよ」
「はっきり言うわ。場合によっては、あたしは、紅野明日香を……殺さなくてはならない」
殺す? 死ぬ?
何だそれは。フィクションじみて狂ってる。
「紅野明日香が死を回避する方法は、先にソラブネを見つけて起動させること」
「先に銃口を突きつけて大人しくさせるってこと……だよね」
「ズバリ言ってくれるわね……」
「それで、いい気分になる人が居るかしら」
「でも、相手が既にそれをやってるとしたら、その状況を打開するためには、さらに大きな武力で何とかするしかないのよ」
いやしかし、それではどんどん武器のレベルが上がっていって、いつかは大きな破壊が起きてしまうんじゃないか……?
「そうさせないために、S軍はソラブネを壊そうとしている」
「M軍は何なの? 何を目的として動いているの?」
「M軍は……簡単に言うと反乱軍」
「じゃあM軍が悪いのね」
明日香が言うと、
「どっちも悪いのよ」
間髪をいれずに、那美音は答えた。
「え?」
「あるいは、どっちも悪くないのよ」
「どういうこと?」
「善とか悪とか正義とか、そんな基準でしか世界を見られないから、争いが止まないのだとして……でも、そうしないと困る人が大勢いるとしたら、ベターな選択としてそういう世界構造が選択されることも、あたしは納得できる」
「要するに……どういうことだ?」
「人は、縛られるってことよ」
と、明日香が言った。
「確かに。俺は今、手足を縛られている」
「いや、そういうことじゃなく」
と明日香は呆れたように言った。そして、さらに続けて、
「身動きが取れない状態に人々を誘導する集団が居るとして、そこから何とか這い出るために、武器が必要。だから、反乱軍が生まれた……ということ?」
「まぁ、そんなところね」那美音は頷いた。
「それで、結局、那美音さんはどっちなの?」
「どっち……って?」
「SかMか、どっちかってことだろ?」
「うん」
明日香は頷いた。
「どう考えてもSだな。いじめる方だ」
「いや、Mかもしれないわよ。今銃口を向けられてるのは那美音さんの方だもの」
「いいや、Sだね」
「Mよ!」
「二人とも、落ち着いて」
「見ろ、明日香。俺は縛られているんだぞ。しかもさっきは目隠しされて口も塞がれた。S! どう考えてもS!」
「そうね、Sね……」
面倒くさそうに、那美音は言った。
「ほらな!」と俺。
「達矢。撃っていい?」
「いや、ごめん」
「でもMでもあるわ」
「ほらね!」と明日香。
「さすがです、姐さん」
「何がさすがなのよ……」
さすがのエロさという……。
「紅野さん。撃っていいわよ」
「はーい!」
明日香が銃口を俺に向けた。
「いや! 待て待て、ごめん!」
ほんの冗談なのに。
「くだらない冗談はやめなさい……」
ていうか、心読まないで下さい。俺にプライバシーは無いんですか。
「達矢くんにプライバシーなんて無いよ」
「それで? どういうことですか? SもMも両方なんて」
「うん、えっとね、二重スパイ」
「「二重スパイ?」」
俺と明日香は同時に訊き返した。
「そう。S軍にもM軍にも所属していたの」
「な、なるほど……」
なんかよくわからんが、すごいな。
「最初はS軍に居たんだけど、最近になって、M軍に怪しい動きがあったから入隊してみたんだけど……二重スパイって難しいわねぇ」
つまり、バレたのか。
「ここから先は、あたし個人の命の話で……愚痴みたいになるけど聞いてもらえるかな」
「まぁ、いいですけど」と明日香。
「ああ。情報は多いに越したことはないからな」と俺も頷く。
まして、俺たちに銃を向けるような人間の命に関わることなら尚更だ。
リスクを考えれば、この情報を聞いておかないとピンチになりかねない。
那美音さんの発する言葉を信用して良いのかどうか、という問題は微妙なところだが、何となく信じてみたい。
かなり危険な賭けではあるが、二つの軍隊に一人立ち向かう女スパイという立場がカッコイイので応援したいのかもしれない。
と、そんなことを考えていたところ、
「……達矢くんて、頭良いんだか悪いんだか、わからないわね」
とか言われた。
「よく言われます」
それよりも、重ね重ね言いたいが、俺の心を読まないでもらいたい……。
何度も主張したいのだが、プライバシーというものを少しは考慮してくれないのだろうか。
「あのさ二人とも、テレパシーで会話するのやめてくれないかな。私に内緒でどんな話してるんだかわからないと、不安で――」
明日香はそう言いかけて、はっとした表情をした。
「あっ! さては達矢! やっぱり私をからかってるんだ!」
那美音は「え?」と首をかしげ、俺は唐突に意味不明なことを言い出した明日香に向けて「は?」と声を漏らした。
「てことは、利奈っちに幽霊が取り憑いたって話も嘘っぱちで、やっぱ私にドッキリを仕掛けてるんだ!」
「いやいや、本当に幽霊は居るぞ……」
利奈っちには確かに本子さんが取り憑いている。利奈のそばをフワフワ浮いてる。
「あたしだって、本当に二重スパイのテレパスよ」
那美音も主張した。
当然だ。別に、誰も明日香を騙して陥れようとしているわけではないのだから。
「テレパスって何よ!」
おこっていた。
「まぁ、人の心が読める超能力を持ってる人を、テレパスと言うわね」
「知ってるわよ! じゃあ、私の思考を読んでみなさいよ!」
「それは、紅野明日香は『選ばれし者』だから不可能なんだと思う」
「何それ!」
「でも達矢のは読めるわよ」
いや、だからマイハートを読むなっての。
「『いや、だからマイハートを読むなっての』と達矢は今、思っているわ」
「やめてくれ……読まないでくれ」
「何か、すごい演技っぽい」
「演技だと? 俺が演技をできるような人間だとでも? 演技なんてもんは、かなり苦手なんだぞ」
「私だって、そうそう騙されないわよ!」
「だから嘘じゃねぇっての……」
「だって、ありえないでしょ! 何よ、私が選ばれた人間で、命を狙われてるなんて! ドッキリとしか考えられない!」
「じゃあ、花屋の人の話はどうなるんだ?」
「あれも達矢の仕込みに違いないわ」
「疑り深すぎだろ、少しは信用しろって」
「幽霊だの選ばれただの超能力スパイだの、こんなのを信じたがる方が狂ってるわ!」
否めない……が、事実なんだ。俺は明日香を騙して陥れようとしているわけじゃない。幽霊だって居る。謎の女スパイもここに居る。花屋の人も、嘘を言ってるとは思えない。
そして、それらを総合して考えれば、少なくとも紅野明日香が「選ばれし者」とかいう存在である可能性が高いんだ。
世界には、不思議なことがあって、それは俺が今まで知らなかっただけで……。
「私をからかって楽しい?」
「だから、誤解だって。全部本当なんだって」
「手足を縛られて目隠しされて口も塞がれて、それで私に本当だと思わせて、こんなオモチャの銃まで用意して!」
「オモチャじゃないわよ」
そうだ、さっき撃って、ドアに穴があいたじゃないか。
「ええい、嘘だ! どうせ実は水鉄砲とかなんでしょ! 撃ってやるんだから!」
明日香は言って、引き金を引こうと人差し指にグッと力を入れた。
「あぶない!」
次の瞬間!
発砲音がして、俺の真横を銃弾が通り過ぎた。
言葉を失う。
銃声の後に、薬莢が洞窟に転がる音がした。
「ははっ……」
俺はひきつった笑いをして、頭の中を真っ白にしていた。
「…………っ! っこのっ!」
那美音はそう言って明日香に飛び掛る。
「何よ! 放して!」
明日香と那美音はもみ合い、銃を奪い合っていた。
「それを、どこか非現実世界に居るような感覚で見ている俺が居た」
「ナレーションしてないで手伝って!」
「いや……そうはいっても姐さん。だったら手足を拘束しているロープをほどいて欲しいものだ」
「落ち着いて、紅野明日香!」
那美音は、必死に銃を奪い返そうとする。
「うるさい! 馴れ馴れしく名前呼ぶな!」
「ええい、こうなれば仕方ない!」
那美音は言って、明日香の首筋を、
「ていっ」
と言いながら叩いた。
「あうっ」
明日香はそんな声を漏らして……くたっとした。
動かなくなった。
「だ、大丈夫か……明日香は……」
死んでないよな。
「安心して、ちょっと気絶させただけだから」
「そ、そうっすか……」
那美音は、明日香が握ったままの銃から指を一本ずつ解き外して取り上げた後、明日香の体をお姫様抱っこスタイルで持ち上げて、ベッドの上に寝かせた。
「さて、落ち着いたわね」
「そうだな……」
まぁ、那美音が悪人では無さそうだということは何となく理解できたが、結局のところ、俺や明日香は、どう動けば良いのだろうか。
と、考えた時、那美音はその心の声に答えるようなタイミングで、
「あたしは……町の外で色んなことを見てきた。そりゃもう……色んな、色んなこと。言ってみれば、大局を見てきたの」
とか言った。
「大局……」
「どちらの軍が考えている事も、『正義』」
「正義……」
「軽い言葉じゃないし、軽い概念でもなくて、単純だけど、複雑にならざるを得ない宿命的な言葉よね。で……言いにくいことなんだけど……」
「何すか」
「正直に言うと、紅野明日香を……政府の軍に引き渡すつもりで居たわ。そうでないと、大きな戦争が起きてしまう可能性があるから」
ってことは、明日香は、那美音に捕まったら死んでしまうってことになるんじゃないか?
だから、これ、今、この状況。紅野明日香にとっては、大ピンチなんじゃないか。
そうか。それを何となく理解したから、明日香は暴れたのかもしれない……。
すると那美音はゆっくりと大きく頭を振った。
「それは、させない。あたしにだって『正義』はあるから。絶対に、この子は、死なせない」
強い決意の目をしていた。
俺と那美音は、横たわる明日香の苦しそうな寝顔をじっと見つめる。
見つめたままで、会話する。
「那美音さんの他に、明日香を捕まえようとしてる人は居るんですか?」
「いいえ、双方の軍ともに、あたしに一任してきたわ。あたしが単独で紅野明日香を捕らえるようにって。あまり大袈裟に動いて一般人を刺激したくないみたい。あたしは、この町の出身で、人の心を読むことができるから、あたしをこの町に送り込むことになったのは、必然だと思うし……紅野明日香を捕らえて軍に引き渡せば、あたしのスパイ容疑が晴れる可能性があるけど……どうしたら良いかなぁ」
そんなことが、俺にわかるものか。でも、確かに言えるのは、明日香の命が奪われるなんて、嫌だということだ。となると、M軍に引き渡すのが最も現実的なのではないだろうか。それによって、どうなるのか……なんてのは俺にはわからないが。
「どうかしらね……Mな彼らの目的は、Sに反逆することに過ぎないから」
「それも危ない、というわけか……」
「ええ」
「じゃあ、どうしようもないじゃないか」
「何とか、全てうまくいく方法を探したいけど、難しいわね……」
那美音は、一つ溜息を吐くと、「まとめるわよ」と言った。これまでの話をまとめてくれるらしい。確かに、ちょっと俺の頭には難しすぎるぜと思っていたところだ。
「人の心を読めるあたしだけど、紅野明日香の考えは読めない。大きな思念力の波動があるから、紅野明日香の存在を感じ取ることはできるけれど、心を読むことだけが、なぜか出来ない。これは、おそらく、紅野明日香が選ばれし者だからだと思う。選ばれし者は、石船……じゃなかった、えっとソラブネを動かす鍵……というか、鍵を呼び出すために必要だから、政府と民間の双方の軍は、紅野明日香を狙ってる。だから、紅野明日香を確保し……場合によっては……その……消す……」
そして、殺しても良いと考えてるのは、政府軍。つまりS軍。
殺したくないと考えてるのは、民間の軍。つまりM軍。
両方の軍隊にスパイとして那美音がいたならば、少々ややこしいことになってるのかもな。
「そうね……」
那美音は呟き、後、言った。
「あたしには選択することができた」
選択?
「というより、選ばなければならなかった。Sの軍隊は、場合によっては殺せと命じた。Mの軍隊は絶対に殺さずに捕らえろと命じた。Sは古代兵器を壊したい。Mは古代兵器を使いたい。どちらを選んでも、この町は……大変なことになる。あたしも二つの軍隊から命を狙われる身になってしまったけれど……自分の命よりも、この町の皆のことを守りたい……って頭では思ってる。何度も言うけど、鍵を握るのは……」
――紅野明日香、か。
「そういうこと。あたしは、この町を、見捨てることはできないわ。けど、最良の方法が、思いつかない……」
まだ結論を出すには早いんじゃないだろうか。
時間は無いわけではないのだから、より良い方法を皆で探すべきだと思う。この場合の皆っていうのは、那美音さんはもちろん、明日香、俺、利奈っち。あと神を名乗る知り合いも居ることだし、色んな方向から意見を集めた方が良いのではないか。
「そうね……そうしたい……そうしたいと思う」
那美音はどこか泣きそうな声色で深く頷いた。
「それで、那美音は、これからどうするんだ?」
「どうって?」
追われる身の中でどう動くのか。
「んー、よく考えて行動しないと、すぐ殺されちゃうからなー。参っちゃう」
軽いノリで言った。
「とりあえず、お腹すいた。何か食べるもの無い?」
今度は食事を求めてきた。
「睡眠薬入りのバナナとか好きですか?」
「何てモノを食べさせようとしてんの」
「じゃあ、何か買って来るけど、どうします?」
「ん……菓子パンを買い込んで欲しいな。あとは、お茶とかも多めに」
「わかった」
女性だからな、菓子パンって言ったら甘いやつかな、メロンパンとか。
「いいねぇ、メロンパン。だいすき」
那美音は言って、少し笑った。
「さて、そうと決まれば、行ってくる。さぁ、この両手足を縛っているロープを解いてくれ!」
「いや、待って。逃げる気ね?」
そんなわけないだろうが……。
そんなことをしたら、明日香が危険だ。
ここから連れ出されてS軍に引き渡されたら、明日香の命はない。そんな状況なら逃げるなんて選択できるわけない……。
「とにかく、あたしが自分で行って来るわ」
「そうだな……」
それが一番良いかもしれん。
「達矢は、何か欲しいものはある?」
「とにかくこの縄を……」
解いてくれ。
「嫌」
「くっ……」
「行ってきます」
那美音は言って、扉を開けて外に出た。
バタン、と扉の閉まる音がした。