最終章_4-6
しばらくして、ガチャリ、という音がした。扉が開いたような音。
続いてバタンと閉じた音。
そして「……ひっ」と小さな悲鳴。女子の声だった。
この声は……紅野明日香。
「もごもごぁ!」
明日香ぁ、と呼んだつもりだが、言葉にならない。
すると、俺の口を塞いでたものを外してくれたようだ。
「達矢……?」
「おお、やはり明日香か!」
ようやく喋れるようになった。
「う、うん……てか……何してんの……?」
「女に、縛られて」
「はぁ?」
「目隠しをされている」
「それは見ればわかるけども……それで、その女って、どこに居るの?」
「風呂に入ってるようだ」
「…………そういうプレイ?」
「とにかく、目隠しをとってくれ」
「え、う、うん――」
その時、ちゃきっと拳銃の撃鉄を起こすような音がした。
「……あ、でも、ダメだ」
と明日香。
「ダメ? 何でだ。何故、何故目隠しをとってくれない!」
「きれいな裸の女の人が、仁王立ちして銃を構えて立っている」
「何ィ?」
あの女か!
「紅野、明日香ね」
俺を縛った謎の女の声がする。
「だれ……?」
「柳瀬那美音。あなたを狙う、スパイよ」
那美音という名前らしい。
――って、スパイ……?
「は? ねぇ達矢。この人、何言ってるの?」
俺に訊かれてもな。さっぱりだ。
そして、那美音は言った。
「やっぱり、この至近でも読めないか」
謎の言葉過ぎる。読むって何だ?
まさか、心でも読めるってのか?
「そう。心が読めるのに……そのはずなのに、紅野明日香の心が読めない。あたしが力を失ったわけじゃないわよね、達矢のは読めるから……」
なんだ、エスパーか。
まぁ、利奈っちに憑いた幽霊が居るんだから、エスパーが存在しても不思議ではないな。
「あの……プレイ中のところお邪魔して申し訳ないです」
「ち、違うぞ。プレイじゃない。マジなんだ、マジ」
マジでエスパーなスパイにいきなり縛られてしまったんだ!
「はぁ? だって、ありえないでしょ。何で達矢が縛られて、何でこんな綺麗な女の人が裸で銃構えてんのよ」
裸で……銃を……?
「とりあえず目隠しをとってくれ」
裸が見たい。
「達矢くん。撃っていい?」
「ひぃ、ごめんなさい」
心を読まれたらしい。
「実は二人、知り合いで、また私をからかってるんでしょ」
紅野明日香は得意の被害妄想を発揮した。
「そんなわけないでしょ」と那美音。
「そうだ、そんなわけないぞ!」と俺も必死。
「こんなコントみたいなの、ありえないし」
と、次の瞬間、
タァン、と軽い音がした。
「後ろをご覧なさい。木製のドアに、風穴をあけたわ」
「うぇ…………ホンモノ……?」
「何だ? どうした?」
俺が言うと、
「発砲したのよ。質問に答えて」
那美音は言った。
「はい!」
何でも答えます!
「いや、達矢はもう良いから。今は紅野明日香に訊いてるの」
「あ、そうっすか……」
「何? 何が目的……? 私に用? 何の?」
「その前に……」
那美音のその声の直後、
「おわぁ」
俺は、首根っこを掴まれた。
「っ!」
「動くな!」
「くっ……」
「な、何だ、何が起こってるんだ?」
「静かにしていろ」
そして、頭には、まるで銃を押し付けられているかのような感触が……。
割と信じられないけど、何が起こってるのか、一応理解した。
俺は、人質なのだ。
「何という女と関わってしまったんだ……」
嘆きたい。
「紅野明日香はそこに居なさい。逃げたらこの男の命は無いわよ」
そして俺は引きずられていく。
段差があったが、そこも通り過ぎた。
どうやら、風呂の脱衣所に入ったらしい。
その後、那美音の着替え音が響き、
数秒して、ようやく俺は目隠しを外してもらった。
服を着た那美音の姿が視界に現れた。
「達矢くん。状況は、わかるわね?」
「はぁ……命の危険があることは理解してます」
何故こんなことになってしまったんだ。
さっきまでの平和な展開はどこへ。こんな殺伐展開を、誰が望んだと言うのだ。
「さぁね……神様にでも訊いてみたら?」
そうだな。今度、もし機会があれば、神を自称する志夏にでも訊いてみよう。俺は現実から逃避するように、そんなことを思った。
「それじゃ、戻るわよ」
手足を縛られた状態で引きずられて、再び紅野の待つ部屋へと戻った。