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最終章_4-3

 洞窟の外に出た。


 空は今日も快晴。まるで、この町には雨の日なんて無いかのような、四日連続の快晴である。


 そんな空の下を歩きながら、話す。


「なぁ、利奈っち」


「何だい、達矢っち」


「この町って、雨降ったりするのか?」


「降るよ。けっこう。すごいのが」


「すごいの……っていうと?」


「土砂降り」


「へぇ……」


「海で発達した雨雲が、東の風に乗ってこの町に来てね、山にぶつかって、スコールみたいになるのよ」


「そうなのか」


「達矢は、雨って好き?」


「そうだな。嫌いではないぞ」


「そうなんだ」


「甘くて美味しいやつならな」


「それ、違うアメっしょ。ベタすぎるっしょ」


「すまん」


 と、そんな不毛な会話の中で、


「あ、ねぇ、図書館で遊ぼうか」


 不意に、利奈っちがそんなことを言った。


「図書館だぁ? そんなところで何して遊ぶんだよ」


「本読む以外にある?」


「走り回るとか?」


「何て不良な……」


「まぁ、とにかく、図書館は授業をサボるには定番だが、暇を潰すには不適格だと思うぞ。個人的に」


「達矢って、あんまり読書とかしないタイプ?」


「マンガなら読むぞ」


「そっか。達矢もか」


 利奈は言って、天を仰いだ。


「何だ。何か問題でもあるのか? 読書しないことによって」


「あるっしょ。活字離れは、町を揺るがす一大事なのよ。それを、皆、わかってなぁい!」


 なにやら興奮して語り始めたぞ。


「はぁ……活字離れ……」


「あ、『そんなのが町を揺るがす一大事だなんて大袈裟だな、利奈っち』とか思ったっしょ?」


「え? い、いやぁ……」


 そんなの思ってないが。


「いい? 達矢。人は、勉強しなくてはならないの。皆で何かをするために」


 何か急に語り出したぞ……。


「皆で何か……って、何だ?」


「それを知るためにも、勉強というものは必要なのよ」


 何言ってるんだ、この子。


「何をどんな風に勉強すれば良いのか。それすらわからなかったら、勉強なんかできないでしょ? 勉強……いえ、学問とは、『自分で考える』ことを言うの。そもそも、学問をするためには、色々な情報を手に入れなくてはならないでしょ?


そのために、幅広く様々な意見を集めないと、間違った情報に踊らされてしまうわ。『この町』という、狭い世界においてさえ、それは当然で、当り前のように嘘が満ち溢れているこの世界で、損をしないように生きるには、目を開く必要があるのよ。


確実に嘘を嘘と見抜ける瞳を持てば、成功は約束されたも同然! そして、嘘を嘘と見抜く力を持つには、多くの書物に触れて勉強するべきなのよ。そうして知識を蓄えていかないと、いざという時に力を持てない。


いえ、それ以前に、勉強が足りない人は、力を持つ資格が無いとわたしは思うわ。補足するなら、高い地位に居るのに、わかりにくいことしか言えない人も、勉強が足りない人ね。ただし、机に向かった勉強ばかりするのも、『良い』とは言えないと思うわ。


今の時代は、行動もしないと誰もついて来ない時代。ドンパチと合戦してるのに、安全な外から命令してるだけでは、兵士の士気は上がらないでしょ? 座ってるだけのヤツのために動く気になんてなれない。それと同じ……。


つまり、バランスが大事。


でもね、このまま、活字離れが続いていったら、皆、無知で、言葉を知らなくて、何もできない人ばかりになってしまうと思うの。だから、まずは、勉強。最初は勉強。勉強するためには、基礎的な知識が必要。ゆえに、一番大事な幼い時期に基礎的なことを叩き込む必要があるのよ。


世の中において、無知な人ほど可哀想なものはないわ。その上、頭の悪い連中が増えれば、恥知らずな人が増える。恥知らずってのは、たとえば、ただ自分がダメなのを他人とか社会のせいにするヤツのことね。


そして、そんな愚民ばかりの社会の上には、ダメ政府しか生まれないわ。たとえば、自分の悪行のせいで、周囲から距離を置かれてるっていうのに、寂しくなると暴力振るったりしてさ、そういう人が大勢群がってたらどう?


そんな愚民どもを論理とか倫理とかでどうにか治めようとしても無理無理! 無駄無駄! ただ黙って武器を手に取るしかなくなるでしょ。つまりはそういうことなのよ。ルールに従わないでただ暴れるなんて、どうしようもなく愚かで。極端な話、ルールを破る奴は人間じゃないのよ」


 うっわ、なんか耳が痛いんですけど。


 遅刻と無断欠席を繰り返してこの町に来てしまった俺も、ルール破りを繰り返してたわけだからな。


「独立した一人の人間になるためには、決められたルールの中で、勉強する必要があるの。こういうことを言うと、『人間じゃないとは何だ』だとか『勉強しなかっただけで人間じゃないなんて差別だ』とか言い出す人が居るんじゃないかって思うけど……その人達は、勉強が足りない!


おとといきやがれって感じっしょ!


人間社会というものは競争に過ぎないの。上の身分の者が、下の身分に指示するのは、システム上、当り前のこと。生まれてから死ぬまでそうなの。そして多くの民と比較して、勉強してきて、実力があって、他人の気持ちを理解できる人格者で、広く社会を見渡せて、細かい所にも目が届くような尊敬されるべき人が人の上に立つのも当然のこと。


逆に、そうでないと人間社会はうまく回らないはずなのよ。仮に、そうでない状態で世界が平和にうまく回っているように見えているとしたら、それは、ニセモノの平和。常に格差はあると言い切れる。


たまにね、『格差があるなら、それでは平等ではないではないか』なんて言い出す人が居たりするけどね……平等な世界ってのは、『努力して身に付けた実力の分だけメリットが返って来る世界』のことを言うのよ。そんなのもわからないで『平等』なんていい出す輩は全く信用できない」


 それが、利奈っちの意見らしい。


「別にね、トップに立つためだけに勉強しろなんて言うわけじゃないけど、そうでないなら、社会の中で自分が貢献できるスキルを磨くべきだわ。それも、勉強と呼べるものなのよ。


超難しいマニアレベルの漢字をマスターしろなんて言わない、哲学書を書けなんて言わない、宇宙の全ての謎を解けなんて言わない。でも、全て他人の役に立つことを考えて勉強するのが、人間として当然の行いなの。はっきり言うけど、人間はね、自分の為に生きてはいけないの。


社会のために生きるのが人間よ。そうでないなら、ただのホモサピエンスだわ。人は、生まれながらにして平等ではない! それは最早常識(コモンセンス)。『天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず』とか、たまに言われてるけどね、あんなの嘘っぱち。


結局、最後は頭の良い人が、あるいはそういう人達が、君臨するものなの。そうでない人々が治めたら、混迷を極めるのよ。わかった?」


「え、あ……えっと……」


「社会のために勉強してきた人々の中から選ばれた、素晴らしき人格者が社会を回す。そのためのシステムの名前が民主主義。別に『主役が民衆だ』なわけじゃない。あくまで名前をそのように見せてるだけであって、上に立つ人を選ぶ権利があるだけってことなの。要するに専門家だの評論家が語ったことを簡単に信じたら、民主主義は機能なんてしないっしょってことよ」


 えっと、そうなのか……?


 よくわからんが、そうとも言い切れないと思うんだが。


「何が社会にとってプラスで、何がマイナスなのか。そのために誰に投票すれば良いのか、あるいは自分が立候補すべきなのか。全ての人がそこまで考えなくては、民主主義じゃない。つまり、民主主義ってシステムの根幹が、『人々が勉強すること』なのよ。そうでないなら本当に民主主義ってのが名前だけのものになるわ。甘言に騙されちゃダメ。人間社会は嘘まみれ」


 更に利奈っちは、続ける。


 いつまで続くんだこれ。


「でも、嘘が無いと回らない社会になってる……。どうよこれ。でも、だからこそ、より良い方法を探し続けたり、停滞を打開し続けてていくためにも、人は勉強しなけりゃならないのよ。今の社会には、有刺鉄線みたいな、色んなしがらみがあるけれど、それを打開するために、まずやらねばならないことは、勉強なのよ!」


 ビシッと指差してきた。


「はぁ……」


 曖昧に頷くしかない。


 さっぱりワケがわからなかったからであるのは言うまでもない。 


「ね? 活字離れがいかに深刻なことか、わかったでしょ?」


 笑顔で訊いて来た。


 うーむ、どう言うべきか、


「利奈っちのような超わかりにくいことを言いまくる人が居るから人々が活字から離れていくんだと思いました、なんて言っていいものかどうか……」


「え」


 はっ、しまった!


 ついつい口から言葉が漏れてしまった!


「えっと、ごめん。勉強足りなくて……」


「い、いや、すまん、利奈っち……」


 ずーん、と落ち込んでいた。


 何か、利奈っちは、たまに難しいことを言い出すよな。まるで何かに取り憑かれたみたいに。


「つまりね、勉強しない人々ばかりだと、この町は、混乱して破綻しちゃうんじゃないかなって、わたしは危惧してるの」


「なるほど……」


「極端に自己中心的な人ほど、憎むべきものはないわね」


「何か、すいません」


 俺は思わず謝った。


 俺は、どちらかというと自己中心的な人間だと思う。


 そんなに、他人のために生きることなんてできない。


 社会のために生きるなんて、考えもしない。


 だから、遅刻もできるしサボったりもできるんだと思う。


「何で謝るのよ」


「いや、俺は自分勝手だからさ。しかも勉強なんてしないし……」


「それは、まぁ……わたしも、口で偉そうなこと言ってるけど全然だし……」


「そうなのか」


「でも、ほら、わたしも達矢も、まだ子供っしょ? だから、ね、ほら、まだ良いのよ。まだ。モラトリアム、みたいな」


 歯切れ悪く、利奈は言って、


「そ、そうだな」


「あははは」

「はははは……」


 二人、笑っていた。


 しかし、その時、本子さんがこう言った。


「あれ? さっき子供だからこそ勉強しなきゃいけないって、利奈っち、言いませんでしたか?」


 またしても、ずずーんと落ち込んでしまった。


 本子さん、余計なことを……。


「そ、そりゃね……そりゃ、そうなのよ。でも、ほら……うん……ごめん……」


 言い訳できないようだ。


「ま、まぁ、とにかく……勉強をしなければならないんだよな」


「理論上はね……」


「まぁ、つまり……人間社会というものは後世になればなるほど、加速度的に進歩していかないと大損するって感じか?」


「かもね」


 ずいぶん、曖昧な回答だな。


「利奈っちは、自分で言ってることの半分くらいしか理解してないのよね」

 本子ちゃんは、呆れたようにそう言った。


 またまた落ち込んだ。図星らしい。


 かわいそうに、幽霊にいじめられている。


 と、その時だった!


「利奈ぁ!」


 誰かが利奈を呼んだ。女の人の声。


「うげぇ! ママ!」

 どうやら宮島ママが登場したらしい。


「利奈、また学校サボってたんだって?」

 宮島母は、いきなりそんなことを言った。


「え? ぅえ……えっと……それは……」


「それと、この男は何!?」


 宮島母は、俺の眉間を指差した。


「え、えっと……」と利奈。


「彼氏? 利奈にはそんなのまだ早いわ!」


「あ、いや、あの、俺は彼氏じゃ――」


「違うなら、利奈についた悪い虫ね!」


 悪い虫って……。


「え、そんな……」と俺は言って、「あ、あの、俺は、利奈の友達で……」とかって説明しようとしたが、


「いずれにせよ不良でしょう。信用できません」


 聞く耳を持たないらしい。


「あ、あのね、ママ……」


「学校サボって男と会ってるなんて、そんな娘に育てた記憶は無いわ!」


「いつも家にいなかったのに、育てたつもりでいるの……?」


「何を生意気な」


「ていうか、今日は学校休みの日だし……」


「じゃあ家で勉強をする日でしょう」


「そんな勉強ばかりしてたって、バランス――」


「利奈はまだ若いんだから、基礎をしっかり固める時期! 何度言ったらわかるの!」


「うぅ……」


「パパも言うでしょ。基礎は大事だって。建物は、基礎がしっかりしてないと長持ちしないって」


「言うけど……わかるけど……でも……だって……」


「学生の本分は勉強。だからさっさと来なさい」


 言って、宮島母は、利奈っちの手を掴んだ。


「えっ、でも、友達は……」


「放っておきなさい。休みの日に勉強もしてない子と利奈が付き合う必要なんて無いのよ」


「そんな……」


「ほら、来なさい」


 そして引っ張られていく。


「ご、ごめん達矢……」


 振り返りながら、言った。


「いや、何か、頑張れよ」


「う、うん……」


 どんどん遠ざかっていく……。


「ゴーゴー!」

 本子さんが言った。


「いや、あんた……」

 利奈は本子さんに帰したつもりだったが、


「なっ! 親に向かって『あんた』とは何事なの! 古代中国だったら厳罰よ! そんな子に育てた記憶はないわ!」


「いや、ママにじゃなくて、幽霊に言ったんだけど――」


「親に向かって『幽霊』ですって? 信じられない! どんな友達と付き合ってるの」


「そうじゃなくて……」


「口答えはしなくていいわ! とにかく、全ては家に帰ってから!」


「うぅ……」


「修正してあげます!」


「あははは」

 本子さんは笑った。


「何笑ってるのよぅ!」


「誰も笑ってなんていないわよ。怒ってるのに」


「あ、いや、ママじゃないの……」


「今度は『ママじゃない』ですって? 信じられない暴言の数々! どんな子と遊んでるの!」


「いや……あのぅ……」


「悪いものにでも取り憑かれてしまったみたいだわ!」


「確かに取り憑かれてますよね。ふふふ」

 と、また本子さんが言う。


「あんたが言うか」


「何ですって!」と利奈ママ。「わたしに向かって『取り憑かれてる』なんてよく言えるわね!」


「違うの。違うのに……」


「何が違うの!」


「違うの、違うの、違うの!」


「口答えしない!」


「やーだぁー。帰りたくないー」


「うるさい! 来なさい!」


 そして、引っ張られてどんどん遠ざかって行き、やがて声が聴こえない遠くまで行ってしまった。


 うーむ……。


 教育ママ、おそるべし。


 いや、何というか、利奈っちも大変なんだな。


 一人、残された俺は、とりあえず下り坂を歩き出した。





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