最終章_3-11
隠れ家に戻って来て、話す。
まず、最初に俺はこう言った。
「話を整理しよう」
「うん……整理してもらわないと、何が何だかわかんないわ……」
と明日香。
「うむ」
さあ整理しよう。
「まずは、ソラブネってのがあって、怪しいってこと」
「うん……」
頷く利奈っち。
「そして、それに、これ以上近付いてはならない、ということ」
「うん」
「そうなると、本子さんが成仏できない、ということ」
「うん」
本子さんは頷きながら「ですね」と言った。
「つまり、利奈っちは、一生、幽霊に取り憑かれたまま過ごすことになった」
「うん……」ちょっぴり不満そうに頷いた利奈っち。
「結局……私は幽霊見ることできないの?」
と明日香が訊くと、本子さんが、「輝く本に触れさえすれば」と答えた。
「輝く本に触れれば、見るのは可能だそうだ」
明日香には本子さんの声が届かないので、通訳する。
「それは、何処にあるの?」
本子さんは、「さぁ」と言った。
「さぁ……だそうだ」
「見たいなぁ……幽霊……」
「てことは、あの花屋の人の忠告を無視して、輝く本を探したい……って意味か?」
「簡単に言うと、そういうことね」
つくづく、こわいものナシ系女子である。
その場では同意して頷いておいて、裏切る心算だったとはな。
「それはまずいよ……」
利奈は、こわがっているようで、小声でそう言った。
「何を弱気になってるのよ。利奈っちには、この町最強の武装があるんでしょう」
あぁ、そういやそんなことが日記に書いてあったな。
「そ、そりゃ……あるけど……」
「じゃあ何もこわいものは無いじゃないの」
しかし、利奈は少し考え込むような表情を見せた後、素早く小さく頭を振って、
「いやいや。明日香。よく聞いて」
「何よ」
利奈っちと明日香の議論がはじまる。
「わたしが持ってる武器っていうのは、使うためにあるものじゃないのよ」
「は?」
「武器って、抑止力なのよ」
「はぁ……」
「持っているだけで効力を発揮し続け、争いを起さないためのものなの」
「宝の持ち腐れじゃないの」
「でも、できれば使いたくないものなのよ。わかるでしょ?」
「まぁ……おぼろげに……」
「武力があるからって『何しても良い』なんて思ってたら、その人は明らかに狂ってるでしょ?」
「そうね、確かに」
「実際、そういう感じの思考回路を発揮する上井草まつりっていうひどい女が居るし」
「うーん……」
「でも、それでも、何とかこの町が更生施設として機能しているのは、まつりが不良たちを抑えつけてるから」
そういうことらしい。
「抑圧は反発を生むの。わかる? 明日香」
「おぼろげに」
「つまりね……今、この町は、上井草まつりが支配していて、圧政を敷いているの。でも、もしも、仮に、万が一、まつりが誰かに敗北して再起不能になることでもあれば……」
「あれば……?」
「この町は、戦乱になってしまう。暴力が支配する、無秩序な、不良のパラダイスとも呼べるものになってしまう」
「不良のパラダイス……」
実に、おそろしい響きだな。
「それを避けるためには、まつりに代わる武力が必要なのよ」
「それが、利奈っちの持ってる武器ってこと?」
「そういうこと」
不良パラダイスにならないための、保険ってやつか。
「じゃあ、まつりって子が統治してる今のこの町を肯定してるってこと?」
「そりゃまぁ……幼馴染だし」
幼馴染らしい。
でも、それが理由になるってのも、おかしな話だけども。
「暴力的で短気で馬鹿だけど、優しいところあるし……」
そんなまつりが好きらしい。
「でも、誰にも迷惑かからないなら、輝く本を探しても大丈夫よね」
明日香が言ったが、
「いや、迷惑かかるから華江さんはこれ以上興味を持つなって言ってきたんじゃないかな……」
まぁ、そうだろうな。
「そっか。でも、じゃあ他に、幽霊を見る方法は?」
本子さんが明日香の問いに答えて「さぁ……」と言った。
「さぁ……とのことだ」俺が通訳してやった。
「うーん……」
考え込む明日香。
「まぁ、とにかく。晩ごはんにしようよ。おなか減った」
と利奈っちは立ち上がった。
「よし、それでは、このバナナを食べよう」
俺は、近くの台の上に置いてあったバナナを手にとって言った。
「ちょっと、それ、私のバナナ!」
「元はといえば、俺が志夏からもらってきたバナナだぞ!」
「ダメぇ! 全部、私の!」
ええい、この欲張り娘が!
「いいや、俺のでもある!」
俺は、明日香にバナナを半分渡した。
残りの半分を、俺と利奈っちで分けるためである。
そして、俺はバナナを食べた!
「あっ……それ……」
利奈っちの呟き。
明日香も、同じようにバナナを食べた。
すると、
「ぱたりこっ」明日香は寝た。
しまったァ! そうだった! これは、睡眠薬入りのバナナだったぁ!
霞んでいく俺の視界。
眠くなってきた。
おやすみなさいだぜ……。
「グッナイ!」
本子さんの声がした。
「ちょ、ちょっと達矢! 達矢は外で寝る――」
暗転した。