最終章_3-7
笠原みどりは言った。『くれぐれも気を付けて、危なくなったら逃げてね』と。それほど危ない獣のような人間ならば、かなり用心せねばならないだろう。
さて、俺たち三人と幽霊は、体育館前に立った。
「あ、まつりの靴がある」
足元を指差した利奈っち。見ると、足元には上履きがある。
マジックで『上井草』という芸術的に見えるくらいに雑な文字が書かれた上履きが、揃わずに落ちていた。女子にしては大きなサイズだな。
「つまり、この中に、件のまつり様が居るわけだな……」
「そういうことね」
「ゴーゴー」
本子さんの声にこたえ、利奈っちは、体育館の扉を開けた。
そして、目に飛び込んで来た光景は!
「85、86、87、88、89、90、91、92、93、94」
そんな声を上げながら、体育館の中央で、カウントしながら腹筋している体操服女子が居た。
袖をまくって肩を出す格好だ。
「あれが……?」
「うん。あれが、まつり」
「95、96、97、98、99、2000!」
2000だと?
腹筋を2000回もこなしたと言うのか……。
「ふぃー」
まつりは立ち上がり、溜息を一つ吐くと、
「ほっ、ほっ」
ピョンピョンと反復横跳びを開始した。
「アン、ドゥ、トロワ……」
なぜかフランス語で数を数えながら、
「し、ご、ろく、しち、はち……」
途中から日本語に変化しながら。
何だか、あほっぽい。
この町にはつくづく変なヤツしかいないな。
「おーい、まつりー!」
利奈が手を振りながら呼びかけると、
「む?」
顔を上げて、俺たちに気付いたようだ。
そして駆け寄ってきて、急ブレーキで立ち止まる。
「やぁやぁ、利奈。どうした?」
「いや、ちょっと、訊きたいことがあってね」
「そっちの三人は?」
「戸部達矢です」
「紅野明日香です」
「本子ちゃんです」
それぞれに名乗る。
「ふーん……怪しい連中とつるんでる……ってわけじゃなさそうね」
まつりっていうこの子が一番怪しい気がする。
「それで、訊きたいことって?」
まつりが訊いて、
「輝く本と除霊の方法なんだけど……」
利奈が答えた。
「何それ」
マトモな反応をした。そりゃ、そんな謎の二つのキーワードで理解できたら苦労はない。
「代々神社に仕えてた上井草家なら、何か手がかりくらいは掴めると思ったんだけど……」
「知らないわよ。そんなの」
「えー」
利奈っちは不満そうに声を出した。
「だって、あたしのじいちゃんボケ気味で、しかも婿養子である実の父と、実の母が、姉を連れて出て行っちゃったので――ってあたしの口から何言わせんのよ! 殺すわよ」
理不尽に怒り出した。そして、
「利奈! よくも!」
「えぇっ!? わたしィ? なんでっ!」
次の瞬間――
「モイスト! モイスト!」
利奈っちの長い髪を何度も手の平で弾き上げる。
「ふぁあああああ! やめてぇえええ!」
叫ぶ利奈っち。
「モイスト! モイスト!」
利奈っちの周りを何度もぐるぐる回りながら。
「いたたた、あいた、いたたたた!」
痛がっていた。
「モイスト! モイスト! モイスト!」
俺たちは、言葉を失った。
それから数分間……モイストが続いた。