最終章_3-6
すっかり縁遠くなった教室を後にし、廊下に出て、歩きながら話す。
「なぁ、利奈っち」
「何?」
「その、まつり様ってのは、具体的にどんなヤツなんだ?」
「地獄の番犬みたいなヤツよ」
ほほう、ケルベロスか。
「すると、獰猛で、頭が三つあったりするのか?」
「ううん、そんなに頭良くないわよ。獰猛ってのは、あってるけど」
「そうっすか……」
恐ろしいイメージしか湧かない。
「ま、とにかく、会ってみればわかるっしょ」
「あ、それから、神社ってのは?」
「あー……神社……」
「この町にあるのか? あるんなら行ってご挨拶しときたいぜ、この土地の神様に」
「神社なんて無い」
「あれ、でもさっき……話にちょこっと出てきたよな……」
上井草の家は、神社に仕えてたとか何とか……。
「神社は、壊れてしまいました」
「え? 壊れた? 何でだ? あれか、宗教的な紛争か何かがあったのか?」
「そんなものも、ありませんでした」
「じゃあ何でだ?」
「お恥ずかしい話ですが、パパには、神社を破壊するつもりなんて毛頭ございませんでした」
「利奈のパパ……というと、例の肉体美を持つと評判の……?」
「はい、そうです」
そのパパが、神社を壊した……と。
「まさか素手でかっ?」
「ううん。ロケットで」
「ロケット?」
「パパの趣味なの。ロケット」
「すさまじい趣味だな」
「そうなのかな? わたしにとっては普通なんだけど」
「すさまじい町だな」
「そうみたいね。他の町のことは知らないけど。この町を出たことないから」
「何と、そうなのか」
「うん」
「利奈っちのパパさんは、何をしている人なんだ?」
「筋トレばかりしてる」
「……いや、違くて。仕事だ。仕事。何の仕事だ?」
「大工さん」
「へぇ、壊しもするし、建てもするとは、なかなかすごいな」
出入りが激しい感じ、とでも言うのだろうか。何か違うような気もするが。まぁいいか。
「壊し方がロケットって、相当危険だけどね」
言って、利奈は少し物憂げに笑った。そして自嘲するような口調で続ける。
「ママが言うには……パパは、神社を建てるべき立場だったんだけど、幼少期からロケット作りに夢中になってしまって神社の建築方法をお祖父ちゃんから教わらなかったので、神社を建てるのはもう、物理的に不可能になったのだそうです」
「そうなのか。神様は大層お怒りだろうに……」
「でも建たないものは建たないっしょ」
「そうだな……」
利奈は一つ溜息をつくと、普段の利奈っちのトーンに戻って、
「代わりに、学校裏に小さな祠を建てて誤魔化したんだけど、パパは、祟られたらどうしようって時々頭を抱えてるの」
「面白い人だな」
「そう? 普通っしょ」
利奈っちにとってはそうかもしれんが、外から見たら、かなり変で面白い人だぞ。
ロケットで建物を壊された方としてはたまらないが。
「あと下水処理の配管がどーのこーの、とかもしてたり、んー、けっこういろいろしてるかも」
「ところで、利奈っちのパパの話は置いておいて、だ」
「うん? 何?」
「さっき言っていた、まつり様ってのは、何処に居るんだ?」
「うーん……この時間は、廊下を徘徊してるか、体育館か……」
「体育館で、何してんだ?」
「さぁ……」
「んじゃ、とりあえず、体育館にでも行ってみるか」
「そうね」
利奈は頷いた。
明日香は、ずっと静かだった。
「ゴーゴー!」
本子さんはいつも通りだ。
「……ところで、さっきから大人しいな。明日香」
何だかボーっとしてるというか、なんと言うか。
「ん? そう?」
そうだろう。いつもは、もっと喋る子じゃないか。
「何か、嫌なことでもあったのか? 利奈が気に障ること言ったとか?」
「えぇ? うそ? わたしそんなこと言った?」
「いや、違うのよ」
「違うのか」
「だよねぇ。びっくりさせないでよ達矢」
「でも、どうした? ホントに元気ないぞ」
すると、明日香は言った。
「何かね、さっきから……謎のプレッシャーを感じて……」
プレッシャー?
「何よそれ」
「もしかして、あれか。例の、『誰かに見られてる感』か?」
「うん……」
明日香は深刻そうに頷いた。
「何だか、じっとりした目で、私の心の内を見透かそうとするみたいな……」
「すげぇ視線だな。心を見透かそうとするとか」
「私の予想だと……女ね。この視線は。ネチネチしてて、陰気なの。あ、もしかして、私と達矢の仲を妬んでるだれかかもしれないわ」
明日香と俺の仲だぁ?
「えっと、俺とお前の仲ってのはどんなだ」
「つまり私の他にも、達矢を子分にしたい人がいるのかもしれないわ」
子分……だと……。何だそりゃ。
「おいちょっと待て。俺は、いつの間にお前の子分に成り下がったんだ……?」
「あら、闇をこわがるあまり、私を天使だと言って、何でも言う事をきくという誓いを立てたでしょ」
おっと、確かに転校初日の出来事のなかに、そんなことがあったような気がするぞ。
「でも、あれって子分にするとかいう話だったのか?」
「子分にならないなら、手下にするわよ?」
どちらもあまり変わらない気がするんだが気のせいだろうか。
だが、とりあえず、
「はい、すみません、親分!」
俺はそう言った。誓いを立ててしまった以上、守らねばなるまい。
俺は約束や誓いは守りたい男なのだ。信用は何よりも大事。遅刻しまくりのサボりまくりが言うような言葉では無いかもしれんが。
「君たち……アホな会話してないで、さっさと体育館に行きましょうよ」
利奈がそう言って、体育館の方角を指差した。
「ああ、そうだな」
「うん、そうね」
「ゴーゴー!」