最終章_3-3
しばらくすると、次々に料理が出てきた。
俺たちは、大皿に載ったその料理を、下らない話をしながらつつく。
話してる間にも、何度も料理が運ばれてきた。
「そしたらね、その男さ、キッチン用具のあれ、あれあるでしょ?」
アレアレ言ってる紅野明日香に、俺は「アレ? アレって何だ?」と訊く。
「ほら、何て言うの? あの皮をむく道具」
「皮をむく道具って、ピーラーのこと?」
と利奈。
「そう! それ! ピーラー」
「明日香。ピーラーって何でピーラーって呼ばれてるか知ってる?」と利奈っち。
「いや、知らない……」
「むいた皮がピラピラ落ちるからだろ?」と俺。
「へぇ、そうなんだ」
「……んなわけ無いでしょ。英語で皮をむくって意味の単語、ピール。それが語源」
「そ、そうなんだ」
明日香の視線が痛い。
「それで、その男がピーラーを使ってどうしたの?」
利奈が訊ねると、
「そう、そいつね、バナナの皮をピーラーでむこうとしてんのよ。アホよね」
明日香はそう言って、小さく笑った。またバナナの話である。明日香の雑談には、バナナ関連の話が多い。本当、バナナが好きなんだなこいつは。
「そうね、バナナの皮むけない生き物と同等くらいにアホだわ」
頷く利奈。
「しかし……俺は思うんだが、食材の皮をむくためだけに道具を作るなんて、人間ってのは、何て贅沢な生き物なんだろうな」
「そうね……」
明日香が考え込むようにした後、頷く。
「うん。世の中は多様化して複雑化しすぎているわ。もっとシンプルであるべきだと思わない?」
利奈が話を世の中全体というレベルまで展開しおった。
「そうか?」
「そうよ。ある程度多様でもそりゃ良いとは思うけど、最近の多様化は目に余るのよ。シンプルなものほど長持ちするものは無いわ」
「アナログタイプな人間の自分を正当化する言い訳みたいに聞こえるんだが」
「誰がアナログタイプだって?」
「利奈以外に誰が居るだろうか……」
「言っておくけど、わたしの装備は最新よ?」
「装備?」
「うん。装備」
「何のことだ、装備って。戦争でもする気なのか?」
「わたしから戦争する気はないけど……いざという時に武器が無いっていう事態は避けたいでしょ」
「そ、そうっすか……」
よくわからんが、武器を多数所持しているらしい。思ったより危険な子なのかもしれない。
「いい? 現実を見るとね、武器っていうのは必要なのよ」
「まぁ、この町には不良が多いしな」
「そう。本当は。争いなんて、起きない方が良いんだけど……」
「まぁ、そりゃそうよね……」
明日香はフムフムと頷いた。
「でも、人は争い続けてる。悲しいよね」
「そうだな……」
「争いの原因は、宗教とか、思想とか、資源とか、利益とか、いっぱいあるけど……その原因となっているものすら、平和のためにあるはずなのよ」
何を言ってるんだろうか。ちょっと、俺のチープな頭には難しいぞ。
「たとえば、宗教。神様のこと。一神教と多神教で争ったりすることがよくあるけれど、本質的には、二つとも同じなのよ。源流は同じ。全て、平和と秩序を求めて生まれた教え。わたしはそう思うの」
それが、利奈の意見らしい。
謎の演説が始まってしまったので、俺と明日香は黙るしかない。
「だから、聖書もギリシャ神話もコーランも同じ。仏教も神道も儒教もヒンドゥー教もゾロアスター教も科学信仰も自然信仰も、みんな同じ。だから仲良くすべきなのよ」
何だ、この暴力的な平和論理は。
「平和……そう、平和。争いのない世界。全てはそれを目指して生み出されたんじゃないかって思うのよ」
「て、哲学的だな……」
俺は言った。
「ふむ……まぁ、哲学といえば哲学かも」
「なんか、すごいな。哲学なこと言えるってのは」
「でもね、達矢。哲学って概念そのものが誤解されてることが多いの。全ての学問は真理の探求のためにあるのは疑いようのないことなんだけど……哲学というものは、それら全てを包括してしまえるほどに人の根本なのよ」
全くわけわからんが、利奈の中ではそういうことらしい。
「人はすぐに対立するけれど、二つの意見が衝突した時、どちらの意見が優れてるのかって考えるけどね、そういう場合は、たいてい、どっちの意見も優れてないのよ。本当に優れた意見なら衝突するまでもなく選ばれるもの。
でも、感嘆に値する優れた意見なんてそうそう簡単に出たら人は苦労しない。同等くらいの意見をぶつけ合って公表した時、そこに議論が生まれて多人数の目が入り骨組みに補足という名の肉付けしていって、優れた意見であるというお墨付きも得る。
問題点を指摘し合って、どんどん意見としてのランクが上がっていく。あえてぶつけることで意見は変質していって答えの出ないような問題は完成することはないのよ。それでも考え続けることこそが平和に繋がると思って、それで人は哲学するんじゃないかな」
何か、利奈っちの話、難し過ぎる。
「…………」「…………」「…………」
しばらく、無言空間が続いた後、明日香が料理の一つを口に運んで、
「あ、これ、おいし」
とか言った。
「そりゃね。フカヒレだもんね」
「てか、フカヒレって何だっけ?」
「え? 明日香、フカヒレの正体を知らないの……?」
「何よ。そんなにヤバいものなの? たしかに中華って、変な食材いっぱいなイメージあるけど」
「フカフカのファイヤーのことか?」
ボケてみた。
「何言ってんの。サメのヒレよ」
「利奈っち正解」と、突然、店員さんが会話に入ってきた。
「なっ」
「ふふん。二人よりも私の方が頭良いようね」
「くっ、負けたぜ……」
「ていうか、ファイヤーってどっから出てきたのよ」
おっと、利奈っちから質問が出たので俺は言い訳のように説明する。
「ほら、Fireって書くだろ。ローマ字読みで『フィレ』じゃん」
「ていうか、フカフカのファイヤーってどんなのよ」
「あったかそうですねぇー」
とユルい調子の声が頭上からきこえてきた。本子さんがフワフワしながら言ったようだ。
「だがおそらく、あったかそうに見せて、実は超熱いぞ。獰猛なんだ。炎ってやつは」
「そうですね。炎はこわいです」
本子さんはフムフムと頷いた。
「でも、強い炎が無いと、美味しい料理はできないですよ」
店員さんは言い残して、厨房のほうへ戻っていった。
うむ、そうだな。
中華料理は火力がイノチだ。
「仲、良いのか? 店員さんと」
俺は烏龍茶が少し残っているグラスをいじくりながら、利奈っちに向けて訊いた。
「同じクラスなのよ」
「そうなのか」
「トランシーバーで連絡を取り合う仲よ」
「ほう」
そういや、昨日、トランシーバーで出前とってたが……。
ってことは、その相手は、やっぱりあの店員さんだったということか。
――ってちょっと待て。今、授業中じゃなかったか?
あの店員さんも学生であろうに、堂々とサボりかよ。あの学校は、本当に不良ばかりなんだな。
「それにしても、ここの料理、美味しいわね」と明日香。
「でしょ! わたしの自慢のお店なの!」
「そうだな。頼みすぎかと思ったけど、美味いから全部食えたもんな」
テーブルに、俺たちが平らげた皿が、積み上げられている。
「あー、満腹で満足! 最高!」明日香は幸せそうだった。
「さて、と」
利奈は言いながら、テーブルの隅にいつの間にか丸め置かれていた伝票を広げた。
「…………っ」
そして真っ青になって言葉を失い、口をあんぐりと開けて固まった。
何となく、この状況で、そんな変顔を見せ付けるのは、値段が予想外だったってこと以外に考えられないのだが、とりあえず俺は訊いてみる。
「一応、訊ねるが…………いくらだ?」
「8,330円」
答えた利奈っち。
「何……だと……」
「あらまぁ……」
三人で……八千円超!
これ、朝食だよな。
なのに、何でこんな値段になった!
何が問題だったんだ!
いや、紅野明日香が食いすぎというか頼みすぎなのはわかってる。
わかってるが、この世界は、不思議すぎる……。
そして、更に、悪いことは重なるもので、
「大変なことが起きたわ。達矢」
利奈が、とんでもないことを言い出した。
「どうした?」
「ここだけの話なんだけど」
「ここだけの話……何だ?」
まさか……。
「財布を、忘れたの」
まるでこの店の店員ちゃんのような無表情で言い放った。
「…………」「…………」「…………」
三人、黙り込む。
「えっと……ちなみに言うけど、私も、おサイフ持ってきてないよ?」
と明日香。
「…………」「…………」「…………」
俺は自分の財布の中身を確認する。
「どう?」
「言いにくいんだが…………足りないぞ、圧倒的に」
財布には、千円札一枚と、僅かな小銭しか残されていなかった。
「うっそ」
「役立たずね……」
女子二人の俺を責めるような視線。
「そりゃねぇだろ……」
ていうか、お前らも似たり寄ったりだろ。
「で、どうするんだ? この状況で」
すると利奈っちは、
「どうもこうも……逃げるしかないっしょ」
不良なことを言い出した。
「おいコラ。何で俺が食い逃げしなけりゃならんのだ」
「てか犯罪だよ、それ。ダメだよ」
明日香は不良にあるまじき優等生発言。
「バレなきゃ大丈夫だって」と利奈。
「バレるだろ。あのバイトの店員さんと利奈っちは知り合いなんだろ」
「そうだけど」
と、その時!
「筒抜けですけど」
「げぇ、店員さん!」
いつの間に接近したんだ! 全く気配を感じなかったぞ!
「今よ、明日香! 逃げるわよ!」
「あっ、利奈、待って!」
ガタタン!
二人、椅子を蹴飛ばして走り出した。
中華店員ちゃんは、「あっ」と声を漏らす。
そして次の瞬間!
「!」「!」
二人とも捕らえられていた。
「……ぅう……」
「うきゅー……」
茶色いロープで動きを奪われている。
一瞬で二人を捕らえるとは!
「…………」
この無愛想な中華娘はバケモノか! 戦闘力いくつだ!
「本子ちゃん! 食ったわね! わたしの幸運!」
「なに言ってんですか利奈っち。食べてないですよー」
本子ちゃんはフワフワしながら言った。
「利奈……何で財布忘れたりするのよ」
「ドジっ娘ちゃんだからだろ……」
明日香と俺が言った時、
「ごめんなさい。許してください」
利奈は店員さんに謝ってた。
「お金が無いなら、体で払ってもらう」
店員さんの、無慈悲な発言!
「うぇ? まさか……そういう……」
「体で、どう払うの……?」
女が体で払うと言ったら……その、ああいうことだと相場が決まってるよな……。言うなれば……貞操の危機!
「ま、待ってくれ。それだけは、カンベンしてやってくれよ。二人ともまだ女の子で……」
「そんなこと、関係ないです」
「か、関係ないって……おい、そんな……」
ヒドイ。借金のカタに売り飛ばされるのは、忍びない。忍びないぞ!
というか、俺の身も、現在進行形でヤバイんじゃないのか!
男の場合は、殺されてしまったり、一生強制労働させられたりするかもしれん。あるいは、臓物を……。そんなグロいことになってたまるか。それだけは、それだけは避けたい。
「頼む。許してくれ」
俺は言った。
「じゃあ皿洗い。お願い」
「へ?」
一瞬、何を言われたのか、わからなかった。
「体で払うって、そういうこと」
「え、なん――。そ、それだけで、良いのか?」
「じゃあ、出前と掃除もお願い」
「体を売らなくても、良いんだな!」
すると女子店員は無表情ながらも呆れの色を帯びた声で、
「当り前。何を言ってる?」
「いや、えっと……その……」
「変な想像でもしてたんじゃないの?」
利奈っちの指摘、大正解だった。
「それじゃあ、私は出前係をやるから、利奈は掃除。達矢は皿洗いね!」
こいつ……いきなり采配を振るい出したぞ……。
「助かります」
店員さんはまた愛想なく、言った。
「いや、助かるっていうか、悪いのは俺たちだろうが……」
「そういえば、そうでした」
と店員さん。この子も、実は天然っぽいな……。
「さぁ、それじゃあ頑張って働くわよ!」
今回の号令係は明日香だった。
「「おー!」」
明日香の号令に、俺と利奈は応えた。
本子さんは、またしても「ゴーゴー!」とか言って楽しそうだった。