最終章_2-11
洞窟の隠れ家に戻ると、紅野明日香はまだスヤスヤ寝ていた。
おそらく、明日の朝までぐっすりコースだろう。
恐るべし、睡眠薬入りバナナ……。
「はいこれ、着替えね。ちょっとサイズ大きめだけど我慢して」
利奈が、変な絵がプリントされたTシャツを手渡してきた。
男ものだった。
「もしや、これ、あれか。利奈の彼氏のとかか? あるいは昔の彼氏とか」
「違うわよ。そんなの居たことないし」
居たことないらしい。
「それは、パパの服」
「なるほど……」
なんだパパか。
「この間、雑巾にしようと思って箪笥からもらってきたやつ。他にもいっぱい雑巾用のダサイの用意してあるから」
言いながら、いくつかの変な絵がプリントされたシャツを見せてきた。
「ん? 箪笥に入ってたってことは、パパさんは、まだ着る気だったんじゃないか……?」
「でも、超ダサイから」
「ほほう、その超ダサイのを、俺に着せようというのかね」
「それしかないの。何も着ないよりは良いでしょ」
たしかに。
「あと、下着は、出るまでに用意しとくから」
「用意……?」
「さ、とにかく、さっさとお風呂お風呂」
俺は利奈に背中を押されて、ピンク色の壁紙が可愛い脱衣所に入った。
「タオル、そこにあるの使って。あと、石鹸とか全部自由に使って良いから」
「え、ああ……」
「ごゆっくり!」
「お……おう……」
バタン、と扉は閉じられた。
さあ、いざ服を脱ぎ、風呂へ。
ガララッ。
半透明な引き戸を開けた。
お風呂場は、圧迫感があった。
雰囲気は、石造りの露天風呂のようだが、ここは露天ではない。
それどころか地下だ。
換気システムもバッチリではあるが、壁から尖った石がゴツゴツ飛び出していて、それが恐怖心を煽るのが難点……。
いや、それにしても……何というか……素敵な洞窟風呂だな……。
体を洗い、湯船に浸かる。頭にタオルを載せながら。
きもちいい。
「っっっあぁ~」
思わず声が出るほどに。
思えば、久しぶりだな、風呂。温かさが体中に染み渡るようだぜ。
「…………」
この風呂も、部屋も、トイレも、ここに至る階段も、全部利奈が造ったのだろうか。だとしたら、すごいな。
というか、とても無理だろ、それ。
きっと、元々あった洞窟に誰かが住み着いて、長い時間でそれが最適化されていって、それを利奈が受け継いだ……といったところだろう。
ここは洞窟のけっこう深いところだと思うが、この場所よりも更に深い所がある。実は階段は更に下まで続いているのだ。最深部に何があるのか興味はあるが、さすがに一人で更なる闇にまで進んでいく勇気は無い。
「あーあーあああああーあ♪ るーるー、るるるるるー♪」
北の大地をイメージできそうなメロディを歌ってみた。
よく響く。楽しい。
「ふふふふー♪ ふんふふふふふふーん♪ とぅるるひゅひゅーんひゅふんふーんるるー♪」
と、その時だった!
ガラッ!
「うるさいっ!」
扉が開いた!
「ひぃ! ノゾキ!」
「お風呂くらい黙って入りなさい!」
「はい……すみません……」
おこられた……。
「下着、カゴに置いておくからね」
「はい……」
「じゃ、ごゆっくり」
言って、利奈は扉をピシャリと閉じた。
ていうか……入浴を、のぞかれた……もう、お婿に行けない……。