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最終章_2-9

 再び学校に来た。


 夜の校舎を歩く。夜の校舎というのは得てして不気味であって、この学校の校舎も、その例に洩れず、何だか本当に幽霊でも出そうな不気味さがあった。


「で? どういう奴なんだ? これから会おうという子は」


 俺は利奈に訊いた。


「んとね……筋肉が脳で出来ているくらいのマッドサイエンティスト」


「どんなだ……」


「でも、運動もすごくできる。足速いし」


 よくわからんが、そういう子らしい。


 想像してみたところ、すごい気持ち悪い生物になってしまったが。


 まぁ、会ってみればわかるだろう。


「で、どこに居るんだ。その幽霊っぽい子というのは」


「理科室」


「ほう、じゃあコッチだな」


 俺は理科室の方に向かって歩き出した。


「……前も思ったんだけど……達矢ってこの町に来たばかりだよね」


「ああ、そうだぞ。ルーキーだ。ピチピチの」


「それにしては学校で全然迷わなくて、何だろ、不思議」


「言われてみると、確かにそうだな」


 でも、何となく、知っているような気がするんだ。


 何度もこの学校に来たことがあるような、そんな気がする。


 何でだろうな。





 さて、理科室に着いたぞ。


 かすかな光が、内部から漏れている。


 この中の風景を知っている気がした。


 利奈は一歩、前へ出て、緊張した面持ちで扉をノックした。


「ん?」


 室内から小さな声。


 そして中からかすかな足音がしたかと思ったら、戸が少しだけ開いた。


「……だれ?」


 僅かに戸を開けた子が、小声で訊いてきた。


 顔も体も半分しか見えないけれど、幽霊って感じではないな。


 制服を着た子で、真っ白な肌をして、短めの髪に、広いおでこ。背は小さく細身の体で、すばらしい鎖骨をしている。繰り返すが、幽霊ではないように見える。そりゃ確かに肌は少し白すぎる気もするが……。


「マナカ。わたしのこと、わかる?」

 利奈が訊いたところ、


「マリナ、かな」

 その子はそう言った。無表情で。


「そう! 久しぶりね」


 そこで、戸が全開になり、ようやくその子の全身も、部屋の中も見ることができた。


「こっちは?」


 俺を指差してきた。


「俺は戸部達矢だ」

 名乗った。


「わたしは、紗夜子」

 平たい胸に左手を当てて名乗り返してきた。


 紗夜子……か。可愛い名前だ。


「トベタツヤって……どっかで、聞いたことあるね」


「ああ。昨日、呼び出しくらったからな」


「ああ、転校初日に呼び出しされた不良だね」


「まぁな。プチ不良だ」


「そんな、マナカが初対面の男と喋ってる!」


 利奈が何やら衝撃を受けていた……。


 何なんだ一体。


「あ、マリナも、たっちーも、中に入って」


 たっちーってのは、俺のことだろうか。


 ともかく言われた通り、理科室に足を踏み入れる。


 俺たちが入ると、理科室の明かりがパッと灯った。


 ――って……ここは、本当に理科室だろうか。


 目の前には、謎の光景が広がっていた。


 床には緑のカーペット。窓には赤のカーテン。白いクロスが掛けられたテーブルがいくつも並んでいた。あるテーブルにはノートパソコンが置いてある。またあるテーブルには漫画が数冊散乱していた。またまたあるテーブルには洋服が散乱。そして保健室にあるようなベッドが置かれていた。しかも天蓋つき。オシャレな生活感のある部屋。


 一言で言えば、理科室にあるまじき光景だった。


「これは、ひどいわね……」利奈が言った。


「ああ、理科室としては最悪の部屋だな……」


「素敵でしょ? わたしの自慢の部屋」

 誇らしげだった。


「そうっすか……」


「何か相変わらずね、マナカ」


「ありがと」


「褒めてないわよ」


「あ、そうだ。マリナもたっちーも、ゴハン食べた?」


「いや」


「まだだけど」


「食べてく?」


「そうだな。ごちそうになるか」


「ちょっと達矢。ここに何しに来たの。ゴハン食べてる場合じゃないでしょ」


「だが、腹減った」


「カッペリーニ食べる?」

 ほほう、カッペリーニというと、あれだよな。細っこいパスタだよな。


「食べます」


「ちょっと達矢っ」


 責めるような声。


「いいじゃねぇか。人は、食事を共にすることで打ち解けていくものなのさ」


「でも……」


「いいか、利奈っち。食事というものは、人類が生み出した素晴らしいコミュニケーションツールなのだよ。わかるか?」


「知ってるけどさ……」


「なぁ、そうだろ。紗夜子!」


「そうなの?」


 ピンときていないかった。


「とにかく、用件を済ませてさっさと帰りましょうよ」


「「えー」」

 俺と紗夜子は、声を揃えて不満を訴えた。


「初対面で意気投合するなぁ!」


 利奈がツッコミを入れたその時、本子さんまでもが横から入ってきた。


「初対面で意気投合してはいけないですか? それは初対面に対する差別ですよ。撤回してください」


「初対面に対する差別って何よぅ! わけわかんないこと言わないでぇ! ていうか、何で本子ちゃんが会話に入ってくるのよぅ」


 利奈がそう言うと、紗夜子は「?」と首をかしげた。


「で、だ。本題に入ろう」


「うん」と紗夜子。


「では利奈っち。説明してやってくれ」


「わたしぃ?」


「幽霊に取り憑かれてるのは利奈っちだろ。ならば利奈っちが説明すべきだ!」


「な、なるほど」


「とりつかれる……?」

 また首を傾げた。細い首をカクンと曲げて、白い顔はキョトンとしていた。


 そして利奈は語り出す。


「簡単に言うと、幽霊に取り憑かれた時の対処法を教えて欲しいんだけど」


「どして、それをわたしに?」


「サハラが、幽霊っぽい子に訊けばわかるんじゃないかって提案してきたから」


「それ、どういう意味? まるでわたしが幽霊っぽい子だって言ってるみたい」


 みたいっていうか、思いっきりその通りだぜ。


「とにかく、対幽霊対策を教えて欲しいの」


「日頃から良い行いをする」と紗夜子。


「まるで、わたしが日頃から悪行に励んでるみたいな言い様ね」


「でも、情報によると、学校、来てないんでしょ?」


「わたしは生徒会長さんから任命された図書委員だもの! 学校の代わりに図書館に通ってるの」


「サボりじゃん」

 ビシッと指をさしていた。


「あんたに言われたくないのよ、この理科室登校の不良!」


「ちがうよ。登校じゃなくて、住んでるの」


「なお悪いじゃないの!」


「どっちもどっちだと思いますぅ」と本子さん。


「本子ちゃんは黙ってて!」


「……大丈夫? マリナ」


「う、うわっ、憐れむような目をマナカに向けられるのだけは気に入らないんだけど!」


「あ……あー……ケンカをするな……」

 と、俺が何とか仲裁を試みるが、


「ケンカじゃないよ。マリナからの、いちゃもんだよ」


「マぁナぁカぁ……!」


 怒っていた。


「こらこら利奈っち。最初の目的を忘れるなよ」


「うっさい、達矢は黙ってて」


「それで、たっちー。除霊について訊きたいんだっけ?」


「お、おう……」

 今度は利奈を無視する紗夜子であった。


「…………」

 利奈っちが、おこってる。目が怒りの色を帯びている。


 どうしたらいいんだろうか。


「ちょっと待ってね……」

 紗夜子は少し歩き、ノートパソコンの前に座ると、キーボードを何度か叩いて、マウスを何度かクリック。その後、手招きしてきた。


 何とか自分で怒りを処理してくれた利奈とフワフワ笑ってる本子さんと共に紗夜子の背後に立ち、画面を覗き込む。


「何よこれ」


 画面に映し出されていたのは、怪しげなウェブページだった。黒い背景にユラユラした文字。何となくオカルティックで怪しげな雰囲気に満ち満ちている。


「いかにもって感じだな……」


「ここに、手がかりがあるとでも言うの?」


「えっと……たしか……」


 言いながら紗夜子はマウスをカチカチっと押した。


 画面が変わって、映し出されたのは、二つの画像。片方は本で、もう片方は花瓶。それぞれの画像の下には、簡単な説明が書かれていた。


「これ」


 左側にある本のようなものの絵を指差した。


「どれどれ……えっと……『幽霊を封印することのできる伝説の本』か」


「で、これがどうした?」


「これが、あれば、除霊できるでしょ」


「持ってるの?」


 利奈が訊いたが、


「無いよ」


 無いのかい。


「じゃあどうするのよ」


「知らない」


 知らないんかい!


「どうにもできないじゃないの」


「じゃあ、この花瓶はどう?」


 紗夜子は言って、今度は右側の絵を指差した。花瓶の絵。


「『伝説の邪神すら封印する事のできる伝説の花瓶』ですって?」


「限りなく胡散臭いな、オイ……」


「これは、持ってるの? マナカ」


「あったらいいよね」


「無いんかい」


「無いよ」


「じゃあどうするの?」


「知らない」


「どうにもできないじゃないの」


「無いものは無いもん」


「だいたい、このアイテムは実在するわけ?」


「知らない」


「何で知らないの!」


「伝説だから、知られてるわけがないじゃん。伝説ってそういうものでしょ」


「じゃあ、何の手がかりにもならないじゃないの」


「除霊って、そんなに甘くないよ」


「知った風なこと言ってんじゃないわよ」


「わたし、マリナのそういうところ嫌い」


「なっ……」


「わからないって言ってるのに、『何でわからないの』って言うの、昔から変わらない大嫌いなところ」


「わたしだって、マナカみたいにいい加減なのに何でもできるところが気に入らない!」


「達矢さん。今の利奈っちの発言……。ああいうの嫉妬ってやつですよね」

 と、本子さんが小声で話しかけてきた。


「そうだな」

 頷く。その通りだと思うから。


「と、とにかく! マナカなんて、全く役に立たなかったわね! 帰りましょう」


「ふぇ? もう帰っちゃうの?」

 残念だ、とでも言いたげに、紗夜子は言った。


「そうだそうだ。ここは妙に居心地が良いぞ。むしろここに泊まって行きたいくらいだ」


「あ、良いよ。泊まってく?」


 紗夜子からの許可が出た。思わず俺の顔がほころんだ。


「ダメに決まってるでしょ」


 利奈っちにダメと言われた。しゅんとせざるをえない。


「だって、ここの床は、地面と違って冷たくないんだろ……」

 もう野宿は嫌なのだ。


 色々と寒いのだ。精神的にも、肉体的にも。特に精神的によくない。寂しすぎて涙が出そうになる。なかなかキャンプ気分にはなれない。


「でも、マナカが危険!」


「大丈夫だよー。ね、たっちー?」


「ああ、大丈夫だ。紗夜子。俺は、紳士だからな」


「許しません!」


「「えー」」

 二人、声を揃える。


「意気投合してんじゃないわよ」


「えー」

 と本子さん。


「本子ちゃんまで何なの!」


「その時、宮島利奈は孤立していた」

 俺はナレーションした。


「むかつくナレーションすんな!」


「うふふ」

 紗夜子は笑った。


「むかつく笑いするなぁ!」


「えへへ、役に立てなくてごめんね、マリナ」


「ホントにね! ほら、帰るわよ。達矢」

 利奈は俺の腕を掴み、グイッと引っ張る。


「おいおい、利奈っち。その態度はヒドイんじゃないか。成果は出なかったが、利奈っちのために時間を割いてくれたんだぞ」


「そうですね。お礼の一つでも言うべきですよねー」

 本子さんもそう言った。なかなか良い幽霊じゃないか。


「はいはい、ありがとね。それじゃあね」

 適当なお礼をする利奈っち。


「また来てねー」

 あくまで友好的な紗夜子。


「今度泊めてくれよー」

 俺が利奈に引きずられ、手を振りながら言うと、


「いいよー」

 言いながら、小さな手を振り返してきた。ちょっと表情が少ないけども、可愛い。


「ダメだってば」

 俺は、利奈っちに引きずられ理科室を出た。


「ありがとうなー」


「ばいばーい」


 笑顔で手を振る紗夜子の姿は、利奈がピシャっと閉めた扉によって遮られた。




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