最終章_2-5
というわけで、利奈と本子さんと共に、生徒会室に来てみた。
コンコンとドアをノックしてみる。
今は授業中であるので、志夏はいないと思いきや、
「どうぞー」
居た。
授業はどうしたんだ。生徒会長だから授業を免除されてたりするのだろうか。とんでもない学校だな。あるいは成績がメチャクチャ良くて授業免除とか。
「達矢くんと宮島さんが一緒に居るということは……紅野さんの住む場所は何とかなったのね」
部屋に入るなり、志夏は言った。
「まぁ、そうですね」
代わりに俺の寝る場所がどうにもならなくなったけどな。
「ところで志夏。今は授業中のはずだろう。こんな所に居るとは不良か?」
「不良はあなたでしょ。転校してきて、いきなりエスケープ。二日目もサボり!」
ビシっと指を差してきた。
「まぁそうだが……生徒会長すら授業をサボるとはとんでもない学校だな」
「サボりじゃないわよ。今日の授業は終日自習だもの」
「なるほど……」
それならサボりではないか。
「それに、二人がこの場所に来ることは、わかってたし」
「すごいな。超能力者か?」
「神だから」
また神を自称してきた。
そこで俺は、利奈に話しかける。
「な? 神を自称してるだろ?」
「う、うん」
頷いた。
「それじゃあ……わたしのコレ、見えるの?」
利奈は宙にフワフワ浮かぶ本子さんを指差して言ったが、
「……何がぁ?」
見えていないようだった。
「おい、志夏。お前、神さまなんだろ。何故幽霊が見えない!」
「幽霊? 何も居ないように見えるけどね……」
「……ダメじゃん」
おっと利奈っち。そんな、俺に責めるような目を向けないでくれ。
「前にも言ったでしょ。神だって万能の力を持っているわけじゃない。全知全能と言われたって、力の及ばないエリアはある。そういうことよ」
「ねぇ達矢。会長さん、何を言ってるの?」
「いや、俺に訊かれてもな」
「それで、神たる私に、何か用事?」
「だから、この幽霊をどうにかしてもらおうと思ったんですけど……」
利奈が言ったが、
「無理ね。その可愛い幽霊は、どうにもならないわ」
志夏が返した。そこで俺は、
「お前、万能どころか実は何もできないんじゃないか」
「まぁ、言うようになったわね」
志夏は不機嫌そうに言った。
「しかし、そうなると、もう誰も心当たりが無いぞ。そもそも俺は、この町に知り合いなんて居ないに等しいからな……」
「ごめんなさいね。役に立てなくて」
「いえ、気にしないでください」
と利奈が図書委員の腕章がついた腕を顔の前で振る。
「幽霊のことは、詳しくなくて」
詳しかったところで、除霊できるくらいのスキルがなくてはどうしようもないけどな。
「じゃあ……サハラにでも訊いてみようかな」
利奈は思いついた顔で言った。
「笠原さんに?」
カサハラだから、頭の「か」を抜いてサハラと呼んでいるようだ。
「あぁ……何度も話題に上ってる笠原みどりちゃんか……」
俺が多少不安に思いつつそう呟いたところ、その心を読んだかのように、生徒会長は柔和に笑いながら、
「そんなに警戒するような子でもないわよ。ちょっと他人の秘密をペラペラ喋るクセがあるけど」
それ警戒すべきじゃん。
「それでもこの町の数少ない人格者の一人で、『困ったら、笠原みどりちゃんを頼りなさい』という格言みたいのもあるほどなんだから」
「そんな誇って言われてもな……」
町を代表する人格者なのに、他人の秘密をペラペラしゃべるって、この町のモラルはどれだけレベル低いんだろうか。
「ま、しかし、俺にはもう思い当たる人物が居ないからな。そのみどりちゃんに会いに行くか」
「ええ。そうね」
「ゴーゴー!」
また、本子ちゃんが言った。
そうして、みどりに会いに行こうと思ったのだが、
「待って」
志夏に呼び止められた。
「何だよ志夏」
「どうしたの? 会長さん」
「笠原さんに会いたいなら、呼び出してあげる。ちょっと放送室に行って来るから、この部屋で待ってて」
志夏はそう言って、颯爽と駆け出て行った。直後、
『三年二組の、笠原みどりさん。至急、生徒会室まで来てください!』
志夏の声の校内放送が響き渡った。
そして彼女は、息も切らさずに走って戻って来る。
「今、呼び出したから、すぐ来るわよ」
「あ、ああ……そうみたいだな」
で、待つことほんの数秒。
ガラッという音を立て、生徒会室の扉が開かれた。
「ちょっと級長。校内放送で呼び出しとかやめてよね。何かやらかしたと思われるじゃん!」
笠原みどりが現れた。
「ってあれ、マリナ……?」
マリナ。マリナってのは、何だろうか。そう考えた末に、ピンとくる。ああ、ミヤジマリナ……だからマリナか。そこで切るかってところで切ってくる。
「や、サハラ」
「笠原さんに用があるそうよ。この二人は」
「二人……?」
言いながら、みどりは不思議そうに俺の方を見た。
まぁ、そうだろう。俺と彼女は初対面だからな。
「ども、戸部達矢です」
自己紹介した。
「はぁ……笠原みどりです」
「可愛い名前ですね」
名前を褒めてみた。
「はぁ、どうも……」
「ちょっと達矢。なにナンパしてんのよ」
「いや、ナンパではなくだな……初対面の人間と円滑な人間関係を築くために、褒めたいものは褒めるという哲学が……」
「ナンパ哲学どうでもいいから」
「ちがうっての!」
「どうだか……」
何なんだ。利奈は、そんなに俺をナンパ師に仕立て上げたいのか!
「それで……マリナ。何の用なの?」
みどりは、利奈の方を向いて訊いた。
「あぁ。うん。心霊現象とかに詳しい人を探してるんだけど、心当たり、無い?」
利奈はみどりに訊ねた。
「……心霊現象……」
みどりは呟き、後、
「幽霊っぽい子なら心当たりあるけど、それでも良い?」
「え、そんな子いたっけ?」
「ほら、マリナもよく知ってるじゃん」
「え? 誰……」
「ほら、あいつよ、あいつ。あのバカ」
「……あぁ! あのバカか!」
あのバカという言葉で通じるらしい。
「あの子なら確かに……何か知っていてもおかしくはないけども……」
「でしょ? あ、でも……マリナは苦手なんだっけ? あいつ」
「いや、わたしは別に平気っしょ。苦手なのは、まつりっしょ」
「そっか。確かに。それはそうと、今あいつ、生活習慣が昼夜逆転してるから、夜になってから会いに行った方が良いわよ」
「そうだね。あ、サハラも一緒に、行かない?」
「あたしは……遠慮しておく。あいつ、そんな大人数で行くと、つらい思いするんじゃないかな」
「あぁ、そっか……」
何やら繊細な子らしい。
そうして、みどりと利奈の会話が続いているところに、志夏が横から入ってきて言う。
「浜中さんのことね」
「うん」
頷いたのは、みどり。
浜中さんという子らしい。
「それじゃあ達矢……また夜に来る事にしよっか」
利奈が俺の目を見て言った。
「来るって……学校にか?」
「うん。その子、学校に住んでるから」
「ほう……住めるところなのか。学校は」
だとしたら、泊まる所の無い俺も学校に住みたい。しかし、その思いを口にする前に、
「でも、達矢くんはダメよ」
志夏に先手を打たれた。
「え、何故に?」
「不良だから」
「そ、そんな不良ではないぞ!」
「初日から学校をサボり、二日目も無断欠席の人が不良でなくて何なの?」
「うぐぐ……」
「それに、達矢くんには紅野さんを守るという役目があるの。それを怠ろうなんて、許されることではないわ!」
「しかし……もう野宿は嫌なのだ……」
「あ、それじゃあ、あたしの家、部屋が余ってるから……」
おお……笠原みどりちゃん。何という優しい子。
「ダメよ笠原さん。甘やかしちゃ。この不良はね、すぐに女性を襲う最低の男なの。その証拠に、優しい宮島さんの家ですら野宿でしょ?」
伊勢崎志夏……ひどい子だよ、この子は。
「そうなの? 利奈」
「そうじゃないよな、利奈」
「会長さんが言うなら、会長さんの言う通りなんじゃないかな」
「うぇーい! ひどい子たち!」
「そっか……じゃあ野宿でもしょうがないね……」
「何だ、この四面楚歌っぷりは……」
「三面楚歌ね。四人目がいないわ」
その時、思いついた顔で、本子さんは言った。
「……あっ、達矢さんは野宿が相応しいです」
四面楚歌になった……。
「まぁとにかく……また夜に来ようか」
「あ、ああ……」
落胆しながら返事をすると、志夏が俺を見据えながら、
「もう帰るの?」
「ああ」
「なら、これを持って行くと良いわ。紅野さんが駄々をこねたら、これを渡してあげて」
黄色いものを手渡してきた。
「コレは?」
「見ればわかるでしょ? バナナよ」
確かに、バナナだが……。
「……本当にこんなものであの明日香が大人しくなるだろうか……」
確かに紅野明日香はバナナが好きだと言っていたし、とても嬉しそうに頬張っていたが……。
「ま、とにかく、紅野さんは、あまり独りで居るのは好きじゃないタイプの人みたいで、フラフラっと外に出てしまいかねないから、気をつけてね」
「あぁ、それは何となく、そんな気もするな」
「ん? ねぇマリナ。紅野さんって……誰?」
「悪魔みたいな女よ」
「そうだな。あんなヒドイ女は見たことがない」
「まつりちゃんよりも、すごいの?」
「あぁ、ああいう系統じゃなくてね、もっと精神攻撃系」
「ふーん、なるほど」
頷いていた。
と、その時――
志夏の方から機械から発せられるような声が響いた。
『紅野さんって……誰?』みどりの声。
『悪魔みたいな女よ』利奈の声。
『そうだな。あんなヒドイ女は見たことがない』俺の声。
『まつりちゃんよりも、すごいの?』みどりの声。
驚いて志夏の方を見る俺たち三人……。
「録音してみた」
そう言った志夏の手には、ペンの形をしたボイスレコーダーがあった……。
「おい……何故録音した」
「何かに使えるかと思って」
「何に使うんだ……?」
そんなもの、他人を脅す材料くらいにしかならんぞ!
「暇潰し?」
「ここにも、悪い女が一人……」
と俺が呟き、
「こういうテで会長さんに成り上がったのね……」
と利奈が言って、
「ま、まつりちゃんに聞かせたりするのだけは、やめてね」
とみどりがお願いをした。
「当り前でしょ。そんなことしないわよ」
「……何となく、信用できないんだが……」
「何ですって? 祟るわよ?」
「おい、この町は、何でいっそこんな連中ばっかりなんだ!」
俺は天井に向かって叫んだ。
「さぁ? わかりませんねー」
フワフワ浮いている本子さんが答えてくれた。