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最終章_2-1

  ☆


 ――夢を見た。


 わけのわからない夢。


 でも、夢というのは、えてしてわけのわからないものだろう。


 その世界は、暗くて、真っ暗で、僅かな光さえ無いような漆黒で、でもその暗さが、かえって彼女の白い肌を眩しく見せた。


 揺れる視界。


 走っている。


 何度も振り返りながら。


 俺の吐く息の音だけが、妙に大きな音で、他の音を全てかき消していた。


 彼女が何か叫んでいる。


 叫んでいる彼女を見たわけではないし、


 何も聴こえないけれど、そういう振動が……わけのわからないリアルな感覚を持って伝わってくる。


 彼女は――誰?


 誰だ……。


  ☆


 頬に痛みを感じて、俺は目を開いた。


「…………あ、生きてた」


 目覚めた時、目の前に見知った顔があった。


 夢の中の誰かの顔と重なったが……何となく違う感じがした……。


 まぁ、夢の中の登場人物が誰か、なんてことを考えてもどうにもならない。とにかく現実世界の方が当然、大事である。


 目の前には制服姿の利奈が居て、先刻まで俺の頬を突くのに使っていたであろう木の棒を持っていた。何となく頬が痛かったのはそのせいか……。


「おはよう、利奈っち」


「おはよ。それにしても、よくこんな所で眠る気になれたわね」


 利奈は、俺が包まっていた寝袋のファスナーを下ろしながら言った。


「まぁ、少し地面がカタかったが、寝袋のおかげでぐっすりだったぞ」


「いや……そういうことじゃなく……」


 歯切れ悪いな……。


「何だってんだ」


「とりあえず、立って」


 利奈が手を伸ばして来たので、その手を引っ張り、立ち上がる。


「立ったぞ」


「じゃあ次は、そこから三歩ほど南に向かって歩いてみて」


「南ってどっちだ?」


 俺は今、洞窟の大穴がある方を向いているが……こっちはどっちの方角だろうか。


「今、君が向いてる方向が西だから、左側に三歩」


 西を向いていたらしい。


「何だってんだ……」


 呟きながら言われた通りに三歩進むと……。


 ばきぃ、と、俺の足が木の枝を踏み折った音と感触があり、直後、


「うぉああ!」


 俺の視界は逆さになり、地上二メートルくらいの高さの宙に逆さ吊りされる姿勢になった!


 近くの街灯に逆さ吊りされた俺!


 左足には、ロープがしっかり巻きついていた。


「お、おい! 何だこれ! た、助けてくれ」


「ね、あぶないっしょ?」


「言ってる間に降ろしてくれ!」


「頭に血のぼる?」


「当り前だろ!」


「やっぱそうか」


「降ろして! 早く降ろしてぇええ!」


「はいはい。ハサミでロープ切るから、頭ぶつけないように、ね。オーケー?」


「おけー! おけー! はやく降ろしてぇ!」


 すると利奈は、近くの街灯から下に伸びているロープを、どこからか取り出した高いところにある枝を切るような長いハサミで切った。


 高枝切りバサミというやつであろう。


 重力によって俺の体は地面方向に引っ張られて、落ちた。


 俺は両手を地面に着いた後、綺麗に着地とはいかず、コンクリート地面にどしゃっと落ちた。


 顔をぶつけた。痛い。泣きそうだ。


「うぐぐ……」


「大丈夫?」


 駆け寄ってきた利奈が心配してきた。


「ああ……何とかな。骨折ったりはしてないだろう」


「ならよかった」


「それにしても、何で罠なんか……」


 俺が訊くと、


「趣味に決まってるっしょ!」


 利奈が答えた。


 趣味……だと?


 そして続けて、


「このワナ、この辺りにいっぱいあるから、気をつけないと、ダメだよ」


 とか言った。何、この変な子。


「あ、ワナの位置知りたいなら、教えてあげる。ついてきて」


「お、おう……」


 俺は言われるままについていくと……。


「あっれぇ……ここらへんだったはずだけどな……目印が無くなってる」


 言いながら、街灯の下をうろつき、そして、


「わきゃっ!」


 自分で仕掛けたワナにはまっていた。


 逆さ吊りにされる利奈。長い髪が地面につくくらいに垂れている。


「ひゃぁ! 達矢ぁ! 助けてぇ!」


 言った後、


「あわわ、見ないでぇ!」


 スカートを必死におさえながらじたばたしていた。


「…………」


 俺は、唖然とした。


 こんなアホな娘が存在することが信じられない。


 いや、しかしここは、そういう町なのだろう……。


 俺は、目を糸みたいにして空を見た。


「達矢っ! 何してんの! 早く助けてよぅ!」


 言われたので、利奈の姿を見ると、スカートが……。


「ひゃあああ! こっちみるな!」


「どうしろってんだ……」


「助けて! ハサミあるでしょ!」


「お、おう……」


 俺は、先刻利奈がやったように、その高枝切りバサミを手に取って、ロープを切った。


 どぐしゃっ。


「はぅぁ!」


 顔面から落ちた……。


「あっ……」


「いたぁい」


「すまん、大丈夫か?」


「ちょっと! 切る時は切るって言ってよぅ!」


 ぶつけた顔をおさえながら言った。


「ごめん」とりあえず謝る俺。


「まぁ、いいけど……」


「にしても……バカだろ、お前」


 言ってやると、


「ね、危険っしょ?」


 得意そうに言ってきた。


「ああ……お前がドジっ娘だということが、よくわかった」


「ちょっと、ひどくなーい?」


 口をとんがらせている。


 だが、こいつがドジっ娘だというのは、もはや誰の目にも明らかだと思う。


「どう考えてもドジだろうが」


「まぁ、いいや……それよりもさ、朝ごはん、食べない? 明日香も一緒に」


「ああ、そういや腹減ったな」


 思えば、昨日、夕食を食べ忘れたので空腹だった。


「でも、利奈も明日香も、料理なんてできるのか?」


「明日香はできないって言ってたわ」


「ってことは、利奈はできるのか?」


「料理本があれば。でもめんどい」


 何なの、この娘。


「じゃあ……どうするんだ? はっ、まさか、昨日俺が志夏からもらったバナナで済まそうという気なのか?」


「ちがうわよ。出前とるから待ってて」


「出前……?」


 訊き返すと、利奈はその声を無視して、何やら受話器のようなものを耳に当て、そして、


「おはようございます、どうぞ」


 とか言った。


 ここは携帯が使えない場所――常に圏外のため通信できない場所――だと聞いたが、まるで携帯電話を使うみたいに……。


 この町としては不思議な光景だなと思って見ていると、受話器のような機械から女の人の声が漏れてきた。


『ご注文ですか、どうぞ』


 愛想のなさそうな声。


「こちら宮島利奈。きこえますか、どうぞ」


『あ、いつもありがとうございます、どうぞ』


「注文お願いできますか、どうぞ」


『どうぞ。どうぞ』


「チャーハンセット三つお願いします。どうぞ」


『かしこまりました。どうぞ』


「では、お願いします。どうぞ」


『はーい』


 そして、通話が終了したらしい。


「利奈」


「何?」


「この町って、携帯電話が使えないって話ではなかったか?」


「うん。使えないよ」


「でも、今、それで会話を……」


 俺は利奈が手に持っている受話器みたいな機械を指差した。


 すると、


「ああ、だってこれ、トランシーバーだもん」


 トランシーバー……。


 携帯電話は使えなくても、トランシーバーは大丈夫なのか。


「いいっしょ?」


 ニヤリと笑ってきた。


「あほっぽい」


 言ってやった。


「なっ――」


 ショックを受けていた。


「センスないね、達矢は」


 不満そうに呟いた。


「何はともあれ、三人分の食事を出前したのだった」


「誰に向かってナレーションしてんのよ……」




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