紅野明日香の章_4-4
寮の玄関まで来た。
「よし、行くぞ……」
「うん」
「監視されてる気配はあるか?」
「今のところは、無いよ」
「そうか」
持ち物は、無い。
二人、寮の門を抜け出た。外は大雨から小雨に変化していた。パラパラと、感じないほどの雨。雷鳴もなくなった。着の身着のままで二人、歩く。手ぶらで。闇に紛れるように黒い服の二人。俺は今朝から黒い服。紅野にも黒い服を渡して押入れの中で着替えを命じたのだ。
まぁ、多少ブカブカのようだが、腕まくりで何とか対処しているようだ。制服のままだと目立ちすぎるからな。
あ、これは断じてペアルック目的ではないぞ。
隠密行動=黒い服。
これはもう、雰囲気づくりも含めて暗黙の常識みたいなもんだ。
透明になれる服とかあれば別だが。
で、早歩きでもなく、遅歩きでもなく、標準速度。怪しまれないスピードを心がけた。正確に言うと、心がけたつもりだった。それでも少し早くなってしまうのは、やはり焦燥感みたいなものを感じているからなのだろうか。
「ちょっと、達矢。はやいよ」
「あ、あぁ。すまん」
「…………」
彼女は、ぺったりと腕にしがみつきながら身を寄せてきた。
しかも震えている。小刻みに。
「寒いのか?」
彼女は小さく首を横に振る。
「じゃあ、見られてる感じか?」
今度は大きく頷いた。
さて、どうしようか。
まぁ、ここは一択だな。これしかない。
「じゃあ、走るぞっ」
「うん、言うと思った!」
手を繋いで、二人、走った。
街の南側を目指して。
ショッピングセンターの裏側。そこにあるトンネルから、抜け出すために。
走る。手を繋いで。揺れる視界。
何度も振り返りながら。
「達矢!」
「何だよ」
「何でもないっ!」
叫ぶように、わけのわからない会話。
俺たちは、これから、旅に出る。この街を出る。
可愛い子には旅をさせろという言葉もあるしな。
可愛い紅野と二人旅……か。
まぁ、悪くない。
なるようになるだろう。
大船に乗った気でいてくれ、なんて気休めを言えたら良いのだがな。正直なところ不安で仕方ないっつーか、かざぐるま行きになるような男女二人が、街の外に出たところでマトモに生きられるかと言われると、きついと思う。現実的に。
大船? 泥舟だろう。どちらかと言えば。
俺たちは、絶望的なまでに子供で、もしも、このまま生きていくと言うのなら、多少の悪には手を染めてしまいかねない。というか、高確率でやらかす。そのくらい、俺は弱かった。そう、かざぐるまシティ住民相応に。まぁ、たいがいに人ってのは弱いけどな。
俺は短絡的で、無軌道で、幼い。救えないバカでもある。これから先、学ばねばならないことが多すぎる。つまり、だから、この街を出ないというのが比較的正しい選択。のはずだ。でも、俺の予感は告げている。紅野の予感も告げているだろう。
――この街を、出て行かないと何か良くないことが起こる。
漠然とした不安を無理矢理カタチにしたいのかもしれない。それを動機にして、理由にして、逃避したいのかもしれない。現実めいていて、現実感の無いこの街から。
疑惑、舞う。
でも、それ以上に確信めいた何かが心の中にあって、俺に紅野との脱出を決断させた。いや、それは後付の理由かもしれない。よくわからない。
でも、感じるんだ。
昔の人は言った。「考えるな、感じるんだ」と。
なんかアツいセリフだよね。
いいじゃないか。こういうのも。
成功するかどうかは不明だが、どう転んでも価値があるんじゃないかって考えよう。
今の今までいい加減に生きてきて、更生しようって時に、こんな考えを抱くなんて、俺は心底腐ってるのかもしれないが、何度も言うように、これは理屈じゃない。
圧倒的な、予感。今の俺を動かす八割は、それだった。動機にしては弱いように思えるが、こいつはやっぱり理屈じゃない。とことんフィーリングに生きるんだ俺は。
とにかく、泥舟でも漕ぎ出せば、沈むとわかっている島に留まるよりは可能性が広がるってことだ。本当に沈む島なんてあるのかどうかは、不明だけどな。