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最終章_1-9

「……というわけで、ここにあいつを住まわせてやって欲しいんだ」


 俺は、利奈に事情を説明した。


「そうなんだ……それならそうと、早く言ってくれればよかったのに……日記なんて読まずに」


「保険よ保険」


 明日香は悪びれもせずにそう言った。


「まあ、明日香が悪いと俺も思うが」


「だよね、だよね。多数決で民主主義で、三分の二で明日香が悪いよね」


「ふっ、あんたら議会が喚いたところで、私の臨時独裁政権で一蹴してやるわよ」


 くっ、俺たち二人の意見は無視というわけか……。


 だが、俺たちの意見が一切反映されないのは納得がいかないぞ。


「ていうか、明日香が決める事なの? 独裁とか民主主義とか」


「そもそも、この会話に民主主義だの独裁だのという(たと)えを引っ張ってくるのがお前らの異次元なところだ」


 俺が言うと、


「何今の。暴言?」


 と明日香。


「いや、褒め言葉だ」


 異次元という言葉は褒め言葉である。


 誰が何と言おうと、そういうことにしてもらいたい。


「確かに、今のはちょっとカチンときた」


 利奈っちまで……。


「すみません……」謝るしかない。


「てか達矢さ、いつまでここに居る気なの?」


「え? いつまでって……俺もここに泊まる気でいるけど? だって心配だからな」


 女の子だけで洞窟に泊まるなんて。まして、この町は不良の多い町。襲われたりしたら大変である。だからこそ、俺はここで二人の女の子を守ろうと、得意の紳士思考を展開させていたのだが。


「変態」

「変態ね」


 うぇーい、何だーい。この娘ら何だーい!


「待て、何がどうなって、俺を変態と呼ぶんだお前らは……」


「だって、ねぇ?」と明日香。

「ねぇ」と利奈。


 顔を見合わせて頷き合っている。


 突如として二人が敵に回ってしまった世界が謎すぎる。


「言っておくが、俺は別にそんな、いやらしいことはしない男だぞ」


「安心させておいて突然襲い掛かるつもりね」


 明日香が言えば、


「ええ、男ってそういうものらしいもんね。本に書いてあった」


 利奈っちまでそんなことを言う。ていうか、どんな本だ。


「そうでなかったとしても、女の子と一つ屋根の下で夜を明かしたいという変態願望を成就させようとするその心根が(いや)しい」


「明日香の言うとおり。卑しいわ、まさに狼」


「おいおい……」


「ところで、達矢と明日香って、どういう関係なの? 妙に仲良しだけど……」


「実は、今日会ったばかりなのよ」


「そうだ。いきなり俺にジャンプキックをしてきたんだ」


「あれは事故でしょ」


「いーや、あれは狙ったとしか思えないクリーンヒットだった」


「あんたが下に居るのが悪いんじゃないの」


「下を確認しないでジャンプする方が悪いに決まってるだろ」


「だから謝ったじゃないの」


「笑いながらな。誠意のない謝罪でお前が悪魔に見えたよ」


「うわぁ、失礼。こんな天使のごとき私に対して悪魔とか。最低」


「天使……? どこが?」と利奈。


 利奈にとっても、悪魔みたいなものらしい。


 まぁそうだろう。プライベート空間に不法侵入された挙句日記まで読まれて、それをネタに脅されたのだから。


「ま、とにかく、達矢はどっか他のところで夜を明かしなさい」


 紅野明日香はそう言った。


「そうは言ってもなぁ……」


 初日から学校をサボるという不良行為に及んでしまった以上、男子寮には帰りにくい。


「じゃあ、俺はどこで眠れば良いんだ?」


「あ、寝袋あるよ?」


「お、さすが利奈っち。用意が良いわね!」


 褒められて、「いやぁ……まぁね」てへへと照れていた。


 利奈まで完全に紅野明日香のペースに巻き込まれている。


 恐るべし、紅野明日香……。


「というわけで、はい達矢。これ貸してあげる」


 利奈は、どこからか取り出した寝袋を俺に手渡した。


 ずっしりと重い。


「使い方は、わかるよね?」


「ま、まぁ……」


 テント建てるわけじゃないしな。


 寝袋くらいなら……。


「安心して。別にイノシシとか熊とか、昔、たまに出たことあるだけで最近は駆逐されて出ないし、虫すら少ないし。気をつけなきゃいけないのは、せいぜい熊とかイノシシくらい獰猛な人間かなって思うけど……達矢は、熊倒せる人?」


「っはぁ?」


 倒せるわけないだろ。俺のような普通の人間に。熊ってのは、おそろしい動物なんだぞ。


「じゃあ、何か武器とか持っておく?」


「武器……っていうと? 化粧水とかか? コンシーラーとか」


「それさ、目の下にできるクマのことっしょ」


「ほほう……」


 なかなかのツッコミスキルを持っているようだ。


「とりあえず、大丈夫だと思うけど……」


 利奈は言いながら、どこからかスプレー缶を取り出した。


「ジャーン! この『熊! 撃退!』というスプレーさえあれば熊対策からモスキート対策まで、一缶で網羅できるわ! 山賊とかにも効果的!」


 利奈は、得意げに言って、手渡してきた。


 右手に寝袋を持ち、左手にスプレーを手に持ったまま……。


「さ、それじゃ、頑張ってね」


 利奈に背中をぐいぐい押されて部屋の外に出された。


「また明日ねー」


 ベッド上に座りながら手を振る明日香。


「気をつけてね」


 利奈の笑顔で見送られた後、扉は冷たい感じで閉じられた。


「野宿、か……」


 電気の灯った地上へ続く階段を、とぼとぼと上った。





「ふぅ……」


 溜息。深い深い溜息だ。


 明日香と利奈が居る洞窟の前に寝袋に包まって寝転がり、星空を見ていた。


 この寝袋……何か、良い匂いがする。熊やイノシシや山賊はおそろしいけど、何だかそれだけで良い夢が見られそうな気がした。


「でも……俺、何してんだろ……」


 こんなところで、寝袋で野宿なんて……。


 俺は、キャンプをしにこの町に来たわけではなかったはずなのに……。


 プチ不良を脱却して、更生するためだったはずだ。


「ふぅ……」


 俺は再び溜息を吐いて、目を閉じた。





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