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最終章_1-8

 図書館裏に行き、電気の灯った洞窟へ。


 階段を降りた。そして、扉を開ける。


 ベッドに寝そべりながらスナック菓子を食べつつ、女性用の雑誌を読んでいる女が居た。


「あ、おかえりー。早かったわね、達矢」


「ただいま……」


 さっき、掃除したばかりだというのに、もう散らかしやがって……。


「あ、ねぇ達矢。聞いてよ」


「何だよ」


「すごいのよ、この家。シャワーもあるし、冷蔵庫やキッチンまで高性能なの」


「そうだな」


「何その、当り前だろとか言いたげな返事ー。もっと感動とかないの? ここは洞窟の中なんだよ」


「さっき掃除したから知ってるんだよ、そんなことは。そりゃすごいとは思ったけどな」


「あ、そっか」


「それよりも、お前なぁ。せっかく綺麗にしたのに、もう散らかしてるじゃねぇか」


「後で片付けるわよ」


「誰かが住んでる家だってことはわかってるだろ」


「ええ、かわいそうな子が住んでるみたいね。他の日記も読ませてもらったから、これはもう確定よ」


 プライバシーの侵害も(はなは)だしいな。


「他人の家なのに、既に自分の家みたいじゃねぇか」


「遠慮してるわよ。まだシャワー浴びてないし」


 こいつ……いわゆる『おまえのものはおれのもの系女子』か。


「その菓子は誰のだ? その雑誌は?」


「大丈夫よ。ちゃんと油が雑誌につかないように手をウェットティッシュで拭きながら読んでるし」


「そういう問題じゃないだろ」


「何よ。ちょっと借りただけじゃない」


「ちゃんと返すなら……いいけどよ……」


「当り前でしょ。返すわよ」


「本当だろうな?」


「本当本当」


「それで、志夏って子は、何だって言ってた?」


 ようやくマトモな話になった。


「『私は神よ』って言ってた」


 これをマトモな話と言って良いのかどうかは疑問だが。


「やっぱ変な子ね……」


「そして、夜を二回、過ごすまで……つまり明後日の朝まで、ここを出ちゃいけないそうだ」


「そうなんだ……でも何で?」


「いや、理由までは聞いて来なかったが……」


「ふーん……なんか、達矢って相変わらず役に立たないわね」


 何だか、ガッカリされている。心外だな。役に立たないなんて。


 俺はこんなにも役に立つ男だというところを見せなくては!


 そして俺は、バナナを持った右手を天井に向かって伸ばした!


「明日香。見ろ、バナナだ!」


「あぁーっ! やったぁー! バナナー!」


 明日香はベッドから立ち上がり、手を伸ばしてきた。


 立った勢いで、食べかけのスナック菓子の袋がひっくり返り、ぼろぼろと落ちた。


 明日香は、そんなことを気にしない様子で俺の右手からバナナを奪い取り、ベッドに座ってバナナの皮をむいた。そして、嬉しそうに頬張る。もぐもぐする。


「美味しいか?」


「うん」


「そりゃ良かった」


「おいしーっ」


「そんなに好きなんだ。バナナ」


「好きすき大好き愛してる。バナナと不老不死、どっちをとるかって言われたら、迷わずバナナを選択するくらいに!」


「そうっすか……」


 それほどまでに好きらしい。


「達矢って、役に立つ男ね」


「そうだろそうだろ」


 と、その時だった。


「……え、だ、誰?」


 背後から声がした。振り返ってみる。


 髪の長い女子が、警戒した様子で立っていた。


「あ、ああ、えっとだな……ちょっと事情があって……」


 俺は説明しようとしたのだが……その時、


「あ、利奈っち!」


 利奈っちだぁ?


 明日香が彼女をフレンドリーに呼んだのだった。


「何だ、知り合いなのか?」


 訊くと明日香は首を振る。


「ううん。さっき日記読んだから。名前くらいはわかったの」


「ぅぇえ? 日記読んだってぇ!」


 洞窟内に、利奈という子の声が響く。


「何やら雲行きが怪しいのであった」


 俺は言った。


「そこの君。冷静にナレーションできる状況じゃないっしょ! わたしは今、大変に怒ってる!」


「だって、ここに住むようにっていう生徒会長の命令なんだもの。仕方ないわよね」


 明日香は言って、残ったバナナを食べ切り、俺にバナナの皮を手渡した。


 何だか、都合の良い方向に持っていこうとしているような気もするが、嘘ではない。


 すると、利奈が床のほうに視線を向けて、あることに気付いた!


「あああっ! 期間限定のポテチ! 最後の一袋!」


 見ると、ポテチは床に散乱していて、利奈の手によって拾い上げられた袋にはもうポテチは残っていなかった。


「秋限定のものを春に食べるって行為に及ぼうと、ずっと大事にとっておいたのに!」


「ごめんごめん。返すから」


「どうやってよぅ! 秋限定だから、もう売ってないのに!」


「吐く?」


「やめて! ばっちい!」


「じゃあ、次の秋まで待って」


「待てるもんか!」


「じゃあ、吐く?」


「やめい!」


 利奈は、部屋の中に駆け入ってきて、明日香の頭を軽く殴った。ゴスッという鈍い音が響く。そりゃまぁ、殴りたくもなるだろう。利奈という子の気持ちは少しだけ理解できるぞ。


「やったわね!」


「何なの! 偉そうに! ここは、わたしの家なのに!」


「ただの家出ハウスでしょ!」


「そ、そうだけど! でも、わたしがつくったの! ドアとかお風呂とか!」


「ありがとう。私のために」


「はぁあああああああああああ?」


 おこっていた。


「あー、えっと、利奈っちさん……だっけ?」


 俺は利奈っちに話しかける。


「君、誰。黙ってて」


「うぇ……あ、はい……」


 おこられた……。


「私は紅野明日香」


 明日香は名乗った。


「訊いてないわよ! あなたの名前なんて」


「何? ケンカ売ってるの?」


「どっちがよ!」


「異次元会話を繰り返す二人だった」

 ナレーションしてみた。


「「うるさい!」」


 おこられた。


「すみません」謝るしかない。


「ま、とにかく。私は今日からここに住むから」


「えぇ? 何言ってるの! そんなの許可できるわけないっしょ!」


「学校に行って、校内放送で日記の内容を延々と語っても良いのよ?」


 何だこの、極悪な思考を持つ女は。完全な脅迫じゃねぇか……。


「え…………」


「良いの? みどりって子のこととか、まつりって子のこととか、色々書いてあるけど。全部バラしても良いの? 宮島利奈さん」


 宮島利奈という名前らしい。


「や、やだ。やめて。ごめん」


 青ざめた、利奈の顔。


「そうよね。みどりちゃんに嫌われたくないもんね。まつりにイジメられたくないもんね」


「バラさないで下さい。お願いします」


 そして紅野明日香は言うのだ。


「じゃあ、私はここに住んでも良いわよね?」


「……くっ……」利奈は悔しそうにして目を逸らし、「いいですけど……」


 なんだか、可哀想だとあらためて思う。


「ね? 日記読んでおいて良かったでしょ?」


 明日香はニコニコしながら、俺に向かってそう言った。


「お前って、ひどい奴な」


「でも、二人とも、ここは、わたしの……」


「ええ、わかってるわ。利奈っちの家なのよね。だから、一時的に住まわせてもらうだけ。そうよね、達矢」


 同意を求めてきたので、「あ、ああ」と肯定する。正直、俺も明日香の人でなしぶりに混乱しかけている状況だ。


「よかった……」


 安堵する利奈。後、ホッとしてしまった自分に気付いたのか、


「何なの……もう……ここはわたしの家なのに……」


 頭を抱えて呟いた。 


 何だか、とてもかわいそうな子だと思った。




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