最終章_1-7
さて、やって来たのは学校。
まだ授業中のようだった。
俺の目的は志夏を探すこと。授業に出ることではない。ゆえに、生徒会室を探すのだ。不思議と、生徒会室はすぐに見つかった。まるで、俺は最初からある場所がわかってるかのように効率のいい移動をして、生徒会室に辿り着いたのだ。
「ここだな……」
呟き、少し緊張しながら引き戸をノックした。
すると、
「どうぞー」
志夏の声がした。
俺は引き戸を開け、中に入る。後ろ手で扉を閉めて顔を上げると、志夏が立派なデスクの前に座っていた。
「お、おう……志夏」
右手を挙げて、挨拶すると、
「待ってたわ、達矢くん」
言って、立ち上がった。
「待ってた……?」
「ええ。達矢くんが紅野さんに命じられてここに来ることは、わかってたから」
「そろそろ、わかりやすく説明して欲しいものだな。紅野明日香が何者で、何で命を狙われてるのか」
「今まで、何度も繰り返して来たのなら、わかるでしょう?」
「は? 繰り返してる? 何をだ」
「この町に来てからの数日間を、繰り返しているのなら」
「はぁ……?」
全く意味がわからない。何なんだ……一体……。
「紅野さんはね、『鍵』なのよ。古代文明を復活させるための」
「はぁ? 鍵? 古代文明?」
誰か、どうにかしてくれ、この電波女を。俺はオカルトに興味は薄いぞ。西洋の神様とか、色んな神様とかのエピソードは好きだったりするけど……それらとこの女の言ってることは違う。明らかに志夏は頭がおかしい子の言動をしている。
「鍵ってのは、何だ」
訊くと、
「さぁ」
いや……「さぁ」じゃねぇだろ……。
古代文明。鍵。そんな曖昧で意味深なキーワードだけをヒントに明日香の正体に辿り着けるものか。
どう見てもちょっと気の強い女ってくらいにしか見えなくて、正体なんてものがあるほど裏表があるように見えないけどな……。
「お前、自分を神様だって言ってたよな」
「そうよ。私は神」
「じゃあ、お前が言う鍵ってのが何を意味するのか知らないわけが無いだろう」
「いいえ。神だって万能じゃないって言わなかったかしら。私にだって、知らないことは、そりゃもう数多くあるのよ」
「じゃあ、ただの人と変わらないじゃねぇか」
「場合によっては、確かにそうなるわね」
「……とりあえず、わかってることは、全部教えてもらいたいんだが……」
「そうねぇ……紅野さんが、重要なキーパーソンで、時機が来るまでは外に出してはいけないってことだけは確実に言えるけど……それ以外はちょっとわかんないわね」
「時機……ってのは……?」
「詳しいことは、私にもわからないけど、あと二日。二度夜を越えるまでは、絶対に外に出ないようにって伝えて」
「二度……夜を越えるまで……」
明後日の朝からなら外に出て良いってことだろうか。
「それと……達矢くんにはこれを渡しておくわ」
志夏は言って、
「はいこれ」
どこからか取り出したバナナを手渡してきた。
「バナナ……?」
そういや、明日香からバナナを買ってくるようにという依頼も受けていた。こいつ……神を名乗るだけあって予知能力でもあるというのか……?
おそるべし、伊勢崎志夏。
「別に心を読んだわけでも、予知能力でもないわよ。ただ、私は神だから、ほんの少し皆より経験というものが残ってるのよ」
「経験?」
「そう、経験。記憶とも言い換えられるわね。この場合に限っては」
「だから、紅野がバナナを欲しがってることがわかったのか?」
「そうよ。どう? これで私が神様だって、信じてもらえた?」
「いや……神っぽくないぞ、志夏は」
「じゃあ何なのよ」
「人のように見える」
そう、どう見ても、人だ。
「そういう演技をしているだけ。人のフリをしている何か。……何か、というよりも、本当に私は神なのよ。状況によっては祟るわよ?」
「祟るって……こわいな」
「そう、畏れなさい。私は神。よく覚えておくことね」
「おそれなさいって……変な奴だな……」
本気で変な奴だ。
「この町に住む者にしては、普通よ。私くらい」
「そ、そうなのか……」
おそるべし、かざぐるまシティ。このレベルの変人が大量に居るとなると、恐怖で学校に行けなくなりそうだぜ。
「とにかく、さっさと帰って紅野さんにバナナをプレゼントしてきなさい」
「そうだな……色々ありがとう」
「いいえ、私も、この町を守るために行動してるだけだから」
「そんなにピンチなのか? この町」
「そうね」
「あれか。外から来たショッピングセンターのせいで、商店街での売り上げが壊滅的になり、町の経済がひどいことになってるとか、そういうことか?」
志夏は首を横に振る。
「そういうことじゃなくてね、物理的に壊滅の危機なの」
「物理的……」
「まぁとにかく、そんなことよりも、さっさと帰らないと『遅いっ』って言われて紅野さんに叱られるわよ」
「そうだな。せっかちな娘だからな……」
「達矢くんが、しっかり手綱を握ってあげなさいよ」
どちらかといえば、俺が手綱を握られそうな気がするがな……。
「それじゃあ、またね」
志夏は手を振る。
「ああ、じゃあな」
俺も手を振って、バナナを手に廊下に出た。