最終章_1-6
「よし、綺麗になったぞ!」
「グッジョブ! 達矢」
親指を立ててウインクしてきた。可愛いつもりかよ。まったく。
「ああ……まぁな……」
でも、やっぱ明日香に褒められるとそこそこ嬉しいので、何となく照れてみた。
「ところで、達矢」
「何だ」
「さっき、坂道で会った女の人……えっと、何て名前だっけ……」
「志夏って言ってたな」
「そうそう、生徒会長の志夏さん」
「それがどうした?」
「何か、変な人だったよね……」
「――お前の方が変だろ」
俺は言ってやった。
「そんなことないでしょ。だって、自称・神だよ? あんな変な人、なかなか居ないと思わない?」
納得できる意見を言い返してきた。
「まあ確かに」俺は頷いた。
「でもさ達矢。この図書館の裏に洞窟があること。そこが、唯一私がこの町に留まれる場所であること。その彼女の言葉、何となく信じなきゃいけないような気がするのよね……。この洞窟に来てから……いや、違うかな。志夏と会ってから、誰かに見張られてるような感じが無くなったの。だから、少なくとも、私たちよりは『何か』を知っている人だと思うわ」
「そうなのか」
「やっぱ、神かも」
「神ねぇ……」
それにしては、ずいぶん人間っぽかったけどな。
というか、人間そのものに見えた。
「まぁ、何にせよ、私はこれから、この部屋に暮らすことになるのね」
「まぁ、そうだな。よほどのことがなければ、お前はそうするんだろうよ」
「あ、そうだ。達矢。私、学校に通えるのかな。それとも、この洞窟を出ない方が良いのかなぁ。どう思う?」
「いや、俺に訊かれてもなぁ。俺だって、この町に来たばかりの人間なんだぞ。色んな事情だってわからない」
「そうなの? でも妙に、なんかこの町に居るのが自然なように思えるけど……」
「そう見えるかぁ? 俺はさっさとこの町を出て行く予定なんだがな……」
もっとも、初日から無断欠席してしまったので、この町での生活は長引きそうだがな。
この町は、『かざぐるまシティ』
雑に言えば、不良が更生するための場所。
それ以外の目的でこの町に来る人間も居るらしいが、基本的には都会からこの地に送られること自体が不名誉で、そこで更に不良化することは、故郷の名に泥を塗ることに他ならない。
もちろん、家の名にも泥を塗ることになる。
更生しないと帰れないから、できるだけ早く帰ることができれば、まだ社会的な傷も浅くて済む。
「ふぅん……」
言って、紅野は靴を脱ぎ、ベッドに仰向けに寝転がった。
後、大きく伸びをする。
「疲れたか?」
「まぁね坂を上ったり下ったり、階段けっこう下ったり、私みたいな、か弱い女の子にはきつかったわ。新品の革靴だったし」
俺は男で、しかも歩きやすいスニーカーだったからな。紅野の疲労の方が明らかに大きいだろう。だが、今の明日香の言葉の中で、一つだけ気になったワードがある。
「か弱い?」
まったくもって、か弱くはないだろ。
「何よ。文句でもあるわけ?」
怒った。
「いえ……ないです……」
「そ、ならいいわ」
笑った。
表情がくるくる変わる。少し可愛いと思ってしまった。けど、会った時から思ってたけど、こいつ……そこそこ可愛いのに性格がきついな……。
ふと、明日香は思い立ったようにベッド上で起き上がって、
「あ、そうだ。ね、達矢、お願いがあるんだけど」
そんなことを言った。
「何だよ。『死んでくれ』とかだったら、きかねぇぞ」
「そんなこと言わないわよ。そういう言葉嫌いなの」
「そうっすか。それで?」
明日香はピースサインをつくって、
「二つあるんだけど、いいかな?」
「俺にできることなら」
すると明日香は頷いて、言う。
「まずは……志夏に、これからどうするべきか訊いて来て欲しい」
「ああ、いいぜ。それから?」
「えっと……もう一個は……言いにくいんだけど……」
「何だよ」
「いや……やっぱ……恥ずかしいな……」
「何だよ、早く言えよ」
すると、明日香は、
「………………バナナ」
微かな小声で言った。
「は?」
「バナナを買って来て下さい」
頬を赤らめながら、明日香は言った。
「えっと……それの何が恥ずかしいの?」
「え? 恥ずかしいことじゃないの?」
「何がどう恥ずかしいんだ?」
「え、すごく恥ずかしくない? バナナ」
「お前の感覚がわからんぞ」
「えっと……バナナが好きだって言ったら、小学校の頃、『紅野明日香はバナナが好き』っていう噂が流れ広まって、皆から笑われたんだけど……」
「そりゃお前の周りの連中がおかしいんだ。バナナが好きなんて、健康的で素晴らしい事だぞ。笑われたりするようなもんじゃない」
「じゃ、じゃあ、恥ずかしいことじゃないってこと? バナナを皆からコソコソ隠れて買って食べる必要もないの?」
「ああ、堂々と食べるもんだろバナナは。麻薬じゃねぇんだから」
「本当に?」
目を輝かせている。変な女だな……。
「そうだぞ。コソコソ食べるなんて、むしろバナナとバナナ農家に対して失礼だ」
「そっか……そうだったんだ……」
何だか、うれしそうだった。
「で、志夏にこれからのことを訊くのと、バナナ購入……だけで良いのか?」
確認すると、
「うん」
深く頷いて、再びパタリとベッドに寝転がった。
「よし、それじゃあ行って来る」
「行ってらっしゃい」
「明日香、ペンライト、借りて良いか?」
突然暗くなったら、こわいからな。
一応洞窟内には電気が灯っているものの、やはり突然の停電が無いとは限らない。それに電気の帯が途中で途切れて真っ暗な部分が無いとも限らない。保険として携帯ライトは必要なのだ。
「壊さないでよ?」
「わかってるよ」
言うと、明日香は寝転がったままの姿勢でペンライトを投げ渡してきた。
壊さないでと言う割には扱いが雑だ。
俺は、ペンライトを空中でキャッチして、扉を開けた。
白っぽい蛍光灯の明かりが灯る、明るい洞窟内の階段を上り出した。