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最終章_1-5

 かなり深くまで下ったところで、紅野明日香が、何かを見つけた。


「あれ?」


「どうした?」


「これ、電気のスイッチみたい……」


 明日香は呟き、スイッチをカチッとした。


 頭上でばちばちと音がして、蛍光灯の明かりが灯った。


「あ、明るい……」


「ええ、そうね」


「いやぁ、電気があるなら最初から点けてあれば良いのになぁ」


 俺が言うと、


「なんか、急に元気になったわね」


 ああ、明るくなったからな。


 いやしかし、ここは主導権を取り返すべく、強がってやろうではないか。


「そうか? さっきからずっと元気だぞ」


 明日香は無言で、カチッと電気を消して、またしても闇が訪れた。


「ひぃいいい」


 悲鳴。


 再びカチッと電気が点く。


「こわかったじゃないか」


 平常時に戻った。


「何か、面白いわね。達矢って」


「ふん、褒め言葉としてはまぁまぁだな」


 カチッ。

 暗転。


「うあぁああ、暗いよぉおおお」


 カチッ

 明かりが点く。


「何をするんだ。こわいじゃないか」


「達矢さ、夜とか、いつもそうやってこわがってるの? それって、生きていくの大変じゃない?」


「いや、普通の夜は大丈夫なんだ。星明かり、月明かりというものがあるだろう。それに街灯の明かりもある。全くの闇ってわけじゃない。でも、洞窟となると話は別だ。一切の光ない闇の中に一人ぼっちで残されることは恐怖以外の何でもない!」


「そ、そっか……」


「だが、そばに誰か居てくれれば、何とか耐えられるぜ」


 俺は親指を立てて見せた。


「……カチッ」


 そう言いながら、明日香は電気スイッチをオフにした。

 暗転する。


「ひぃいい、こわいぃいい」


 俺は明日香に抱きついた。


 カチッ。

 明かりが戻る。


「……あのさ、これが、達矢の言う『耐えられる』ってことなの?」


 俺は明日香から勢いよく離れ、


「いや、あの、その……いじめないでください」


 歯切れ悪く懇願(こんがん)した。


「あっはははは」


 笑った。


 なにこのいじめっ()


「そんなことより、先に進みませんか?」


 俺が笑われるのに耐えかねて提案したが、


「……その必要は無いんじゃない?」


 紅野明日香はそう言った。


 そして、指差すのだ。目の前にある扉を。


 下り階段は、まだ先まで続いているが、目の前の扉は確かに怪しかった。


「扉……か。これはいかにも、怪しげな扉だな……」


 何の変哲も無い木のドアだが、洞窟という場所に取り付けられていると、これ程までに怪しい……。


「ええ、開けてみて」


 俺はドアノブに手を掛け、そしてくるりと回し、開けた。その瞬間!


 カチッ。

 世界はまたしても闇に包まれた。


「うわぁあああん」


「あっはははは」


 カチッ。

 明かりが復活した。


「こらこら、脅かすな」


「まぁ、誰にでも苦手なものはあるもんね」


 ニヤニヤしてやがる……。


「覚えてろよ。いつか仕返ししてやるからな」


「おお、こわいこわい」


 バカにしたような口調で言いやがって。今、俺は心に刻み、誓ったぞ。


 いつか必ず、仕返しをすると!


「で、だ……」


 明るくなった世界で、俺はドアの向こうに目をやった。


 室内は薄暗く、中の様子はよくわからないが、人の気配は無い。


「どう? 誰かいる?」


「いや、誰もいないみたいだ」


「そう」


 俺は、室内に入ってみる。女の子の部屋の匂いがする。


 ――って……女の子?


 こんな洞窟の中に女の子が住んでいるというのか?


 野獣っぽい男とかじゃなく?


 そして俺は、すぐに部屋の電気スイッチを入れた。


 部屋に明かりが灯る。


「こ、これはっ!」


 敷かれた絨毯。薄い水色の壁紙。


 奥にはキッチンがあり、手前にはベッド。


 洞窟内だというのに快適そうな空間。


 しかし室内は、散らかっていた。


 といってもモノが多すぎて散らかっているだけで、放置されている食料品からカビやキノコが生えたりとかはしていない。ただ洋服と本と筆記用具が床を埋め尽くさんとする勢いで広がっている。


「ねぇ、ここって……洞窟よね」


「あ、ああ、そのはずだが」


「何なの、この立派な部屋……一体誰が……」


「さぁな……」


 俺は言った後、部屋とは違って比較的整頓された机の上に何かを見つけた。


 表紙に『日記 NO.49』と書いてある。


 日記……日記か……。


 いや、まぁさすがにこれを読むわけにはいかないよな……。


 と、俺はそう思ったのだが、


「ん?」


 不運にも日記帳は紅野明日香に発見されてしまった!


「おい、さすがにそれは、見ないであげろよ……」


「何言ってるのよ。どんな人が住んでるのか気になるじゃないの。変な人だったら、ここに居るのは危険ってことになるでしょ? リスク管理よ。リスク管理」


「それは……まぁ……」


 だが、部屋の感じを見る限りでは、そんなに怪しい雰囲気はしないが……。


「んと……」


 明日香は日記帳を開いた。


「どうなっても知らんぞ……」


 日付は、一月から。


 人としてどうかしている明日香が日記の内容を読み上げる。


「1月23日。今日も一人で図書館で遊んでいた。でも全然寂しくなんかない。そういえば、明日はまつりの誕生日だけど、どうしよう。去年は『上手な謝り方』って本をプレゼントしてあげたら、イヤミかこの野郎、とか言われてキレられた。また今年も理不尽なんだろうなと思うけど、去年はわたしのプレゼントも悪かったかなって思う。今年はもっと良い本をプレゼントしようと思う」


 紅野明日香の手はページを(めく)った。


 なおも続けて読み上げる。


「1月24日。今日は、まつりの誕生日だったので、久しぶりに図書館の業務を休んで、まつりに会いに行った。まつりはいつも学校の制服ばかりを着てるから、似合いそうな洋服を買って渡したのに、いらないわよ死ね、なんて言われて突き返されてショックだった。その上で髪の毛むしられる等してイジメられた。図書館に帰って泣いた……。


他人の善意を受け取れないまつりが嫌い。誕生日を祝おうとする気持ちをないがしろにして。あんな奴、チョコレート食べすぎで太れば良いのよ。今よりもっと不幸になってしまえばいいのに。あぁ、そうだわ。不幸の手紙でも書いて下駄箱にでも入れちゃおうかしら。ああ、もう、思い出すたびむかつく。何なの。何なのもう」


 また、紅野はページを捲った。


 さらに続けて読む。


「1月25日。今日は、一日中図書館に居た。まつり宛てに不幸の手紙を書こうとして、二行目で虚しくなってやめた。何か良いことないかなー。そういえば、図書館の冷蔵庫の食べ物が無くなりそうだから買出しに行かなくちゃ。明日、新しくできたショッピングセンターに行ってみようかな」


 さらに続ける。


「1月26日。朝からショッピングセンターに行った。パパにバッタリ会って、学校サボってることがバレちゃった。ママには言わないでって言ったら、ママは最近、海外を一人旅してるらしい。最近、家に帰ってもいないと思ったら、また宝探しにでも行ったのかな。お昼ゴハンは、中華料理を食べた。美味しかった! 毎日通うかもっ! ……でも帰り道で、お財布落とした」


 また、ページが捲られる。


「1月27日。サハラがお財布を届けに来てくれた。お弁当を持って。どうせ一日二食だったり、偏った生活してるんでしょ、とかだいたい合ってること言われたけど……みどりのお弁当を食べるくらいなら断食(ラマダーン)するくらいの覚悟はある。でも、そういうことをハッキリ言えない自分が嫌い。でもそういう自分は大好きでもある。自分のことすらよくわからない。


結局、断り切れずにお弁当を食べた。超まずかった。でも、サハラが来てくれてうれしかったな。午後には、ネット通販で頼んでおいた新しい護身用兵器が届いた。これで、宮島家はあと十年は戦える……別に、敵なんていないけどね(笑)」


 またページを捲り、読む。


「1月28日。特に何も予定が無い日だったので、探検に出た。北の森は、やっぱり一人じゃこわくて入れない。誰か、一緒に行ってくれる人いないかなぁ。夜ごはんにあの中華料理屋さんに行った。やっぱり美味しい」


 また次のページ。


「1月29日。ママに女子寮を追い出されたことと学校サボってることがバレた。パパが口を滑らせたらしい。サイアク。パパ許せない。サイアク サイアク サイアク! ていうか、ママも何で帰って来るのよ。折角、悠々自適な生活を満喫してたところなのに……。あーあ、ひとりぼっちになれたら……。でも、それも寂しいからやだ。ええい、わたしのワガママ! こんなんじゃダメだ!」


 次のページ。


「1月30日。久しぶりに学校に行った。何となく居場所が無い感じが嫌だった。知らない間にクラスの人々の半分は入れ替わっている。何この異常世界。わたしは、もっと普通の学校に行きたい。本の中の世界にはそれがあるのに、どうしてわたしは、あの学校に居るんだろう。


普通の人間関係が欲しい。寂しい。都会にだって行ってみたい。やりたいことは多くある。外の世界に行ってみたい。でも、それは、何だかこわい。今のままでは、わたしはダメだってことだけは確かだと思うけど、どうすれば良いのかわからない。他人のせいにしたくなる。パパとかママとかまつりとかのせいにしたくなる。


でも、それは、嫌だ。ダメだ。わたしは、そんなに卑しい心を持ちたくない」


 そこまで読んで、紅野明日香は日記帳を閉じた。


 そして言うのだ。


「……何か、かわいそうな子ね」


 それが感想らしい。


「そうだな……」


 俺も、同様の印象を受けた。


「だが、悪い子ではなさそうだぞ」


 その前に、本当に女の子が洞窟に住んでるってのが驚きだが……。


「変な子みたいで、少しこわいな」と明日香。


「安心しろ。お前も十分変だから」


「何か言った?」


「いえ、あの、何でもないっす天使様」


「とにかく……住む場所が見つかって良かったわ」


 いや、まて、ここには既に誰かが住んでるわけだろう。そしたら家主の許諾が必要なのではないか。それなのに、もう住む気でいやがる……。


「さて、それじゃあ達矢。掃除して」


「は?」


 今、こいつ、何て言った?


「この部屋汚いから、整理整頓してって言ったんだけど、きこえてる?」


「いや……あのな、明日香。一つ言わせてくれ」


「何よ」


「ここはお前の部屋ではないぞ」


「何言ってんの。わかってるわよ。だから掃除してあげるんでしょ。まず恩を売って、やがて……乗っ取る」


「乗っ取るぅ?」


「おっとしまった。つい本心を言ってしまったわ。とにかく、お近づきのしるしに、掃除してあげましょう。親切心。あくまで親切心よ」


「いや、しかし……」


「逆らうなら、洞窟内の電気全部壊して達矢をここに置き去りにするけど、良いの?」


 脅してきたぞ……。


「いや、やめてください」


「じゃあさっさと掃除して」


「わかりました……」


 従うしかなかった。


 闇は、闇というものは、それはそれは恐ろしいものなのだ。


 そして俺は、本棚に片付けるために、絨毯上に散乱している本の一つを手に取った。




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