最終章_1-3
で、紅野明日香と二人、図書館に来た。
当然、図書館内部に用は無いので、裏側に回る。
すると、『KEEP OUT』という文字の黄色いテープが貼られていて、赤いパイロンがいくつか並べられていた。
どうやらその広場は町中のゴミが集められてくる場所らしく、渦巻く風にのって乳酸菌飲料のプラスチック容器やら木屑やらビニールやら土埃やらがカラカラカサカサと音を立てて転がっていく。
「あからさまに怪しいわね……」
「ああ、そうだな」
本当に怪しかった。
「行きましょう」
明日香はそう言うと、パイロンを蹴り飛ばし、黄色いテープを引きちぎり、その奥へと進んだ。
「~♪」
鼻歌交じりに。
「なんか、楽しそうだな」
「そうねぇ……ちょっと、楽しくなってこない? だって『隠れ家』ってワードの響き! たまらないわねぇ!」
変な奴だな、と思った。
ちぎられたテープの破片はしばらく地面に貼りついていたが、すぐに耐えられなくなり、強めの風によって遥か上空に飛ばされていった。
明日香と二人、並んで歩く。
しばらく進むと、
「ここか? 洞窟って……」
確かに洞窟っぽい場所があった。
その先は深淵って感じで、闇が広がっていた。
「ここもまた……怪しいわね……」
「そうだな……」
「行くわよ」
明日香は闇に臆することなく、ガンガン進もうとする。
こわくないのだろうか。
何があるのかわからないのに。
いや、隠れ家があるってのがわかってるから、ワクワクしつつ、ガンガン進んで行けるのか……。
いやいや、しかし、闇に対する根源的な恐怖というものは、なかなか払拭できるものではない。
踏み出すのを躊躇って洞窟の入口で足踏みしていると、
「何してんのよ達矢」
「いや、足踏みをだな」
「何で?」
「闇というものが、恐ろしいのです」
俺は言ったが、
「はぁ?」
渋い顔をされた。
「とにかく、なんかこう、懐中電灯とか持ってきませんか?」
「……ん、ちょっと待って、達矢。そんなの必要は無さそうよ」
「え?」
紅野は、一度洞窟の外まで出て、地面に置いてあったカンテラっぽいものを手に取った。
木の枠に透明なガラス板を組み合わせ、内部に学校の実験で使うようなアルコールランプが置かれた箱で、手作り感あふれる感じのものだった。
「ほら、これ、借りましょ。明かりがあれば怖くないでしょ?」
「ま、まぁ、そうだな……」
正直、少しこわいけど。
「えっと、でも、火ィ点けるものが無いわね。達矢、ライターとか持ってない?」
「いや、無いな」
「煙草とか吸わないの?」
「未成年だぞ」
「あぁ、そっか。じゃあ、マッチ――」
「マッチも無い」
「チャッカマ――」
「無い」
「役立たず……」
「何か言ったか?」
「いやぁ、役に立たないなって」
はっきり言ってきた。役に立たないと言われると、奮い立たずにはいられない。男の沽券にかかわるというやつだ。
「よしわかった! それじゃあ原始的な方法で火を起こしてやろうじゃないか!」
俺は言って、近くに落ちていた木片と、木の棒を手に取った。
そう、縄文時代のような火の起こし方をしようというのだ。
俺は、木の棒をドリルのように回転させ、木の板を貫かんとする勢いで回転させた。
はじめての摩擦発火法に挑戦である。
「うおおおおおおおおおお!」
俺の頭の中だけで火花が散るが、手が痛いだけでなかなか発火しない。
それどころか、煙すら出ない。
そんな時、明日香は無言でしゃがみ込み、どこからか取り出した虫眼鏡で、どこからか取り出した黒い紙に太陽光を集中させていた。
次の瞬間、音を立てて発火した。
明日香は炎を素早く近くに落ちていた木片に移す。
俺は、木を擦り合わせる手を止めた。
「達矢、もうちょい科学的に何ができるか考えた方が良いと思うよ? せっかく晴れてるんだから」
ふっ、なるほど。
レンズによる集光発火という手があったか。
こういったケースは摩擦発火で何とかせねばならないという固定概念が邪魔をして柔軟な発想が阻害されてしまったわけだぜ……。
「達矢って、もしかして、バカ?」
「断じて違うぞ。それは誤解だ」
「ふーん」
明日香は笑いを含ませながら、アルコールランプに火を灯した。
透明度の高い青っぽい炎が上がる。
明日香は、それを持ち運びのできる手作り感溢れるガラスケースの中に置き、ケースごと持ち上げた。
闇を照らすアイテム、燭台の誕生だった。
誰の所有物か知らないが、とりあえず借りることにしよう。
明日香は炭になった木片の炎を踏み消しながら、言った。
「さて、準備オーケーね。それじゃ行くわよ」
「おう」
そして俺たちは、隠れ家があるという洞窟に足を踏み入れた。