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最終章_1-2

 屋上へ行くことにした。


 やはり、高いところに登って、この町を見渡してみるべきだろう。


 全く論理的ではないが、俺は残念ながら論理的思考だとか秩序という言葉とはよく対立するようなアレな人間なのさ。


 で、コソコソと人目につかないように中庭を遠回りして、昇降口へ。


 閑散として静まり返った昇降口で靴を脱いで放置した。


 階段を登り、登り、登り、登って、辿り着いた屋上。


 引き戸は既に開いていた。


「さて、どんな景色かな、と」


 ポケットに手を突っ込んだままトントンと、つま先歩きで外に出ると、


「うぉっと」


 いきなりの強風。びゅうびゅう吹いとる。風の力だけでバランスを崩しそうになった。


 もしも俺が三歳くらいの子供だったら吹き飛ばされてしまうような、そしてフェンスに打ちつけられて、「フェンスがなければ即死だった」とか言うような。


 ――って三歳の子供そんなこと言わねえだろ。


 自分でツッコミを入れてみる。


「っはぁ……果たして、この学校でツッコミ入れ合ったりできる関係築けるかなぁ……」


 不安だ。


 だがまぁ、それにしても、これは、良い景色だ。眼前に見える風景に、俺は感動をおぼえた。


 この町で最も高いところにある学校の屋上からは、町全体が一望できる。


 フェンスも低くて視界を遮ることもなく、素晴らしい風景が見渡せた。


 坂の途中には、いくつもの風車が太陽を向いて咲いている向日葵みたいに一定方向を向いて並んでいて、そして、坂の麓には商店街。高低差の少ない平らかな場所には、背の低い建物が並んでいて、あれは住宅街だろう。


 で、住宅街の中間に広がる浮島が二つある湖と、その先には、強風を生んでいる隙間。直線的な長方形の裂け目があった。裂け目はまるで窓枠のように綺麗な直線で、昇りはじめた太陽と、それに照らされて光る海を切り取っていた。


 綺麗だった。


 ここをお気に入りの場所にしようと思った。


 ただ、風が容赦なく俺の目とかを襲うので、それが難点だ。


 目が乾いて、しばしばするぅ。涙出そう。


 と、その時、


『本日転校してきた戸部達矢くん、紅野明日香さん。登校していましたら、至急職員室まで来てください』


 いきなり校内放送で呼び出しだよ。


 確かに今、戸部達矢という俺の名が呼ばれたよな。


 初日から遅刻で、初日から呼び出しくらうとか、何かの主人公か俺は。


 これで見ず知らずのパンくわえた女の子と衝突したりしたら完璧な朝だな。


 とか考えた時、


「きゃ――」


 どぐしゃっ。


「はうあっ!」


 突然の頭頂部への衝撃に俺はうつ伏せに倒れ、額をコンクリに強打した。


 何だ! 何事だ!


「あやぁ、ごめんなさい。まさか下に人が居るとは思わなくて」


 それは、女の子の声だった。


「いててて……な、何が起きた……?」


 俺はぶつけた額を押さえながら立ち上がり……前を見た。


 涙で(かす)れた視界に制服姿の女子が居た。


 どうやら、その女子が少し高い所から降って来たらしい。おそらく、給水塔のある屋根部分からジャンプしたのだろう。ちなみに、パンはくわえていなかった。


「にしても、しょっぱなから呼び出しかぁ~。参ったなぁ」


 その女子は、短い髪を風になびかせながら言った。


 俺はしばし黙り、じっと見つめてみる。まるで芸術を観賞するように。


 スポーツでもやってそうな短い髪、個々のパーツにさほどのインパクトは無いが、バランスよく配置された整った顔はどことなく表情が豊かそう。全体的にはすらっとしていてスマートな感じだ。


 ふむ、控えめな胸は難点だが、そこそこ可愛いじゃないか。いかにも普通の女の子って感じで。いや、まてよ。もしかしたら風に吹かれているから可愛く見えるのかも知れない。風に吹かれている女子は二割り増しくらいで可愛いく見えるからな。


「……何見てんのよ。ていうか、あんた誰?」


 他人の上に落下しておいてケロっとしているだと?


 なんつー不良だ。


「俺は、今日転入してきた戸部達矢だ」

 名乗った。


「へぇ、じゃあ今呼び出しくらった不良? やだこわい。近付かないでよ」


「お前も今、『呼び出しか~』とか言ってたじゃねえか。お前も転入生なのか?」


「ん、うん。そうだけどね。紅野明日香っての」


「紅野明日香……」


「呼び出しなんてかったるいわー。あたしは逃げるけど、あんたどうする?」


 何だと!


 教師陣からの呼び出しから逃げる?


 そんな思想を展開させるほどの豪の者なのか、この女。


 俺は、不良とはいえプチが付くほどの可愛い不良。だから、今までの人生で呼び出しにはちゃんと応じてきたぞ。すっぽかしたことなど一度も無い。


 もしや、この学校には、コイツみたいな突き抜けた不良が、うじゃうじゃなのか?


 これからの学校生活が不安で仕方ないぞ!


 しかし、不安がっていても仕方ない。


 どうすべきかを考えなくてはな。


 とりあえず紅野明日香と関わらず屋上から立ち去るのか、それとも紅野を連れて職員室に向かうのか。あるいは、一緒に……。


 あるいは一緒にフケるのか。


 ――って……俺は一体何を考えてるんだ!


 俺がこの学校に来た理由は、更生してプチ不良を脱却するため。


 なのに、この不良娘と一緒になって授業をサボるだと?


 正気の沙汰ではないぞ。


 だって、俺は更生するためにこの町に来ているのだ。それなのに、転校初日から学校行かないなんて不良行為に及んだ場合、悪い方向で後世に名を残してしまうかもしれない。


『戸部達矢、学校をサボる』


 という一文が歴史教科書の年表に記されてしまうなんてことになったとしたら……そんなものは末代までの恥!


 歴史上の遅刻&無断欠席常習者の代名詞になるわけにはいかないっ!


 俺は、彼女の腕を掴もうとした。が、


「甘いわぁ!」


 ガシィと、逆に掴まれた。


「なにぃ!」


 彼女は「ふふ」と笑ってる。


 かと思えば、今度は「ねぇ……」とか小さな声で話しかけてきた。


「ん? 何だ」


「どっかで会ったことある? 私たち」


「さぁ……そんな記憶は無いが……」


 でも、言われてみると確かに会ったことがあるような、そんな気がする。


 ていうか、早く手を離して欲しいんだが。


「ところで……達矢……だっけ?」


 いきなり名前を呼ばれたぞ。


「そうだぞ、明日香」


 俺も対抗して名前で返す。


 すると、突然、明日香は言った。


「むっ、どこからか邪気を感じる」


「は?」


 何言ってんだ、こいつ。唐突に。あまりの唐突さに顔を思い切りしかめてしまったぞ。


 しかし明日香は、そんなことを気にすることなく、掴んでいた俺の手を引っ張って、


「私についてきて!」


 言って、走りだした。グイッと引っ張られる、腕。


「うぉぁっ」


 急に何だ!


 屋上の引き戸が開かれ、手を引っ張られたまま、階段を下り、廊下をダッシュし、昇降口で紅野明日香は靴を履き替え、靴下だった俺も先刻脱いだ靴を履いた。そして、中庭を通り抜けて校門を出る。


 手を繋いだまま。


 坂を下る。風車並木を抜けて、商店街も通り抜けた。そして、二人、同じタイミングで坂の上を振り返った。後、明日香と目が合う。二人して見つめ合い、頷いた。


 再び走り出そうとした時、目の前に、見知らぬ、しかしどこかで見たことがあるような女が立ちふさがっていた。


「……どこに行くつもり? 紅野さん」


 目の前の謎の女は、明日香に向かって訊ね、


「……だれ?」


 明日香は俺に向かって訊ねた。


 しかし、俺はその女の子の正体を知らない。


「さぁ……」


 俺はそう答えた。


「転校初日に、堂々とエスケープとはね。限りなく不良だと言わせてもらうわ」


「……いや、お前もここに居るってことは、サボってるんだろ。不良だな」


 俺は言い返した。すると、その女は、


「あなたたちほどではないけどね」


 などと挑発じみたことを言ってきた。


「ていうか、誰ですか?」


 明日香が訊くと、


「私は志夏。伊勢崎志夏」


 彼女は名乗った。


「そう、それで……何か用?」


「私は、あの学校の最高権力者である生徒会長なんだけど、紅野さんと達矢くんは、学校サボッて何処に行くつもり?」


「どこって……ねぇ、達矢。私たちは何処に向かってるの?」


「俺が知るもんか」


 わけのわからない会話が進行している。


「どうして紅野さんはすぐに逃げるの?」


 すぐに逃げる……?


 まるで明日香のことを知っているような言い回しだ。だが、明日香の方は生徒会長を名乗る彼女のことを知らない様子。


「……志夏、とか言ったっけ」


「そうよ、紅野さん」


「さっきから、知ったような口きいて、あんたに私の何がわかるっての?」


 明日香は生徒会長の志夏に反抗した。


「わかるわよ。すぐに逃げる人よね、紅野さんって。達矢くんは、まぁ、時々立ち向かう時もあるんだけど、紅野さんはいっつも逃げてどっか行っちゃう。もう本当にしょうがない人よね」


 志夏は明日香にケンカを売ったようだ。


「だって、誰かに追われているような気配がするんだもの」


「……そうね」


 すると、明日香は志夏の至近にずずいと近寄り、


「そうね、って何か知ってるの? 私を追いかけてるものの正体とか、知ってる風な言い方だったよね! 誰? 何なの? 何が起きてるの? 私の知らないところで何が?」


 早口でまくし立てた。


「えっと、それは、詳しい事はわからないから、言えないけど……」


「でも、私は確かに追われてるのよね。私の勘は当たってるってことよね!」


「え、ええ……まぁ……」


「よかったぁ……」


 紅野明日香は安心した。


 安心することじゃないような気がするのは気のせいだろうか。追われてるなら危険じゃないか。


「あぁ、えっと、生徒会長の志夏さん……だっけ?」と俺。


「ええ。何か?」


「明日香を追ってる人が居るってのは……マジなんですか?」


「マジよ」


「そ、そうなのか、てっきり明日香が変な奴なんじゃないかって思ってしまってたぞ……」


「はぁ? 何だって?」


 横からおこられて、「す、すいません」と思わず謝らされた。


 すると明日香は、溜息を一つ吐いて、


「で、何が目的なの? あんた」


 志夏に向かってそう訊いた。


「そうね……私は生徒会長である前に、この町の者なのよ」


 さっきからイライラしている明日香は厳しい口調と視線で、


「だから何なの」


 志夏の方は冷静なもので、顔色も変えずに言う。


「私の目的は、この町と、この町に暮らす皆を守ることだから」


「だから?」


「だから……もしも紅野さんが安易にこの町を出て行こうとするなら、それを力ずくでも阻止したいの」


「は? 何で私がこの町を出て行こうなんて考えてること、知ってるの?」


 考えていたらしい。


「神だから」


「は?」と明日香。


 神?


 神と言ったか、今。


 何、この変な人。


「でもね」と志夏。「神だって万能の力を持っているわけじゃない。たとえば全知全能と言われる神だって、力の及ばないエリアはある。そういうことよ」


「ねぇ、達矢……この人、何言ってるの?」

 明日香がヒソヒソ声で話しかけてくる。


「いや、俺に訊かれてもな……」

 俺も小声で返した。


「変な人よね……」


「そうだな……」


「何とでも言えば良いけどね、とにかく、この町を出て行こうなんて考えたら、あまり良い結果にはならないってことは、頭の隅にでも置いておいて」


「何で?」と紅野。


「何ででしょうね」


「だから、あんた何なの? 本当何なの?」


「神だってば」と志夏。


「こらこら、何だこの異次元会話は。冗談はそのくらいにしてだな……」


「冗談? 冗談じゃないわよ。私は神で、この町を守りたい。そのために、この町の外に紅野さんと達矢くんを出すわけにはいかないの。わかった?」


「だから、言葉が足りなくてわからねぇっての。だいたい、いきなり出てきた不審な女を信用できるわけないだろう。なぁ、明日香?」


「そうよそうよ」


「あら、それじゃあ、紅野さんとは出会ったばかりのはずよね。紅野さんのことも信用できないっていう話にならない?」


「それは……」


 確かにそうだ。


 そうだが……いや、やっぱり違う。


「……いや、明日香とは、初めて会った気がしないんだよ、何となく」


「あら、奇遇ね、私も達矢には以前どこかで会った気がしてるのよ」


 紅野明日香はそう言って、俺に向かって笑いかけてきた。


「ふっ、そんなことを言うのなら、私なんて何千回、何万回と色んな出会いと別れを繰り返してるのよ。神だから」


「やっぱ、変な人ね」


 また険しい表情に戻ってヒソヒソする。


「ああ、精神に異常をきたしているのかもしれん……」


「失礼な人たちねぇ」

 呆れたように志夏は言った。


 だが、俺としては、一方的に呆れられるのは何となく許せない。


「そうは言ってもな、だって志夏が超変なことばかり言うからだな……」


「とにかく」と、志夏は俺の言葉を遮って、「忠告はしたからね。これでも町の外に出ようなんて考えるようだったら、私はあなたたちに絶望するわ。オーケー?」


「絶望……か。そこまで言うなら、まぁ、この町を出て行くのはやめるけど……でも、それでも私は追われる身なんでしょう?」


「ええ、そうよ」


「だったら、何処に逃げれば良いの?」


 明日香が訊ねたところ、


「そうねぇ……図書館の場所、わかる?」


 志夏はそう返した。


「達矢、わかる?」


 俺に訊いてきた。本来なら、わかるはずがないと思うだろう。しかし、実は知っているのだ。


「ああ、図書館なら、町の西側にあって……学校のちょい北にあるってのは調べてきたから知ってる。この町を紹介するウェブサイトがあってだな」


「へぇ」


「そうね」と志夏。「その図書館の裏にね、けっこう深い怪しげな洞窟があるんだけど、そこなんてどう? 女子寮は危険だし、男子寮の達矢くんの部屋も色んな意味で危険だし、学校に住むのも危ない。図書館も、誰かの家もね。この町で紅野さんにとって安全な場所は、ほぼ無い。そんな中で、唯一、紅野さんがこの町に留まれる場所がある。それが、その深い洞窟の中の隠れ家」


「何それ」


「行ってみればわかるわ」


 志夏は言って、俺たちの横を過ぎると、坂を風のように駆け上がっていった。


 颯爽と。


「…………何なの、あの子……」


 不審がっていた。


「さぁな……とにかく、その図書館裏の洞窟の隠れ家とやらに行ってみようじゃないか」


「……まぁ、いいけど」


「「何となく、そうした方が良いような気がするから」」


 俺たちは声を揃えて、そう言った。


 言った後、声が揃ったことにびっくりして顔を見合わせた。




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