紅野明日香の章_4-3
夜になった。雷はおさまったが、未だ雨は降り続いている。
紅野明日香はまだ俺の部屋の隅っこで膝を抱えていた。いつでも押入れに飛び込める位置で。
きっと、悩んだと思う。まだ、悩んでいると思う。学校に転入して三日ほどしか経っていないが、仲良くなった人々も多い。紅野が、これから仲良くなれると感じている人間も居るだろう。たとえば上井草まつりとか。でも、その蕾のような関係を捨ててでも、彼女は逃げたいと言った。その決断を耳にして、俺はどうするべきなのだろうか。
紅野明日香が気配を感じるというのが、疑心暗鬼から来る錯覚だという可能性もある。とかまぁ、そういったことを考えていた。仰向けに寝転がり、天井から吊り下がるペンダント照明を見つめながらずっと、考えていた。
この街から抜け出す方法……ねぇ。
それは、空を飛んで山越えを果たすか、昼間に若山って男が言っていた言葉を信じてショッピングセンターの地下にある外の世界と繋いでいるトンネルから脱出を試みるか。どちらかを選べと言われれば、
「地下しかないだろうな」
ついつい声に出して呟いた。俺は空の飛び方なんて知らない。
「え? 今、何て?」
「あ……」
声に出してしまったのを彼女の耳が拾ったらしい。
「もしかして、脱出経路を考えていてくれたの?」
おおう鋭い。見事、考えてることを言い当てやがった。
ツーカーの仲というやつか!
いやまて、俺は紅野の考えてることを読み取れるわけではないから、ツーの仲になるな。
「いや、まぁ……」と口ごもるしかない。
「そうなのね!」
「そうです」
観念した。
「あるの? 逃げる方法」
「無いことはない。けどな、脱出が成功する可能性は極めて低いと思う」
「それでも良いの。可能性があるなら」
「本当に、良いのか?」
「うん。教えて。脱出方法!」
仕方ない。
ここまで言ったら、もう教えてやるしかないだろう。
「実はな、本当か嘘か、定かではないんだが」
「うんうん」
「地下から街の外に続くトンネルがあるらしい」
「どこに?」
「ショッピングセンターだそうだ」
「あっ、そっか。それで商品の補充とかが早いんだ」
納得している。何か心当たりがあるようだ。
「現状、最も可能性があって、現実的な経路はその見たことも無いトンネルなんだが……」
「ふむ……」
「紅野、確認だ。本当に出るのか、この街を」
「うん。それは、もう決めた」
即答する紅野明日香。
「そうか。決行は、いつにする?」
「今っ」
「今ッ?」
急展開過ぎる!
打ち切りマンガか何かなのか、これは。
「もう、嫌なの。この街には、嫌な感じがするの。何となく」
うーむ。女の勘というやつか、それともただのワガママか。ただ嫌な予感ってのは何となく理解できる。俺もおぼろげにではあるが、感じているからな。
「……お願い」
あぁ、もう、可憐な女の子の「お願い」は叶えたくなっちまう。これは男としては当然の感情なので仕方ない。
「よし、わかった。行こう」
「ありがとう!」