逃避行の章_Ending
「明日香」
「何よ」
「お前は、俺が守るからな」
「何言ってるのよ。自分の身くらい守れるわよ」
「雷にあんなにビビッてたくせに」
「なっ! あ、あれは……だって、雷だもん」
「かわいいな、お前」
「なっ、ななっ、ば、ばかにするなぁ!」
「褒めてんのにな」
明日香はしばらくムッとした表情をしていたが、やがて一つ溜息を吐いて、
「でも、言ったからにはちゃんと守ってよね」
居心地よさそうな笑顔を見せてくれた。
そんな顔を見てしまったら、うれしくなってしまうではないか。
「明日香」
「何よ」
「好きだぜ」
「…………」
明日香は、卑怯なことに何の言葉も返さなかったけれど、
代わりとばかりに、俺の左手を強く握った。
細くて天井の低いトンネルは続く。
この先の都会で、俺たちはきっと、いくつもの嘘を重ねて生きて行くだろう。
いつか、全てが報われる日まで。
☆
たとえば、二人は、やらかしながらも生きていけるかもしれない。
たとえば、二人で火の海に立つことがあるかもしれない。
たとえば、二人で怯えながらも自由に生きていけるかもしれない。
愛し合い、助け合い、笑い合い、信じ合い、やがて緩やかに一人ずつ寿命をまっとうするかもしれない。
もしかしたら蓄積された奇跡と悲劇の狭間にて、限りない幸せを感じて過ごせるかもしれない。
だけど、そんな終わりを、私は望んでいるわけではない。
倒れる風車、形を失う建物、煙に満たされた灰色の世界。
誰も居ない。
こんな終わりを、私は望んでいるわけではないから。
【つづく】