逃避行の章_4-8
レストランに行って明日香を怒らせてはいけない。しかし、なるべく早く明日香に謝罪して前言を撤回した上で明日香の夢を認めていることを伝えてあげなくてはならない。
実際、屋上キックネタを持ち出したのはただの冗談であり、本気で明日香の夢をバカにしているわけでもなければ、先生という職を目指すのがバカげているとか身分相応じゃないとか思っているわけでもない。教師に恨みがあるわけでもない。
そりゃ教師が明日香の適職かと言われれば、あんまし性に合ってるとは思えないけれど。
だから、言わねばならない。誤解だよ、冗談言ってゴメンよと。俺が全面的に悪いよと。
とにかく一刻も早く謝るべきだ。
その、謝り方をどうするのか。
許されるのなら、店の前で土下座しつつ叫ぶとかで誠意を表明できるかもしれないけれど、きっとさっきのおねえさんが「お客さんに迷惑よ」と言ってくるんじゃないか。怒られるだけ怒られて首根っこつかまれて明日香に会えないという可能性が高い。
じゃあ、出待ちでもするか。いやそれこそ怪しくてお客さんを警戒させてしまうのではないか。
というわけで、俺は良い方法を持っていそうな店長の若山さんを探した。
しかし、探しても探しても若山さんの姿は店のどこにも無く、そういや、誰かとデートとか言ってたっけなんてことを思い出し、若山さんに教えを請うのは諦めた。
どうにも女の子の扱いというのは難しい。
いや、今回のは女の子でなくとも憤慨するようなことを俺がしてしまったような気もしてる。
だからって、黙って立ち去った挙句に俺を避けることもないのに。
気まずさを何とかしたい。
でも、謝り方を一歩間違ったら修復できないところまで行っちゃいそうで、謝るのもこわい。
ああ、どうしたらいいんだ。
素直に、正直に、思っていることを言おうか。やっぱり、それしかないと思う。単純な俺に駆け引きなんてのは無理だ。
きっと、何とかなるはずだ。
問題は、明日香に会えるかどうかだ。俺のイメージが嫌なやつで固定される前に、必死に明日香に思いを伝えなくちゃならない。
明日香はすぐ変な風に誤解するから参る。って、いやいや違う。こんなこと思っちゃいけない。俺が思わねばならないのは、明日香が先生になることを心から応援してるってことだけだ。
たとえ俺を屋上から踏みつけにしたり、骨折るよと脅してきたり、俺を子分扱いしたりと、少々目に余るお転婆ぶりを見せていたとしてもだ。きっと明日香もこの掃き溜めの町から出て大人になれば、将来は立派な先生になれる。そのはずだ。そう信じよう。
他の誰かが信じなくても、明日香自身がそれを信じきれなくても、俺が誰よりも信じてやろう。
それが、俺のうっかり失言への責任の取り方なんじゃないだろうか。
俺はシャッターの下りた店内を駆けた。