逃避行の章_4-7
明日香に会いに、レストランに来た。先刻、明日香の着ていたウェイトレスの服は洋食屋さんのものだった。
しかし、しかしだ。洋食屋に行ってみたのだが、明日香は休憩から戻っていないという。
どこへ行ってしまったのかと慌てふためく俺に、ウェイトレス装備の店のおねえさんは、
「どうしたの? 喧嘩でもしちゃった?」
などと見事正解なことを言ってきた。
ただ、ええそうですと答えるのもなんだかプライドが許さなかったので、半笑いで「そんなんじゃないっすよ」と答えて、頭を下げて別の場所を探すことにした。
既に閉店したエリアはシャッターが落ちていて、昼間とは全く違った様相を見せている。そこは既に店ではなくただのシャッター壁の通路と化していた。
明日香の姿は見当たらない。
出入り口、透明なガラス自動扉から外を見る。この雨の中を外に出て行ってしまったのだろうか。真面目な明日香が、仕事をサボってまで飛び出してしまったのだろうか。
そうさせてしまうくらいに、俺はひどいことを言ったのかもしれない。
夢の侮辱。
明日香が先生になんてなれないよ、と言ったも同然だったかもしれない。あんな時に、冗談を持ち込んでしまった自分の未熟さを恥じたい。あそこで屋上キックネタを持ち出すべきではなかった。
明日香に、「あんたなんかが元いた町に帰るなんて絶対無理よ」と言われたら、俺だって怒るだろう。俺がやったのは、そういうことだ。
「どこ行ったんだ、明日香……」
早く、謝らなくては。
と、その時、先刻明日香のことを訊ねた洋食屋の人が立ち尽くす俺の方に歩み寄って来た。
「おーい少年。ちょっといい?」
「あ、はい」
何だろうかと思って警戒していると、そのおねえさんは、明日香の居場所を教えてくれた。
「戸部達矢くんだよね。実は、さっきはね、明日香ちゃんに追い払ってくれみたいに言われてたからああ言ったけど、安心して。明日香ちゃん、別にどこに逃げたわけでもなくて、ちゃんとお店で働いてるから」
俺は思わず安堵の溜息を漏らした。
「そうですか。よかった」
「好きなのね、明日香ちゃんのこと」
何となく他人にそう言われて頷きたくはないが、否定する理由も見当たらず、俺は何となく黙り込み、やがて別の質問ではぐらかした。
「明日香のやつ、怒ったりしてませんでした?」
「会いたくない追い払ってって言うくらいだから怒ってるでしょ、フツーに考えて」
「やっぱ、そうっすか」
「そこで、おねいさんは愛し合う若い二人のために仲直り作戦を考えた」
「どんなんですか?」
「それはね達矢くんの……あれをああしてああすれば、明日香ちゃんがああなって、ああなっちゃう……」
だいぶエロいことだった。
「あの、えっと、そういうことは、若山さんから禁止されているので」
「えー、何でよ。てんちょーはおカタいな」
「高校生という身分を忘れないようにって言われて」
「何をいいますか。高校生なんて皆そういうことに興味津々でしょうに」
「あの、つかぬことを伺いますけど、おねえさんは、何をして……?」
「ん? 何をしてこの町に来ちゃったかってこと? ふふん、不純異性交遊」
ニコニコ笑顔で何を言ってるんだろうか。
「ま、とにかく少年、あたしの見立てだとね、さっさと謝らないとやばいよ。会いたくないって感じだったけど、早く面と向かって謝らないと将来ずっと『あの時、全然あやまってくれなかった』みたいなことネチネチと傷をエグるようにして言われ続けると思うよ」
ありうる。明日香は基本的に優しくてサバサバしているようでいて、けっこう内面はしつこい性格な気がするから。
「わかりました」
「でも、店に来ても門前払いされるし、明日香ちゃんが怒ってるの他のお客さんに見せるのはダメだからさ、んと何故かっていうと店員同士が仲悪そうにしてるのをお客さんが見たら嫌な気分になるっていうか、とにかく迷惑だから店には来ないでね」
「はい、ありがとうございます!」
「じゃ、あたしは仕事に戻るから」
そしてパタパタと小走りで、おねえさんは去っていった。