逃避行の章_4-5
真新しい畳が敷かれた八畳ほどの部屋に、俺たち二人は住むことになった。
ショッピングセンター店長である若山さんが住居を提供するにあたって出してきた条件がある。
それは、高校生という身分を忘れないこと。
重大な校則違反に該当する行為を行った場合、給料を没収した上でタダ働きというわけだ。そういう誓約書も書かされた。
俺は家電売り場を、明日香はレストランをそれぞれ選択した。
初日なので互いに研修用の名札をつくってもらい、店に出る。休憩に入ると、あてがわれた宿直室なる一室で休む。
互いの休憩時間は、なかなか重ならず、交互にメモを残して会話するという、高校生らしく可愛らしい交換日記みたいなものに興じたりした。
明日香から『きつい、やめたい』とかいきなり弱音が飛び出て、『冗談だろ』と返す。すると何があったのか、うきうきした筆跡で『やっぱり楽しい。達也もレストランにすればよかったのに』とか言ってきた。『そうか、こっちは楽しくはないが楽だぜ。あと俺、達也じゃなくて達矢な。字が違ってんぞ』と返すと、『ごめん。名前まちがっちゃって』とか申し訳なさそうな字だったので、『気にするな』と返した。次の休憩時間には、俺の残したメモがそのまま残っていて、明日香はまだ戻ってきていないようだった。
そして、次の休憩時間は同時だった。初めて互いの休憩時間が重なった形だ。晩飯の時間になり、明日香がレストランの料理を持ち込んで、「仲直りの印に、一緒に食べようと思って」とか言って笑った。
仲直りもなにも、喧嘩なんて全くしている気はなかったし、怒ってすらいないのに。どうも明日香は名前を間違ったことで俺が怒ってると想像していたようだ。心外だ。そんなに心の狭い男ではないのに。
俺が、別に怒ってなかったと告げると、明日香は、
「なんだ、よかった」
と言って、俺のそばに寄り、俺が咄嗟に隠した空っぽのパン包装袋を発見すると、今度は明日香の方が急に眉をつり上げて怒り出し、
「一緒に食べようとか思わなかったの? いろんな骨折るよ?」
と一転して脅してきた。
「いや、でもなぁ、同じ時間に休憩入るとは思わなかったし、腹減ったから、下に行ってパン買って来ちまった」
「やっぱ怒ってるんでしょ? 名前間違ったから」
「ちげーよ。そんなこともう気にすんな。それよりも、ほら、まだ腹減ってるから、それ一緒に食べようぜ」
俺は、レストランから持ってきた銀色の岡持ち的なものを指差した。
怒りがおさまらない様子の明日香はテーブルに放置されていた『気にするな』という俺のメモを手にとって丸めて捨てると、なんだか急に晴れやかな表情になって置かれた皿を四角くて背の低いテーブルに並べていった。
中からは、ビーフシチューとナポリタンスパゲッティとコロッケらしきもの。そしてライスが二人分飛び出してきた。
「先にパン食べてたんなら、ちょっとこれ頼みすぎかな。食べ切れなかったらどうしよう」
「……ありがとな、明日香」
「や、別に、たタ、達矢のためじゃないし」
目を逸らしながら言っても説得力ないんだけどな。
ま、明日香の分も買っておいたパンは、明日こっそり食べるとしよう。
そして見かけによらず大食いの明日香は、なんだかんだ言って、全ての皿を平らげた。つまりは、三人前くらいをあっさりと飲み込んだようだ。
食べ切れなかったらどうしよう、なんて言葉が出て来たのが嘘のようだった。