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逃避行の章_4-2

「や、やぁ、達矢」


 何故か、制服姿の紅野が自室の押入れに居るではないか。


 まてまてまてぃ。記憶を辿れぇ。紅野明日香を此処に招き入れた記憶は無い。断じて無い。別に昨日酒飲み過ぎて記憶が飛んでいるわけではないよな。そうさ、俺は未成年だから酒のめないし、未成年飲酒ダメ・ゼッタイ。


 混乱した。思考が乱立した。


 落ち着け。


 お、ち、つ、け、俺。


 これから起こる出来事を整理したがる俺の脳みそ。


 女子を自室連れ込み→不純異性交遊疑惑→不良扱い→容赦のない糾弾→帰れない→エロ番長のレッテル→容赦のないイジメ→絶望――


「――何しとんじゃあああ!」


 公衆トイレのラクガキ的な思考を振り払うように、俺は叫んだ。


「しっ! 静かにっ!」


 押入れの中で慌てた様子で、口元で人差し指を立てる紅野明日香。


「な、何でお前っ、ここに」


「あの、あんたしか、頼る人いなくて」


「は?」


「あのね、私、誰かに、追われてるみたいなの。それで、助けを求めに来たんだけど、あんた居ないし」


「そ、そうか……」


「あやまりなさいよ!」


「いや、何で」


「こわかったんだから」


「はぁ、ごめん」


「ったく」


 紅野明日香はイライラした様子で言うと、暗い押入れを這い出て立ち上がった。


 と、その時――


 ゴロゴロ、ビシャアアアン!


 稲光と共に轟音が響き、


「キャァア」

 なんと抱きついてきた。


「え……あの、紅野さん……?」


「あっ!」バッと離れ、そして、「あやまりなさいよ!」


「おう……ごめん」


 でも、あれ、何で俺、謝らなくちゃならないんだ。抱きついてきたのはそっちだろうが。


「お前、雷、こわいの?」


「……うん」


 目を逸らして僅かに頷いていた。ちくしょうめ、可愛いじゃねえか。


「で、紅野は何でここに来たんだっけ?」


「だから、誰かに追われてるの!」


「……誰に?」


「わからないわよ!」


「上井草まつりとかじゃないか? 寝首をかこうと虎視眈々かもしれん」


「あの子は、そんなことしないわよ」


「そうなのか」


「そうよ」


「じゃあ誰が」


「知らないってば」


「何でお前は知らない誰かに追われてるんだ?」


「わからないの」


「万引きでもして、店員に追われてるとか」


「殴るよ?」


「すまん」


「私が思うに、不良どもじゃないかと思うの」


「不良? 不良って言うと、昨日お前の髪の毛引っ張った末、まつりにシメられてたあの集団のことか?」


「うん。きっと、性懲りも無く恨みを晴らそうとしてさ」


「なるほど」


 考えられないこともない話だ。


 風紀委員長である紅野を倒して風紀委員という概念を破壊すれば、学校に再び群雄割拠の戦国時代が訪れる……と思う。風紀委員が居なかった頃の学校のことなんてこれっぽっちも知らんが。


 しかしまぁ、仮にそうなるとして、その政変とも言うべき現象を引き起こしたいがために紅野明日香の身柄を何とかして確保したがる不良がいるのも、頷ける話だ。どうせまつりに蹴散らされると思うがな。


 だが不良とは得てして先のことなど考えられないものなのだ。俺もそういう傾向あるし。


 まぁ俺は不良といってもプチがつくほどの可愛い不良だが。


「ねぇ、そう思うでしょ?」


 紅野明日香は同意を求めてきた。

 だが、違うと思う。


 何となくだが。あの不良どもも、そこまでのことはしないような気がする。


「とはいえ、情報が少なすぎて断定する根拠が無いからな」


「じゃあ、説明するね」


 そして紅野は説明を始めた。


「あのね、朝、出かけたら、誰かに見られているような気がして、走ったんだけど、気配が消えなくて……人の多い所に行こうと思ったんだけど……でも、もしも道行く人が、全員不良で、私に悪意を向けてたりしたらって考えて、こわくて、人の居ない道を走って、できるだけ広い道を通って寮まで戻ったんだけど、見られてる感じが消えなくて、こわかったからコッソリ抜け出して男子寮に忍び込んだの」


「そしたら気配はどうなった?」


「なくなったの。たぶん、女子寮を監視してるんだと思う」


「よく、気付かれずに抜け出して来れたな」


「まぁ、私、家出のプロだし」


 何だそれは。プロなんて無いだろ。


「警戒されている中で隙をついて親の目を盗むのは、それはそれは難しいものなのよ」


「そうなのか。不良だな」


「そうね。でも、その不良さが役に立ったわ」


「ていうか、家出とかしてたのか?」


「うん」


「何で」


「随分踏み込んだ質問するのね」


「そうか? まぁ、そうか」


 やや嫌な感じの無言空間があって、紅野明日香が先に口を開いた。


「まぁ、いいわ。教えてあげる」


「ん、ああ」


 そして、紅野明日香は言った。


「私は愛されていないのよ」


「愛されていない?」


「そう、親に。信じたくない話なんだけどね、私の『かざぐるま行き』の話を、前の学校の教師の所に提案したの、父と母だっていうんだもん。『明日香のためなんだ』とか言われたけど、もう全く意味がわからないよね」


「それは、あれじゃないか。家出娘を何とか更生させたかったんだろ。それで抜け出すことのできないこの街に――」


「違うっ! この街は、家出の更生に使われることなんて無いの。対象となるのは、学校生活の素行だけのはずなの。そして私は品行方正だった! 学校では!」


「そうなのか」


「そうよ」


 しかし、紅野の価値観と、一般人の価値観がズレている可能性だってあるからな。何とも言えないところだ。


「私の学校では、『かざぐるま行き』になるのに明確な基準があって、私はその基準に引っ掛かることなく過ごしてた。なのにっ」


「なるほど。だが、家出するほど、その……ひどい家だったのか?」


 すると紅野は首を横に振った。


 わけがわからん。ひどい家じゃないのに、何で家出するんだ。


「遠くに、行きたかったの」


「それは、あれか、自立したいってことか?」


「かもね」


 どうやら、そういう娘らしい。


「だが、この街からは――」


「わかってる。そう簡単には家出できないよね。だから、せめて少しでも楽しい日々を過ごして、そして家に帰って、また家出したいの」


「そうかい」


 どうあっても家出したいらしい。


 ただ、もしかしたら……これは推測に過ぎないのだが紅野は両親とのコミュニケーションとして家出を繰り返しているのではないだろうか。だとしたら、なんかとんでもなく不器用だな。


 と、その時、またしても――


 ゴロゴロ、ピシャァアアン!


 稲妻の轟音。


「きゃぁあ」


 そして、また、ひしっと抱きついてきた。


 何でこう、抱きついてくるんだ、この娘は。


「故意ですか」


 ここまで来ると、もう疑わしい。こう、スキンシップで俺を篭絡しようとしてるんじゃないかと。ってそんなわけないか。


「故意っ? 故意じゃない! 故意じゃ!」


 慌てる紅野と、突き飛ばされる俺。散々だぜ。


「あのなぁ、雷が鳴る度に抱きつかれてたら、たまらないんだが」


 そう、たまらない。色んな意味で。


「でも、だって……」


「あんまり叫ばれると、困るんだが」


「だったら雷鳴ったら私の口塞げばいいでしょ!」


「お前、それ……」


 なんだか、すごいことになりそうなシチュエーションっぽいので、ちょっと想像してみた。


  ★


 ゴロゴロ、ピシャーン!


「キ――むぐ……」


「声を出すな」


 紅野はコクコクと頷いている。


 俺は、左手で紅野の口を覆い、右手で……


 右手で……?


  ★


「――って右手で何をする気だーい!」


 俺は叫んだ。


「わぁ、何よ、急に」


「いや、口を塞ぐのは良くない」


「そうかもね。考えてみたら、何か嫌だわ」


「たとえばその瞬間に誰かが俺の部屋に来たらどうなる? ちょっと、大変なことにならないか?」


「そうね……」


 と、その時だった――


「戸部くーん」


 寮長の声と共に、ガチャリと扉が開けられた。


「やべっ……」


 紅野は、大急ぎで押入れの下の段に入――


 入ろうとしたのだが間に合わず!


「布団出して、布団。シーツ洗うからさ」


 頭にねじったタオルを巻いたオジさん寮長が扉を開けながらそう言ったまさにその時だった。


 何と襖に激突した紅野明日香は俺の方に倒れこんでくるではないか。


 俺は、不意を突かれてどうすりゃいいのかわからなくなって、ただ倒れてくる明日香を庇うように抱き、背中から倒れた。


 俺の腹のあたりに、明日香が座る形になったところで、扉を開けた寮長と目が合った。


 やばい。


 なんだこの展開。


 女子連れ込み→発覚→帰れない→ただいまを言えない――。


 それどころか、このままでは退寮となり、女子連れ込みのレッテルのせいでどこでも食事にありつけず野垂れ死にすることになりかねない!


「え、えっと……」


 俺は必死にいいわけの言葉を捜す。


 と、その時だった。


 ゴロゴロ、ビシャアアン!


 巨大な雷音。


 すると紅野明日香は条件反射的に。


「きゃぁあああ!」


 悲鳴。つんざくような悲鳴。


 おいぃ!


 なんすか。


 一体なんすかこれぇ。


「あぁん、こわいぃ」


 仰向けに倒れる俺の胸に胸を押し付けてくる紅野。


 これやばくない?


 連れ込んだ女子が、俺の上に跨ってるのってやばくない?


 寮長は言う。


「戸部くん。言いにくいんだけどね」


「何すか……ね……?」


「このことは学校に報告させてもらった上で、現行犯で退寮処分だ」


 しかし、明日香は必死に弁解を試みる!


「ち、ちがうんです、おじさん。えっと、その……私、男です!」


 ゴロゴロピシャーン!


 衝撃の事実が、今ここに!


「なるほど、言われてみれば確かに平たい胸をして――」


「はぁ? ふざけてんの?」


 いや、わかってるよ。


 明日香は女だ。それは間違いない。


 でも嘘で切り抜けようとしたなら、そこで怒ったら台無しじゃねぇかな。


「とにかく、学生の不純異性交遊は一週間の謹慎。それと男子寮への女子連れ込みは退寮。これは絶対のルールだ。わかるね?」


「何とか、なりませんかねぇ」


「あ、あの、あのあの、私が悪いんです。私が勝手に忍び込んで、だから戸部くんに罪はありません」


 寮長のおっちゃんは頷いた。それで、わかってもらえたのかもしれないと一瞬思ったのだが、


「絶対のルールというものは、そのような言い逃れで捻じ曲がったりするようなものであってはならないのだよ。よく覚えておきなさい」


「そんな……」


「さぁ、わかったら荷物をまとめて出て行きなさい。友達の所へでも行けばいい。ただし、戸部くんが女子寮にあるその子の部屋に行くのは許可できないからね」


「じゃあ、コイツは別に、おとがめナシ……ってことっすか?」


 俺が紅野を指差しながら訊くと、


「そうだね、でも寮で一週間の謹慎ということになるだろうね」


「じゃあ退寮ってわけじゃないんだな。よかったじゃねぇか、紅野」


 しかし紅野明日香は俺の体の上に(またが)ったまま無言で、申し訳なさそうな表情を崩さなかった。


「それじゃあ、三十分以内に出て行くように」


 俺の退寮が決定した。


 扉の閉まる音がして、寮長は戻っていった。


 この天井とも、早々にお別れか。


 明日香は俺の胸のあたりに手を置いて、本当に申し訳なさそうに震えた声で、


「達矢、ごめん」


「気にするな。大丈夫だから」




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