アルファの章_6-3
「よっしゃぁ、それじゃあ点火するぞ!」
ムキムキは、地面から垂直に立っているロケットの導火線に点火した。
ジジジジと、少しずつ焼きながら、ロケット本体へと近付いていく。
そして、
ブォォ!
ロケットが火を噴いたと思ったら、上空高く舞い上がり、噴煙を上げて……。
噴煙を上げてぇ?
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!
飛んでいく。
あっれ、あの方向は……ヤバイんじゃないか……。
遠く、学校の方へと飛んでいく!
ドゴォン!
学校に突っ込んだぞ……。
噴煙が見える。
「…………」「…………」「…………」「…………」
さらに、ドゴォオオンと大規模な爆発が起きた。
噴煙が、風に飛ばされて、空いっぱいに広がっていく。
嗅ぎ慣れない火薬の匂いと、色の付いた煙。
惨状だった。
「いやぁ、やっちまったのう」
軽い調子で、ヘラヘラしながら宮島は言った。
「宮島さん、またですか……」
またってことは、以前にもやったことあんのか。
「いやぁ、今度こそは大丈夫だと思ってたんじゃけどな……」
「あたしが生まれる前も同じようにして学校壊したって話じゃないですか!」
このムキムキの中年は。妙に自信満々だから、実績があるのかと思いきや、ぶっ壊した経験が豊富なだけだったんじゃないのか!
「あの、学校壊しちゃって、どうすんですか……」
俺が言った。
「大丈夫大丈夫。ワシは大工じゃからまた建て直す。どうじゃ、これを機会に和風建築に戻すのは」
「もう何でも良いです……」
みどりは呆れ顔。
「どうなってんだ……」
俺もそんな言葉をこぼさずにはいられないぜ。
「おっと、こうしてる場合じゃねぇ。消火しに行かねばの!」
言って、ムキムキの宮島は坂を駆け上って行った。
と、その時だった。
突然のことで、俺は大いに戸惑った。
「……あっ……あぁぁ……」
頭を抱えてしゃがみ込み、小刻みに震えている少女の姿が目に入った。
「アルファ……?」
「あっ……あぁ……そうだ……そう……記憶が……思い出した……アルファ……サーティーン……有人ロケットが……爆発……責任……殺したんだ……あたしが……」
ぶつぶつと、意味のわからない言葉を発する。
「――あたしが!」
叫んだ。空に向かって。
「ど、どうしたんだアルファ? 急にどうしちまったんだ!」
「アルファ計画……失敗した」
「何だ、それは……」
もしかして記憶が戻ったのだろうか。
学校が爆発したこの時に。その爆発が引き金になって……。
アルファは言う。
「内緒の、秘密の計画。宇宙に、移住する民間人が乗った。最初の移住予定者を乗せた有人ロケット。離陸直後に、爆散。火の玉が降って、乗っていた移住予定者全員、死亡。ロケットを設計したのは……あたし」
「ど、どういうこと」
戸惑いながらもみどりが呟いた。
「乗っていたのは……父と母を含む、15人。何が天才科学者? 何が最年少ロケット設計者? そんなの、何の意味も無かった。知らない人も、巻き込んだ。いっぱいの人を傷つけた。お金だって、すごくかかってるプロジェクトだった。なのに、あたしが台無しに。台無しにした! 忘れてた! こんな大事なこと、忘れてたっ!」
「アルファ……」
俺も呟く。
「頭、下げた。でも、いくら頭を下げても、償いにならないことなんて、わかってた! 泣けなかった。泣かなかった!」
「……アルファちゃん……」
「償うために必死になった! もう失敗しないようにって、できる限りの努力をした。勉強をして、新しい武器を作ってくれって言われて……それが、地球に落ちてくる隕石とかの防衛のための武器だって言われて……でも、本当の目的は、そんなんじゃなかった! 戦争のためだった。それを研究してた。知らない間に。そんなこと、していたくなかった。だから逃げ出した。ずっと、逃げたかった。船でここまで逃げて来て、強い風に背中を押されるように、この街に入ってきて……追いかけられて、銃声で脅かされて、あたしは……あたしは――湖に逃げようとしたんだ……」
子供相手に銃で威嚇とはな。
「湖に飛び込んだところで、白い柱に頭をぶつけて……」
三枚羽根の風車の柱だな。湖の中にも建ってるから。
「おにーたん……うれしかった。リボン買ってくれたことも、アイス買ってくれたことも……。思い出したくなかった。こんな記憶……ううん……そんなこと言っちゃいけないのは、わかってる。あたしが、殺してしまったことを忘れてしまったら、いけないから……」
「アルファ……もう良いっ」俺は言った。
「よくないよ。よくない! アイスなんて食べてる場合じゃなかったよ!」
「もう良いんだ」
「ロケット……あたしは、もう一度ロケットを飛ばして、成功させることが夢! そして、今度こそ、宇宙に、人を運ぶの」
「アルファ……」
「安全で、爆発なんてしないように……頑張るって誓ってた約束破って、そのこと、忘れちゃってた」
そしてアルファは、小さな声で、震えた声で、言うのだ。
「ごめんなさい……」
と、悲しそうに。
深いブルーの瞳が、涙で満たされていく。
「ごめんなさい!」
虚空に向かって、叫んだ。
その時だった。
悪いことは重なるもので……というか、意味がわからない。何でそんなことになるのか、わけがわからなかった。
ズゴゴゴゴゴゴ!
空から、謎の轟音が響く。そして、突如発生した暗雲の渦。
「戸部くん……何、あれ」
「みどりにわからんものが、バカな俺にわかるものか」
「危険な感じがする」
アルファが言った。
「アルファ……?」
一度アルファに目をやって、また空を見た時――
ゴゴゴゴゴゴ!
「うぇぁ、何だありゃぁ!」
暗雲の渦の中から、巨大なものが出て来た。
「うそ……」
俺とみどりが信じられないといった口調で言った時、アルファは、
「ソラブネノマスターキー?」
何だ、その謎の単語は!
渦の中からまず出てきたのは、複雑な形をした棒。
「何なんだ!」
叫ぶ俺。
「止めなきゃ……」
呟いたアルファは、ペットボトルロケット内に空気を送り込むため、空気入れをシャコシャコと上下させた。
そして、スイッチのようなものを手に取る。
「二人とも、逃げようよ! 何してるの! 戸部くん! アルファちゃん! はやく!」
「ロケットで迎撃する!」
「何言ってるの!」
渦の中から出てきた複雑な形の棒の先には、楕円の輪がくっついていた。
それはまるで、古い型の鍵のような形をしていて、何だか、ここが、現実世界だということを、忘れさせた。
なるほど、マスターキーと言うからには、鍵なのだろう。いかにも鍵っぽい。でも何だ。何なんだ。
いつもより、更に強い風が吹いている。屋上の風よりも、さらに強い風、台風の中にいるみたいな、生ぬるい風。
二人の女の子の髪が、はためいている。
「アルファ……あれは、何だ」
俺は訊いた。
「古代兵器をよみがえらせる鍵」
「何だそれは!」
急展開すぎるぞ!