アルファの章_4-8
ソフトクリームを食べ終えて、階段を上って、みどりの部屋へ。
「お邪魔します」
三人、入る。
「それで、あの、みどりさん。俺、何かしましたかね。さっきから態度が厳しいんですけど」
「ふぅ」
みどりは溜息を一つ吐いた後、
「自分の胸に聞いてみなさい」
怒ってきた。
「わかりません」
即答する俺。
「じゃあ教えてあげる。一回しか言わないからよく聞いてね」
「お、おう……」
「まず、勝手にあたしの部屋のぬいぐるみ持ち出したでしょ。それに、あたしがショッピングセンターでアルファちゃんを見つけた時、一人ぼっちで座ってたの。あれは何で? しかもアイスクリームの一つも買って来れないし」
「うぐ……」
全く、全く返す言葉が無いぜ。
その時、
「あ、リボン……」
アルファの呟きが漏れた。
「リボン?」
リボンがどうかしたのだろうか。
「リボンなら、頭につけてるじゃないの。黄色くて可愛いコレ……」
「……ううん。レインボー」
アルファは、首を振ってそう言った。
「あ……」
二つ目に買ったリボンのことか。
アルファが持ってないってことは、どこかに置いて来たかもしれん。
「なくし物まで!」
「すみません」
「レインボー……」
「ご、ごめん。今、探して来る――」
「そんなことしなくて良いわ。電話で確かめてみるから。ちょっとそこで待ってなさい。忘れ物の特徴は?」
「虹色っぽいリボン髪飾りだ」
厳密に言うと虹色ではなかったが。
「わかった。待ってて」
で、みどりは部屋を出て行き、一分も経たないうちに戻ってきた。
「そんな忘れ物届けられてないって」
「そうか」
「まぁ、仕方ないね」
アルファの方をうかがう。
「…………」
あからさまに落胆していた。
「あ、そうだ。あたし、お茶とってくるから、少し待ってて」
そして再びみどりは出て行く。
「…………レインボー……」
悲しそうに呟いた。
ここは、何とかアルファの機嫌をとってやらねば!
そして俺は、床に落ちていたあるモノを見つけて手に取った。
それは、制服用のリボンだった。
たぶんみどりのだろう。
「このリボンと、あとはそうだな……」
周囲を見渡すと……都合よく絵の具を発見した。
俺が「これだ……」と呟くと、アルファは「?」と小首を傾げた。
「いいか、今からレインボーにしてやるからな」
「レインボー♪」
よし、機嫌が直ったぞ!
後はこのリボンに、絵の具を塗りたくる!
「それぇ!」
俺は、絵の具のチューブから中身をひねり出し、それを指につけて塗った。
上から、カラフルに。
虹の色がどんな色なのか、記憶が曖昧なので、適当に塗ってみた。
赤、白、青、赤、緑、黄、黒、赤。
メチャクチャに塗った上に、赤三回使ってる。
正直言って、俺は、俺のセンスを疑ったぞ……。
こんなレインボーは無い。
自然現象に対する冒涜な気がする。いやしかし、今はアルファを喜ばせるためだ。そんなことは気にしていられないだろう。
「どうだ」
「……かわいい」
そうか、それはよかった。
不意に、ガシャーンという音がした。お茶を載せたお盆が丸ごと床に落ちるような音がした。音の方を見ると、
「トーベーターツーヤー!」
みどりが居た。怒っていた。
「みどりー、見てみてっ。色、キレイにしてもらった!」
「フフ、よかったね……」
アルファの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら、額に血管マークの浮き出たような……怒りさえ感じる笑顔で言った。撫でられたアルファはみどりの手から離れると嬉しそうに部屋を駆け回って、ベッドに座った。
「あ、あの、みどりさん……お茶……こぼれてますけど……」
「レインボー♪」
ごきげんなアルファ。リボンを掲げてみたり、蛍光灯の明かりにかざしてみたりしている。
「戸部くぅん。ちょっと、来てぇ。あ、アルファちゃんはそこに居てね」
で、みどりは俺を外に連れ出すと、こぼれたお茶を片付けることなく、扉を閉めた。
廊下に、俺とみどりの二人。
「どうした、みどり」
「あのリボンは……誰の?」
「その辺に落ちてた」
「あたしの部屋に落ちていたら、あたしのだって思わないかな、普通……」
「いやしかし……どうしてもアルファを喜ばせたくて」
「だからって! あたしのリボンあんなにして!」
「だが、アルファは喜んでくれたぞ」
「だーかーらー、あれは、あたしのでしょ!」
「ふっ、おまえのものは、俺のもの」
紅野明日香の得意そうな論理を展開してみた。
「まつりちゃんみたいなこと言わないで!」
「あぁ、そっちか」
紅野と上井草まつりは、似たり寄ったりだからな。
「はぁ?」
「いや、その、すまん……」
謝罪するしかない。
「……もういいです。それよりも、電話でまつりちゃんと級長と相談したんだけど……」
「おう、どうだった」
「結論から言うとね……特例で、寮に住まわせて良いことになりました」
「えっと、誰を?」
「アルファちゃん」
「へぇ、それはよかったな」
「寮って言っても、女子寮じゃなくて男子寮だからね」
「ん? ど、どういう意味だ」
まさか……まさか、な。
「つまり、戸部くんの部屋に置く事」
「え」
やっぱりっ!
面倒なことに巻き込まれた。
「あの、本気っすか」
「あと、『その女の子の記憶を取り戻すための努力をしないとぶっ殺すわよ』って言ってた」
「それは、まつりが言ったんだな。だが記憶を取り戻すったって……」
「数時間一緒に居たんでしょ。まさかずっと休憩広場に放置してたわけじゃないんでしょう。だったら、何か気付く事があるはずでしょう」
「そりゃまぁ」
「何? 記憶を取り戻すカギになりそう?」
「えっとだな、みどりの猫のぬいぐるみを大変気に入ったのと、アイスが好きなのと、ロケットに異常な関心を示していた」
「ぬいぐるみ、アイス、ロケット……」
「ローマ字の頭文字がNとIとRだな」
俺が言うと、
「リン、並べ替えて『RIN』にするとか」
とみどり。
「それに何の意味があるんだ」
「さっぱり。ていうか、アイスってローマ字にしたらAISUで頭文字Aじゃない?」
わお、恥ずかしい間違い発生。頭の悪さを恥じたい。
「じゃ、じゃあ、RとAとNだな」
「うーん、どういう意味なんだろう」
その疑問はもっともだが、俺は両手の平を天井に向けて肩をすくめた。
「たぶん、そこに意味を求めても何もわからんと思うぞ」
そのアプローチは高確率で意味が無いと思う。自分で言っといてなんだけども。
「うーん、他に何かない?」
「他に、ねぇ……。そうだなぁ……あ、昔リボンしてたらしいぞ」
「リボンかぁ」
「ぬいぐるみ、アイス、リボン、ロケット……」
「関連性は……ないわね」
「いや、みどり。あるぞ、関連性」
「どんな?」
「子供っぽい」
「確かに。でも、子供っぽいっていうか、子供だし」
「だな」
「とにかく、連れ帰ってもらって、今日から戸部くんの寮に泊まってもらうわ」
「まぁ、わかったけど……」
「先に言っておくけど……くれぐれも『まちがい』を起こさないでね」
「何を言ってる。俺にそういう趣味は無いぞ」
さすがに若すぎる女の子を偏愛する性癖は無い。と思う。無いはずだ。
幼い感じの子は正直けっこう好きだけども。でもおねえさんタイプの方が好きだし。容姿で言ったら、幼い感じのみどりよりも美人タイプのまつりの方が好きだし。まぁでも、まつりは性格がひどいからゴメンだけど。
「拾った以上は、何とか記憶を取り戻すまで面倒見たいとは思うが……だが、俺一人では不安だぞ」
「じゃあ、親分を頼れば良いじゃない」
「親分?」
「紅野さん」
「あぁいや、親分とかじゃないぞ……あいつは。勝手に親分面してるだけだ」
「あ、そうなんだ。ま、とにかく、そういうことだから。いいよね? あたしも、乗りかかった船っていうか、心配だし……できる限り協力するけど」
「おう、助かる」
「うん、じゃ、部屋に戻ろうか」
「そうだな」
そしてみどりが自室のドアを開けたその時、
「ホァアアアアアアアアア!」
飛び込んできた光景を目の当たりにして、みどりが叫んだ。
「ど、どうした」
「あ、アルファちゃんが……」
顔面を崩して震えながら室内を指差す。
「アルファが?」
指差す方を覗いてみると。何とアルファが、みどりの部屋中に絵の具でラクガキしていた。たんすとか、窓とか、ベッドとか、汚くなっちゃってる。
「戸部くん! どんな教育してるの!」
「いや、どんな教育って……俺が教育してきたわけないだろ。さっき拾っただけだ」
「口答えするなぁ~!」
胸倉つかまれて前後に揺らされる。
「いや、あの、ごめん」
「もうっ! ちゃんとしてよね!」
いや、どうすりゃいいんだか、わからんぞ。
「さっさと連れ帰って!」
「お、おう」
みどりは、部屋の中に入り、絵の具まみれにした猫のぬいぐるみにリボンかけて戯れていたアルファの首根っこを掴む。
「ふぉ?」
アルファの体は浮いた。
猫のぬいぐるみを持ったまま。
「戸部くん、はい」
で、俺に手渡してきた。
お姫様抱っこスタイルで抱きとめる。
「はぁ」
「帰って!」
「えっと、はい。それじゃ、またな……」
俺は、みどりの家の廊下に出た。
「もう! 誰が掃除すると思ってるのよ!」
嘆いていた。
「おにーたん」
おにーたんだとっ!
「な、何だよ、その呼び方……」
「おにーたん、どこ行くの?」
「あーっと……」
みどりは、俺の部屋に泊めてやれって言ってたな。
「俺の家に、かな」
「おー」
キラキラした目を向けてきた。
「そんな、目を輝かせるほどではないが」
「レッツゴー! ゴーゴー!」
ごきげんだった。
さて、みどりの家を後にした俺たちは、霧雨の中を二人歩いて寮へ。
寮の部屋を見た第一声が、
「ここもウサギ小屋みたい」
とか、そんなセレブなアメリカ人みたいな台詞。
「まぁ、そうだな」
最近の通常の日本の住宅ってのは、そういうものだ。
で、寮の部屋に着いたのだが、
しばらく二人とも何も言わない時間が続く。
うーん。
何もやることが無かった。
「とりあえず、昼寝でもするか?」
「するー!」
「ようし、じゃあ布団を敷いてやる」
で、すぐに布団を敷いてやると、アルファはそこに飛び込み、二秒で就寝した。
さすが子供だ。寝るまでが早い。
「そして、可愛い」
「すー、すー」
もう寝息を立てている。
「俺も、寝るか……」
今日は疲れた…………。
色々歩き回ったし、何よりも、子供らしい子供の相手は疲れる……。
畳の上に寝転がり、目を瞑ると、すぐに意識が途切れた。