アルファの章_4-2
朝食の後に散歩に出た。空を見ると風に整形された雲たちがいくつも浮いていて、それも綺麗だ、とか思った。
目的地を決めずにブラブラしていると、風の強い開けた場所に辿り着いた。
湖だ。
裂け目の手前にして、学校から続く下り坂の終点。
円形と三角形の二つの浮島のある湖。
そんな湖に何か用事があるわけではなかったのだが、何故か俺はこの場所に来なければならないような気がしていた。そこに誰か知り合いが居るわけでもなく、視界にあるのは知らないオッサンが一人で釣りをしているという光景だけだったのに。
釣り、か。何か釣れるのだろうか。
まぁ、どうでもいいか。釣りのオッサンなんて。
この町には、まだ見るべき場所が多くあるはずだ。
と、そう思って踵を返そうとしたところ、釣りのオッサン、いやオッサンというには若かったけど、その人から話しかけられた。
「よう、ニイちゃん」
とかって。
休日の書き入れ時にサボってるのにエリート店長を自称していて、俺をアブラハムとか呼んできて、愚痴ってきたり。折角の休みの日に、男の愚痴を聞かされ続ける苦痛を考えて欲しい。それはそれは、つらいものだ。可愛い女の子の愚痴ならまだしも。
そんでもって町の脱出方法だのウチでバイトしないかだの何だのと言ってきた。
言いたいこと言った後は、雨が降りそうだから、とか言って、ショッピングセンターのある南の方角へと歩き去って行った。
空を見上げると、確かに空を暗雲が覆い、今にも雨が降り出しそうだった。
さて、どうするか。
帰ろうか、笠原商店にでも行くか、まさかの休日登校か、湖を散歩するか。今の俺には、選択肢はそれくらいしかない。
少し考え、決断する。
特別やることもないからな。
このまま湖で潮風でも浴びていることにしようではないか。
いやぁ、実に暇な人間らしい行動だ。
湖畔で風車とか高速で流れる雲とかを眺め続ける。
切り抜かれたような崖があって、その手前で風車が回る。不自然に自然な風景が、少し好きだ。
好きだが、さすがにずっと同じ場所で眺めているのも飽きてくるな。
ここは、少し角度を変えるとしようか。
角度というのは非常に大事なものだ。少し角度を変えて見ると「ン」が「ソ」になり得る。また「ツ」が「シ」になり得るってことでもある。
だから何だ、何が言いたいんだと言われたら、自分でも何が言いたいのかよく解らないので何も言えないが、暇人の思考というものはえてしてそういうものである。
まぁとにかく、アンバランスな世界の上に、人の社会は成り立っているのさ。
で、湖の岸に沿って歩いていく。
所謂、散歩だ。
散歩とは良いものだ。
世界は回り続けていて、同じ日は二度と来ないし同じ瞬間は二度と来ない。一歩、歩を進める度に視界には一歩前とは違う世界が広がっている。ずっとその場所に留まっているだけでは見えないものも見えてくるというわけだ。
どうだ散歩というものがこの上なく素敵で有意義なものに思えてくるだろう。いや、実際何度も言うように散歩は良いものだと思っているがな。
と、その時、
「ん? あれは……」
何か不自然なものが視界に入って、俺は呟く。
湖にあったのは…………人だった。
「人ぉ?」
俺は駆け寄った。
波打った銀色の髪をした少女が服を着たまま湖の水面から上半身だけ出して倒れている。
背は低く、痩せ細っていて年齢は低く見える。銀色に輝く髪や顔立ちを見ると、どうも異国の人のようだ。
更に新キャラ登場というわけか。
正直、トラブルのニオイがして関わりたくないが。
いや、でも、倒れている人を放っておくわけにはいかないだろう。
動いていないが、まさか、死んでたりしないだろうな。
とりあえず、人差し指で突ついてみる。
「ん、ぅぅ……」
顔を歪めながら呻いた。
よかった。生きてる。
「だ、大丈夫ですか?」
語りかけると、目を開き、一瞬潤んだブルーの瞳を見せ、
「タス、ケテ……」
日本語でそう言って、ガクリと気を失った。
「…………えっと……」
何だこれは、どうすれば良い?
助けて、と言ったよな。
「ちょっと、お嬢さん?」
「…………」
返事は無い。
「ええい、考えていても仕方ない! こうなれば、連れ帰るぞ!」
俺は、その少女を背負い、走って寮へと向かった。
そんなタイミングで、雨が降り出した。