宮島利奈の章_6-4
暗い部屋の中、ジャラジャラっという音がした。
俺の腕にある手錠が立てた音だった。
テレビドラマとかでよく見る感じの取調室っぽい空間の中に、制服姿の上井草まつりと二人きり。
「つまり、キミは、利奈がオバケ苦手なのを知って、それをセクハラに利用したのね」
風紀委員による取調べが続いていた。
「…………」
黙秘権を行使したい。
「さっきから黙ってないで、何か言いなさいよ! ここに黙秘権は無いわよ?」
まつりはそう言って、威圧的な目を向けてきた。
「えぇ? 無いの? 黙秘権!」
「言わないとマジぶっ殺す」
「物騒だよ!」
さっきから横暴すぎるぞ、こいつ!
「どこ行ってたの? 利奈と」
しかし、まぁ、死にたくはないので、もう正直に言うことにしよう。
「利奈っちと、町の北側の森に……」
「何かあったの?」
「廃屋が」
「そこで何をしたの?」
「幽霊に会った」
「何の隠喩? はっ、もしかして……廃屋にて『俺のファントムが膨張するぜぇ』みたいなことを言って、利奈にいやらしいことを迫った……?」
「いやいや、そんなアホなこと言わない」
「じゃあ何て言ったの? 利奈が言うには、『動きを奪われて放置された』そうだけど」
「だから、幽霊さんが」
「どんな幽霊よ」
「本子さんという名前の幽霊が――」
「そういう名前のいやらしい幽霊が達矢に乗り移ったとでも言い訳する気? 往生際が悪いわね」
「いや、違う。ふわふわした雰囲気の女の幽霊で……」
「精神鑑定の準備をしないといけないかも」
「いやいや、俺は正常だ! そして何もやっていない! やましいことは、何も!」
すると、まつりは立ち上がり、カツカツと室内を歩き回り、背後から俺の肩に両手を置き、耳元で囁く。
「達矢ァ。いい? もう言い逃れできない所まで来てるんだよ? さっさと吐いて、ラクになっちまいな」
「だから、誤解で、冤罪で、俺が此処に居る理由が無いはずなんだって!」
「へぇ」
まつりは、先刻まで座っていた席に戻り、ポケットから何か大きな紙を取り出して広げて見せて来た。
「この地図に見覚えは?」
「あぁ、これは……」
まつりが目の前に広げた地図は、利奈が俺に探検のことを説明する時に使った簡易な地図だ。地図には、利奈が書き込んだ赤い丸印と矢印があった。
「心当たりがあるのね?」
「この地図がどうした?」
何もおかしなことは書かれていないが……。
「この丸印と矢印も何かいやらしい意味なんでしょ!」
「何ぃ? これ書いたの利奈だぞ! ていうか、どこをどう見たらそうなる!」
「ど、どこをどうとか……言わせんなセクハラだぞ」
なんか恥ずかしそうに顔赤くしやがった。
「何を想像したかは知らんが、たぶん、お前の思考回路がセクハラだぞ」
「とにかく! 利奈にいやらしいことを書かせるように強要した。違う?」
「違うに決まってる!」
「どうだか」
「何故俺を信じない!」
「だって初日遅刻して来たし、二日目サボった後は、全然学校に来ないし。そんな人を信用しろって言う方が無理ってもんでしょう」
「そ、それは……」
「しかも、今度は女の子に無理矢理襲いかかるとはね……。この女の敵」
「そんなことするもんか」
「いい加減にしなさい!」
バシン!
まつりが机を叩いた。
後、腕組をして俺を見下ろす。
「罪を認めれば、まだ刑は軽くて済むわ」
「それでも俺は、やってなぁい!」
「嘘つけ、この痴漢っ!」
「痴漢なんかじゃない! 痴漢なんかじゃなーい!」
すると、今度は優しげな表情と声で語りかけてくる。
「ふぅ、隠していても良いことないぞ。クニのご両親が悲しむんじゃないか」
「そ、それは……」
悲しむと思う。というか、そんな罪が知れたら、縁を切られそう。
おかしい。どうしてこうなった。俺は更生して故郷に帰るはずだったのに。
「ほら、食え。カツ丼だ」
ドンッ、と音がして、突然、目の前にカツ丼が置かれた。
どっから出したんだ、これ。
「…………」
俺は、顔をしかめた。
黙ってカツ丼を見つめる。
「おい、泣きながら食う場面だろ」
「何言ってんだ」
「泣きながら食えよ」
「それ以前に箸が無いから食えねぇし!」
「おっと、しまった」
まつりは呟き、鉄扉を開けて首だけ外に出した。
外の世界からの細い光が部屋に差す。
「味、どうだって? まつりちゃん」
聞いたことある声がした。今のは、笠原みどりの声、か。
「みどりっ。箸忘れた、箸」
「あっ、そっか。ごめん、えっと、ハイこれ」
声だけしか聴こえないが。
「ありがと、そいじゃ、また後でね」
「あのさ、戸部くんに感想聞かせてって言っておいて」
「ん? ああ。わかった」
そして、バタンと再び鉄扉が閉じた。
「今の……みどりか?」
「そうだけど」
だとすると、このカツ丼はみどりが作ったということか。
「はい、達矢。これ箸」
「どうも……」
手錠をした手でまつりから割り箸を受け取る。
「…………」
「…………」
「どうした。食べないのか?」
「手錠、外してくれないと……」
「あ、ごめんごめん」
まつりは、スカートのポケットから鍵を取り出し、手錠を外した。
カチャリと静かな室内に解放の音が響く。
「さぁ、お食べなさい」
「いただきます……」
割り箸を割って、見た目美味そうなカツ丼を食べる。
もぐもぐする。
「…………」
じっと見つめられる。
「うあーぅ、これはぁ……」
くそ不味かった。思わず涙が出るほどに。
「おお、キミ、泣いてるね……そう、取調べ室でのカツ丼ってのは泣きながら食うもんだ! 案外、わかってんじゃないか!」
「うぅぅ、まずいよぅ、まずいよぅ……」
「さぁ、本当の事を話しな。悪いこと、したんだろ」
「してないっす。俺、紳士っす」
泣きながら。
「自称『紳士』が紳士だったためしがないわ!」
否めないが、だが、何もしていないのは本当だ!
誰か、誰か信じてくれ!
こんな不味いメシ食わされるのは不当だ!
いろんなことのやり直しを要求する!
ていうか、何で俺、こんなことになってるんだ!
全力で首を傾げたいぞ!
「さて、達矢。不良の見本市みたいなこの学校で、さらに不良行為に及ぶことの意味を、キミは知っている。だから、やったことを素直に認められないでいるんだろう?」
「違う!」
俺は、言って箸を置いた。
「……残すの? カツ丼」
「え、ダメっすか?」
「最後まで食え」
「ひどい拷問っすよ」
「最後まで食えたら、お前の言う事、少しだけ信じてやる」
「本当か?」
「ああ」
「よっしゃ、それじゃあ…………」
俺は、超不味いカツ丼を一気にかきこんだ。
そして飲み込む。
苦しい、死にそう。目の前が点滅してる。きっとゲームとかで毒ステータスくらったらこうなるんじゃないかって感じだ。胃の中のもの吐きそう。でも我慢。我慢。我慢だ。
耐えろ、耐えるんだ俺。信じてもらうには耐えるしかないんだ。
そしてついに、口の中の忌まわしき物体は体内に吸い込まれていった。
勝った。素晴らしき勝利だ。困難を乗り越えた。これで、信じてもらえるはずだ。
「こ、これで…………信じてくれるか?」
格好つけて言ったつもりだったが、苦しげでかすれた声になった。
「美味しかった?」
「……お、おいしかったぜ」
俺は嘘を吐いた。親指を弱々しく立てながら。
「よし、その言葉だけ、信じてやる」
「え?」
まつりは、また鉄扉を開け、首だけ部屋の外に出し、また光が洩れ入ってきた。
「みどりー、涙流すほど美味しいってさ」
「ホント? よかった。あの味付けが良いのか」
で、また鉄扉が閉じられる。
そして、まつり様は言うのだ。
「で? 利奈に何したの?」
「あっれぇ、信じてくれるって……」
「だから、みどりのカツ丼が涙するほど美味かったってのは、信じてあげたでしょう」
「そっちじゃなくて、利奈に何もしてないってことを信じてくれよ!」
「利奈、泣いてたでしょ! ひどいことされたに決まってるのよ! 利奈は、最近ではオバケ関連以外で泣いたことないの! そんな利奈が人前で泣いたんだから、よっぽど怖い思いを強要したと考えるのが自然!」
「だから、そのオバケが出たんだって!」
「また利奈がオバケ嫌いなことを利用しようとして!」
「実際そうなんだよ! オバケが出たんだ」
「ということは、オバケが出るとわかっている所へ利奈を無理矢理連れ出したんだ。利奈は、自分から怖い場所に飛び込むことはしない、危うきに近寄らずな女。悪く言えば臆病。もっと言えば口だけ女。そんな利奈が、オバケの出る場所に行ったということは、つまり……キミが脅して連れ出したってこと!」
「いやいやいや」
「そして、その上で、いやらしい行為に及ぼうとした」
「ないないない」
「利奈はよく言っていたわ。『探検好きだけど冒険は嫌いなの。勇気があるってことと無謀ってことは違うっしょ。つまり、わたしは勇気ある人ってことよ』って」
「利奈が言いそうなことではあるが……」
「北の森に入るなんて、昔から、あたしたちにとっては冒険だった。今もそう。つまり、キミが無理矢理連れ出したとしか思えない」
「違うっての。違うっての」
「嘘おっしゃい!」
バシン!
まつりが机を叩く。
「いい加減にしろ!」
バシン!
俺も応戦して机を叩く。
すると、
「逆らうの?」
バシン!
頬を平手打ちされた。
痛い。とても痛い。
信じられないといった表情で立ち尽くしていると、もう一発、反対の頬をぶん殴られた。今度はグーだ。
女子に暴力ダメ・ゼッタイの旗印を掲げたがる俺ではあるが、上井草まつりという女子に対する憎しみに似た感情はヤカンを沸騰させるレベルで煮えてきた。
「痛ぇじゃねぇか! しかも二発も!」
俺は、まつりの手を掴もうとした。
ここは暴力に訴えてでも――。
しかし、逆にその手を締め上げられる!
「いててててて!」
「ついに本性をあらわしたわね。風紀委員の職務執行妨害よ」
「なっ……」
そして――
カチャリ……。
再び手錠が掛けられた!
「おらぁ、来い!」
連行される。
鉄扉が開き、部屋の外に出る。廊下だった。
みどりが廊下に置かれた椅子に座っているのが目に入った。
「あの……どう、だった?」
俺に向かって訊いてきた。
どうだった……というのは、何に対してだろうか。俺の処遇についてなのか、それとも料理についてなのか。いずれにせよ、俺は何の言葉を返すこともできなかった。
手錠を掛けられて連行されている姿からすれば、処遇が釈放とは程遠いひどいことになるのは一目瞭然であるし、料理については、どう言ったらいいものか難問すぎた。
「…………」
「美味しかったらしいよ」
そんなまつりの言葉を耳にした笠原みどりは、おっかなびっくりとした様子で、「え……本当に?」俺に向かって問いかけた。
「あ、ああ……」
思いっきり目を逸らしながら頷きのような否定の首振りのような、微妙な感じに頭を動かした。
「あ、ありがと……」
嬉しそうな声だった。だが笠原みどりが嬉しそうにしていることを喜んでもいられない。
俺は今、手錠をかけられて連行されている最中なのだから。
「あの、これから、どうなるんですかね……」俺は訊いた。
「正式な刑が決まるまで独房入りだ」
「独房?」
ていうか刑?
「大丈夫。よくある感じの反省室みたいなものだから」
いや、反省室って、よくあるものなのか?
今まで反省室なんてものが存在している学校、マンガとか以外で見たことないぞ。
「脱走を許さないような立派な反省室だから、期待して良いわよ」
そんなの期待したくねぇよ。
「…………」
俺は両手首の動きを奪っている手錠に視線を落とした。
最近、災難に見舞われてばかりな気がするぜ。
この町が嫌いになりそうだ。
天井を仰ぎ、目を閉じた。
廊下を歩いて、歩いて、鉄扉の前に辿り着いた。
ギィイと重そうな音を立てて、扉が開いた。
そして薄暗い三畳ほどのほぼ何も無い部屋に、手錠かけられっぱなしの俺は放り込まれた。
「では、ここでしばらくの間過ごしてもらうわ」
「食事は、ちゃんと出るんだろうな……」
「当然でしょ。人権を蹂躙したりしないわよ」
いや……無実の人間を軟禁する時点でわりと踏みにじってる気がしないでもないんだが……。
「それじゃあね」
扉はバタンと鎖された。