表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
223/579

宮島利奈の章_6-2

 俺と利奈が入ってきたフェンスの穴は思ったよりも近くて、そこから森の外に出た。


 笠原商店まで走り、サンドイッチやらお茶やらを買い込んだ。サンドイッチはけっこう大量に。店番はみどりの父だった。


 で、俺は急ぎ廃屋に戻ると、薄暗い屋根裏部屋の中、


「こわいよーこわいよー、うえーん」


 何だか、子供っぽく泣いている利奈の姿が……。


 しかも、よく見ればホコリまみれだ。何があったのやら。


 相変わらず本子さんという名の幽霊はフワフワしている。


「本子さん、利奈を解放してやってはくれまいか」


「ああ、はい、良いですよ」


 ずいぶんあっさりしているな、と思ったが、本子さんは続けて、


「でも条件があります」


 と言った。


「条件?」訊き返す。


「ある本を、見つけて欲しいのです」


「ある本……? どういうことだ」


「本子は、誰かが此処に来るのを待っていました。いずれ、この場所に来る誰かに、この町の謎を解く鍵を与えるためです」


 と、そんな緊張感のある話を幽霊と交わしていると、


「うぇーん。オバケー」


 泣いてた。


「あの、利奈っち。大丈夫だから、ほら、戻ってきたから」


「……うぇっく……ひっく……」


 しゃくり上げて泣いている。手の甲で涙を拭いながら泣いている。


 どうしたもんかな。大事な話の最中なのに……。


「古文書が、この町のどこかにあるのです。本子は、この場所に来た人間に、その古文書を渡す役目を負いました」


「本子さんは、いつからここに?」


「さぁ、いつだったか……随分長い間、独りで過ごして来た気がするけど……」


「誰に言われて、その、古文書を渡す役目を?」


「わすれちゃった☆」


 えーと、何だ、この変な幽霊さん……。


「本子うっかり☆」


「うぇーん。うっかりとか言ってるぅー」


 今のは泣くようなことでもないだろ。むしろ失笑したい感じだ。


「利奈っち、もう泣き止め。サンドイッチを買って来たからな。とりあえずコレを食べろ」


 利奈はようやく泣き止み、今度は、


「おトイレ」


 とか言った。


「え?」


「おトイレ行きたい」


「行って来なさい」


「でも動けない」


 何と!


 大変な事態じゃないか!


「本子さん、動けるようにしてやってくれ」


「じゃあ、古文書、読んでくれる?」


「ほら利奈。読むって言え」


「よむ」


「では、解放しましょう」


「あっ……行って来ます!」


 ようやく動けるようになったらしく、急な階段を降りてトイレに向かった。


 本子さんも利奈に付いて行く。


「トイレ、トイレ……」


「トイレは、階段を降りて左の突き当たりですよー」


「ひぃい! オバケが喋ってるぅー! ていうか付いて来てるぅぅう!」


 利奈はこわがりながら、幽霊と共にトイレに行った。


「…………」


 一人、残される。


「さて、降りるか」


 暗闇だし、ホコリっぽいし、メシは下で食べた方が良いだろう。


 で、階段を降りて待っていると……。


「達矢……」


 涙目の利奈っちが戻ってきた。


「ただいまですー」


 と、ふわふわ浮いてる本子さん。


「どうした、利奈っち、元気ないが。何かあったか?」


「トイレ、汚かった。外でした方がマシなくらい」


「そうか。気の毒に……」


 俺は、さっき外に出た時に草むらで済ませたぞ。


「水道も通ってたけど、なんかウーロン茶みたいな色の水が出るし……最悪……」


「そうっすか」


「トイレランクE」


「トイレランクって何だよ。Eが最低か?」


「うん。A~Eの五段階……」


「まぁ、笠原商店でおしぼりもらって来たからな。これ使えば衛生的に大きな問題はないだろ」


「あぁ、うん。えっと、町には戻れたんだね」


「そうだな。案外近かった」


「そうなんだ。じゃ、サンドイッチ、食べようか」


「おう」


「あのぅ……古文書は――」


 と幽霊さん。


「それは、メシ食った後な」


「はぅ! オバケまだ居るぅ!」


「当り前です、本子は利奈っちに取り憑いてるんですから」


「達矢ァ、助けてー」


「そんな泣きそうな顔されてもな、どうすることもできん」


「本子はもう、利奈っちの一部です」


「勝手に一部になられたぁー」


「諦めるんだ、利奈っち。一度合わさって溶け合ったものを引き離すのは難しい。水を酸素と水素に電気分解するようなものだぞ」


「何でわたし、取り憑かれなきゃなんないのよ」


「ううむ、たしかにな。気の毒だな、何か」


 そこで俺は、本子さんに訊いてみる。


「本子さん。どうすれば利奈から離れてくれますか?」


「さっきから言ってるように、古文書を解読して下さい」


 どうしても古文書の解読が必要らしい。


「するから! 何でもするから! 離れて!」


「あと、サンドイッチちょっとくれると嬉しいです」


「食べられるのか?」


「はい。食べた気分になれます」


「じゃあ……ほれ……」


 俺は、利奈の肩の向こうにサンドイッチを持った手を伸ばす。


 本子さんは、かぶりつこうとしたが、透けてしまって、触れることはできず、サンドイッチも無くなることはなかった。


「食べられないんじゃないか」


「美味しい気がします」


 金魚みたいに口をパクパクさせながらそんなことを言う。


「うぇーん。変なオバケー」


 また泣いた。


「泣くな。頼むから。女の子の涙は心臓に悪いんだ」


「君が取り憑かれればよかったのに……」


 何てことを言ってくれる。


「そういうことは、思っていても言っちゃいけないんだぞ」


「でも、でもさ、仲良さそうにしてるし」


「だから、悪い霊じゃないんだから良いじゃないか」


「悪い霊じゃないと決まったわけじゃないじゃん。良い霊だと思わせて、結婚詐欺師みたいに手の平返しするかもしれないじゃん」


「おい、本子さんに失礼だぞ」


「何でオバケの味方してんのよぅ!」


「あぁぁ、二人とも、ケンカしないで下さい。『夫婦喧嘩は幽霊も食わない』と言いますし……」


「――そんな言葉は無いっしょ! ていうか使い方もおかしいっしょ!」

「――そして夫婦じゃねぇよ!」


 二人で、幽霊にツッコミを入れた。


「す、すみません……」


 申し訳なさそうにうつむく本子さん。


 どう見ても、無害そうな霊だがな。ただ、利奈の言う通り、急に悪霊に変身してしまう可能性もゼロではない、か。


「いいか、利奈っち」


「何よ」


「信じることは大切だ」


「中学生みたいなこと言わないで」


「なっ――」


「ガキっぽい」


「そ、そういう思考が、世の中をダメにするんだ! わかるか?」


「さっぱり」


「どこからか生まれた小さな不信が、螺旋状に外に広がっていって、人々は小さな世界で繋がりを断って孤立するんだ。批判と非難と訴訟を恐れて、決断が鈍り、動き出しが遅くなれば、様々なものが停滞し、世界はやがて回らなくなる。世界が縮小してしまう。不信は停滞を生むスパイラルのスタートラインなんだ」


「だからって、得体の知れないものを信じろって言う方が無理」


「そもそも、お前にとってのオバケってのは何だ! そんなにこわいものなのか?」


「誰だって、わけわかんないものはこわいっしょ!」


「でも、本子さんは、そこに居て、対話も可能ではないか! それでまだ『わけわかんない』という判断を下すのなら。俺は利奈っちを蒙昧な人間だと言わざるを得ないぞ。幽霊さんの言う事を信じようじゃないか」


「頭おかしいよ!」


「…………」


 確かに……そんな気もする。


「あぁ、そっか。昨日、頭ぶつけたから」


「ということは、きっと、本子さんなんてオバケは存在しないってこと――」


「居ますよ! 失礼ですねっ!」


 本子さんは、利奈の目の前にフワリと回りこんだ。


「うぁーん、オバケー」


 泣いた。


「ああ、もう、どうしたらいいんだろ……」


「古文書です。古文書を探すのです」


「その古文書っての特徴とかあるのか?」


「古いです」


 そりゃな。古文書っていうくらいだもんな。だが、


「この屋敷にあるだいたいの本は古いぞ」


「もっと古いです」


「他に、特徴は?」


「さぁ」


「おいおい、古いってだけの手がかりで探せってのは大変だろ」


「でも、この町のどこかにあります。そうでなければ本子が目覚めるわけがないので、絶対にあります」


「それも範囲が広すぎる。いくら小さな町だと言ってもな。そんで、その古文書を解読しないと、本子さんは消えないんだろ」


「そうです」


「この家の中には無いのか?」


「大昔に書かれた七巻に及ぶ巻物なんですけど、ありました?」


 そう、特徴ってのは、そういうこと。


 これで、だいぶ絞られたぞ。少なくとも、冊子タイプの本を探さなくて良いんだからな。巻物。巻物を探すのだ。


「しかし、この家の中では巻物なんて見なかったな」


 戸という戸を開けたけど、巻物は無かったと思う。


「おい、利奈。何か心当たりは?」


「んなもん、図書館にいっぱいあるわよぅ」


 泣きながら、利奈っちは言った。


 うーん、図書館か。まぁ、ありそうだな。確かに。


 だが、そんな簡単にいくとも思えない。


「まさか、そんな簡単な話じゃねぇだろ――」


「たぶん、それです!」


 まじかよ!


「あぁ、じゃあ……とりあえず図書館に行くか?」


「「行くしかないっしょっ!」」


 利奈っちと本子さんは声を揃えてそう言った。


 結構息合ってんじゃねぇか。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ