宮島利奈の章_5-4
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……夢を見た。
その世界は、暗くて、その暗さが、かえって彼女の白い肌を眩しく見せた。
揺れる視界。走っている。何度も振り返りながら。俺の吐く息の音だけが、妙に大きな音で、他の音を全てかき消していた。
彼女が何か叫んでいる。叫んでいる彼女を見たわけではないし、何も聴こえないけれど、そういう振動が、わけのわからないリアルな感覚を持って伝わってくる。
彼女は――誰?
誰だ。
どこかで、会ったことがある気がする。いや、どこかで会ったという確信がある。何度も。何度も。
でも、思い出せない。
彼女は――誰?
誰、誰だろう……。
……もう一つ夢を見た。
妙にリアルな夢。匂いや音も鮮明に届く、現実みたいな夢。
なんか、未来でも見ている気分になるような。
教室に利奈が居た。服を着ていた。制服を着ていた。迷彩服では無かった。
利奈は、思い切り、俺に顔を近づけてきて、キスでもされんのかと思ったら、すぐに離れて、
「よかった、達矢だ。変なオバケとかだったら、どうしようかと思った」
とか言っていた。そして、制服のポケットから取り出したのはメガネ。
それをかけた。
ううむ、メガネをかけた姿も悪くはないな。しかし、悪くはないけどもあんまり似合わねぇな。
世の中には二種類の人間が居る。メガネが似合う人間と、メガネが似合わない人間だ。残念ながら利奈っちは後者だった。
俺は、「メガネなんて、どうしたんだ」と訊いてみる。すると利奈は、
「利奈っち七変化ってやつっしょ!」
「七種類全部教えてくれ」
すると利奈は、パーの形に開いた指を一つずつ折って数え始める。
「メガネっしょ、服っしょ、髪型……あとは……」
指三本で止まった。
「あとは、うーん。服!」
「服はさっき言っただろ」
「まぁ、なんか七個くらいある気がするし!」
「テキトーだな、おい」
「細かいんだよ、達矢は」
「いや、そんな細かくないし、利奈が細かいこと無視しすぎだと思うけどな。いやでも、変なとこに細かいからわけわかんないよな」
「まぁ、大事にしていることが少し違うのかも」
「なるほど」
「でもそれは、誰にだってあることっしょ。他人と同じ人間にはなれないんだから。それは血が繋がってる親とさえ、ね」
「親と何かあんのか。仲悪いとか?」
「んー、わかんない。まぁ、そんなことはどうでもいいっしょ」
そして俺は笑いながら、
「だが、図書館に篭もってて誰にも会わないんだから、格好なんてどうでも良さそうなもんだがな」
「うわっ、ひどっ! フツーそういうこと言う? さすがにひどすぎっしょ! いまの!」
「ん、ああ、気にさわること言ったのか? すまん」
「はぁ?」
すごい顔をされたぞ。変顔の部類に入れてもいいような。折角なかなか整った顔してるのに、くしゃくしゃにしちゃって勿体無い。変なシワができたらどうする気だ。なんて、俺が気にすることでもないか。
そんなところで、視界が真っ黒になって、夢が終了した。
どうしてこんな夢を見たんだろうか不思議だったけれど、時々、意味を求めても仕方ない夢ってのもある。
そんなことを思う頃には、この前に見た夢のことなんて忘れていた。
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