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紅野明日香の章_3-4

 六時限目。


 これが、本日最後の授業。


 国語の時間が終われば、放課後となる。


 なるのだが、とりあえず、その国語の授業風景は異様なものだった。


 国語教師が生徒に普通に音読をさせる。そんな当り前の授業内容が、常識が、この学校このクラスでは通用しないらしい。


 というか、上井草まつりが常軌(じょうき)(いっ)するほどの変な女なんじゃないかという疑惑でいっぱいになる光景だった。


「では、次の行から、風間。読んでみろ」


「はい!」


 ここまでは、何の問題も無かったのだが、


「いまはもう自っ……分は、罪人どっこ……ろではなっく……狂人でし……た」


 読みはじめて、途切れ途切れに、苦しそうに声を出す史紘。


 明らかにおかしかった。病気で発作か何かが出てしまているのだろうか。


 そこで、教科書から目を離し、彼の方に目をやったのだが、そこで俺は目を疑った。


「いいえ、断じて自分は狂ってなどいなかったのです。うっ……一瞬間といえども、狂ったことはないんです。けれども、ああっっく……狂人は、たいてい自分のぅ……ことをそう言うものだそうで……っす……」


 何かの病気? いや、そうじゃない。原因は背後の席の女にあった。つまり、そう、上井草まつりが原因。


「つまり、この病院にいれられたものは気……違い、いれられなかったものはノー……ぉうマルということになるっ……ようです」


 風間史紘は、シャープペンの先でチクチクと背中を刺されていた。


 それは、あまりにも衝撃的光景。俺は開いた口が塞がらなかった。


 上井草まつりは、ペン先で風間の背中を刺しながら、彼の体が刺すたびに弓なりに弾けるのが楽しいらしく、クスクス笑いながらプスプス刺していた。


「神に問う。……無抵抗は罪なりやぁ!」


 それはもう、太宰治の『人間失格』の音読というよりは、風間史紘の魂の叫びだった。


「っふっはは……」


 何が面白いんだ。シャープペンで他人の背中を刺してクスクス笑う人間って、どうなんだ。人格を全力で疑いたいぞ。それこそ人間失格の烙印を押してやりたいくらいだ。


 だが、不良に囲まれた紅野を助けてもらった恩もあるしな、変な奴ではあるが、悪い人間ではない気もしている。ていうか、まつりは、何でこの街に居るんだろうか。何だか少し気になる。


 そこでチャイムが鳴った。


 で、さらに何回かチャイムが鳴って、教師が来て、ホームルームをして、放課後になった。


 掃除のために、机は全て、後ろに下げられる。


 紅野は、先刻言っていた買い物のためか、すぐに教室を出て行き、その紅野に掃除当番を頼まれていた上井草まつりも教室を颯爽と出て行った。不良だ。そして、俺も、


「さて、帰るか――」


「待ってください、達矢さん!」


 え、何だろうか、などと心の中で呟きつつ振り向くと、掃除道具を持った風間史紘が居た。


「達矢さんも、掃除当番なわけですよ」


「何だと。今までホームルーム終わったらさっさと帰っていたぞ」


「それはきっと、転入してきたばかりだったからとか、不良だったからとか、色々と理由があるのかもしれません」


 風間史紘はそう言った。


「あぁ、なるほど」


 そういや転校初日に呼び出されて以降、規格外の不良だと思われていたらしいからな。


「だから、ハイ、今日は逃がさないですよ」


 箒を差し出してきた史紘。


「わかったよ。やりゃいいんだろ、やりゃあ」


 俺は言って、乱暴に箒を受け取った。


「ていうか、まつりはどうしたんだ。紅野から掃除当番代わってくれって頼まれてたろ?」


「僕に代われって命令して帰りました」


「んーと、風間、だっけ。お前とまつりって、何なの?」


「何でそんなこと訊くんですか?」


「そりゃまぁ、だってなぁ、授業中もおかしかったじゃねえか。シャープペンで背中刺されてさ」


「僕は、まつりさんの下僕(げぼく)らしいです」


「はぁ?」


 下僕とかって、何言ってんのこいつ。


「まつりさんは、僕を守ってくれました。だから、僕は、いつかまつりさんのことを守りたいんです。まつりさんが喜ぶことは、してあげたいんです」


 よくわからんが、何やら色々あるらしい。


「おかしいですか? 僕ら」


「結構おかしいな」


「ですよね」


 そう言って、風間史紘は笑った。




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