宮島利奈の章_5-3
メンテナンスされていないような、ひび割れたアスファルトの道を進み、森に来た。
町の北東に位置する場所は、森に覆われていて、そのほとんどが謎に包まれている。らしい。
「行くわよ」
「おう」
陽気な日差しの中、フェンスの穴から侵入する。
森の謎を解くために。
「この森はね、わたしが生まれる前からずっとあって、ずっと謎だった」
歩きながら、利奈は話す。
「パパも、ママも、ここには近付くなって言ってて、この森で遊ぶと、パパに電動ドリル持って追い回されて、ママも国語辞典のカドで殴ろうとした」
ヤバイくらいの体罰だな。
「この森に何があるのか訊いても、答えてくれなくて、『オバケが居るから近付くな』とか言われた」
オバケ?
「その正体を、わたしは知りたい。大人たちが隠していた何かが、確かにこの場所にあるはずだから……」
「なるほど」
雑木林を進むと、ボロボロの道に出た。
湿った空気。アスファルトがヒビ割れ、壁には緑のツタ。横断歩道の掠れ切った白線。ボロボロのガードレール。
どうやら車道だった場所のようだ。
他にも斜めになったり横たわったりしている電柱もあったが、中でも目を引いたのは、古い信号機。
この町では車が通ることなんて、ほぼ無いから、信号なんて無い。電線は全て地下を通っているため電柱だって無いくらいだ。
だから、こんなものがここにあるのは不自然だと思った。
ツタの絡まった信号。明かりは、点いていない。
「ずいぶん古い信号だな」
「そうね。今、都会では、何か、こんな古い信号機は撤去されて、信号の明かりが新しくなってるんだっけ?」
「そうだなぁ、都会の信号は、結構変わってるとこ多いな」
「発酵培養土……だっけ?」
「――発光ダイオードな。そんな農業系の何かみたいな単語にしてくれるな」
……発酵培養土。
機械文明的な雰囲気が皆無になったぞ。農業関係で、しかも先人の知恵みたいなイメージの単語だ。
T字路に突き当たった。
「どっち行く? 右か左か」
利奈っちが言って、俺は「左がいいかな」と答えた。
「え、そう……じゃあ、左に行ってみようか」
「おう」
歩き出す。
しばらく歩くと、フェンスがあった。
つまり、行き止まり。
「だから言ったっしょ? 右って」
「言ってたか?」
「心の中で言ってたの」
「そうっすか」
「戻るわよ」
「すみません」
「ふっ、良いわよ。別に」
何だか楽しそうに声を弾ませた利奈っちは勢いよく踵を返した。
来た道を戻る。
そして、先刻の信号機があった場所に来て、今度は、さっき選んだのとは逆方向に歩き出す。
アスファルトの道を。
危険な雰囲気は無かった。
たとえば、熊が出るとか、原住民が居るとか、そういう気配は無くて、ただ静かで、じっとりとした春の森が広がっているだけ。
「にしても、何か、デコボコしてるわね」
「ああ……」
割れたアスファルトは確かに凸凹。
そして数歩歩いて、利奈の足が、地に触れた時!
不意に、ボコッと足場が崩れた。
「あっ――」
利奈の顔が遠ざかっていく。
「利奈ぁ!」
俺は手を伸ばし、その手を掴んだ。
しかし、俺の足元も崩れ去った。
宙に浮いた二人の体。
「ひゃぁあああああ!」
利奈の悲鳴が聴こえる。
俺は強く、目を瞑っていた。
意識は、ただ頭に。
頭をぶつけるのが最も危険だと思ったから。
意識している場所をぶつけるのは、意識していない場所をぶつけるのとは大きな違いがある。前者は比較的安全。後者は超危険。
できれば、目を瞑らない方が良いのだが、俺は恐怖に負けていた。
落下するという恐怖に。
ついでに手も離していた。
地面に、足が着いたのがわかった。
それで、一瞬、意識を足に奪われた。
状況を把握しようと目を開けた瞬間、視界が流れ、そして、
ガツンッ!
俺は後頭部を木にぶつけたのだろう。
暗転した。
後、転げ落ちていく感覚があった。
「…………」
ほんの少し、たぶん数秒くらい静かな時間が続いて、
「ちょっと、達矢……達矢ぁ!」
暗い世界に、彼女の声が、よく響いた。