宮島利奈の章_5-2
図書館に着くと、既に利奈が入口すぐの広間に椅子を持って来て座り、周囲に結界みたいにして円形に本を並べていた。
利奈っちは、その中心にある椅子でピンと弓の弦みたいに背筋を張って本を読んでいた。
綺麗だ、と思ったけれど、よくよく見てみると、目の下にクマがあったりして、なんだか疲れてるように見えた。
しかし、そんな疲れを感じさせない相変わらずの速読で、次々とページを捲っていく。
「利奈っち、おはよう」
俺がそう挨拶すると、
「ん? ああ、おはよう」
言って、本をパタリと閉じて立ち上がった。
結界の外に出て、椅子をずるずる引きずりながらテーブルまで歩く。
「本当に、本が好きなんだな」
「ん、まぁね」
テーブルの前に着いた。
「それで、外は晴れたが――」
「本当!? 探検しよう!」
「お、おう……」
「説明するねっ」
そして待ってましたとばかりの早口で説明を始める。
「まずこの町の構造で、一番の謎が残る地域があるんだけど、それは町の北側の一帯。正確に言うと北東の部分ね。風水的には鬼門の方角に当たるから、オバケとか怖いし、一人で行くのは怖かったんだけど、君が一緒に来てくれることになって本当によかった。それでね――」
「待て待て。ちっともわからん。俺は頭が悪いんだ。図解とかしてくれないだろうか」
「あ。うん……」
そして利奈はスカートのポケットから折りたたまれた大きな白い紙を取り出し、テーブルに広げ、そこに黒いペンで大まかな地図を描いた。
地図というか、町の全体を現す楕円だ。
「いい? ココが、現在地」
赤いマジックに持ち替え、地図に赤い丸をつける。
「ほうほう」
「で、わたしと君は、これからこっちに行く」
地図にマジックで赤い矢印を描いた。
「それで?」
「以上」
「えええ? 他に情報は無いのか?」
「そんなに色んなことがわかれば、探検なんてしないっしょ」
「それは確かに、そうだが……」
「で、とりあえず、これ着て」
利奈はそう言って、俺に迷彩柄の服を手渡してきた。
まるで軍隊で使われる服みたいなアレだ。
「これを着ろと?」
「当然、着ないとダメ」
コスプレみたいで嫌だな。
「何故だかきいてもいいか、利奈っち?」
「趣味だからに決まってるっしょ。特に理由も無く洞窟で寝泊りしたりとかさ!」
「いや、だが俺は、そんな趣味は――」
「文句あるの?」
「いや、この服を着なくてはならない正当な理由を教えてくれ。俺が納得するような」
「雰囲気って大事でしょ」
「果たして探検といえば、迷彩服なのだろうか」
確かに森の中に入っていくっぽい話は聞いたが、一体、どんな敵が居ると言うのだろうか。何か兵隊とバトル繰り広げたりすることになったら嫌だぞ。
「昨日、夜を徹して作った服なんだぞっ」
こいつ、ちょっとアホだろ。それでちょっと目の下にクマがあったり、疲れたような顔してんのか。
遠足前に眠れないタイプの人間に違いない。
利奈はそんな疲れた笑顔で言う。
「着るしかないっしょ!」
「嫌だと言ったら?」
すると利奈は、静かに電動ドライバーを構えた。
穴という穴に突っ込まれてはたまらない。
「ひっでぇな。それでは着るしかないじゃないか……」
その時、俺の手の上にある迷彩服の上に、キラリと光るものをみつけた。
これは、まさか……針?
「利奈っち。まさかとは思うが、マチ針とか付けっぱなしだったりしないか?」
「そんなわけ…………あっ……」
利奈は、俺の手から迷彩服を取り上げて、マチ針を抜き取ると、
「そんなもの、あるわけないっしょ」
言い直して、また手渡してきた。
不安だ。実に先行きが不安だ。
とはいえ、まぁ……恥ずかしいけど、仕方ない。色々と罪滅ぼしせねばならないからな。
「利奈っちがどうしても、と言うのなら、着ても良いぞ」
「うん。ありがとう」
「で、どこで着替える?」
「あの本棚の裏で着替えて。わたしはこっちで着替えるから」
「おう。わかった」
「覗かないでよ?」
「当り前だろ。誰が覗くか。俺ほどの紳士に向かって」
俺は言って、書架の裏に回った。
着替えながら書架越しに会話する。
「そういや利奈っちー」
「何かー」
「避難勧告の話、聞いたかー?」
しかし返事が無かった。
上着を脱いで、ズボンも脱いだ。
パンツ一枚になる。
「あれ? 利奈っち」
返事が無いのを不思議に思い、もう一度話しかけた。
「その話、本当?」
声のした方向、頭上を見ると……。
迷彩服姿の女が書架の上に立っていた!
「お、おう、生徒会長の志夏から聞いた話だから、間違いないはずだが……」
「そっか。えっと、避難勧告って……どんな?」
「何か、町の南側に不発弾が埋まってるって」
「そんなの嘘に決まってるっしょ」
「ああ、志夏もそう言ってたな」
「これはまた陰謀がありそうね。ただでさえ謎の多いこの町に更なる謎が……?」
「ていうか利奈っち。俺着替え中なんすけど」
パンツ一枚で迷彩服女子に見下ろされてるって、どうなのこれ。
「あぁ、大丈夫。わたし、見慣れてるから。パパので」
「パパっすか」
「でも、パパに比べると、貧弱そうな感じ」
失礼な!
「パパさんはどんな人なんだ?」
「写真見る?」
「お、あるのか?」
「うん。お守りとして持ち歩いてるの」
「ほう……」
利奈は書架の上でしゃがんで手帳を開いて落としてくる。
空中キャッチで受け取った。
「右がパパで、左がママ。真ん中わたし」
見ると、逆三角形の背中を見せ付けてマッスルポーズのムキムキと、メガネを手に持った美人と、子供。屋根の瓦に上った三人が写った写真が手帳に挟んであった。
なんかシュールだった。
何で屋根で撮ってんだ。
「パパさんムキムキっすね。そして、ママ美人っすね」
「ありがと」
で、手帳を上に投げて返す。キャッチした利奈は書架の上から落ちそうになったものの、何とか踏ん張り、ひとつ深呼吸して、言う。
「パパが大工さんで、ママが本屋さんだった」
「そうなのか」
いや、だが今はそんなことより。
「あの、利奈っち」
「何?」
「そんなことよりも覗かないでください」
「何女の子みたいなこと言ってるのよ。男ってのはもっとこう、ガーっと、グーっと、ワイルドに生きるもんっしょ! ほら、さっさと着てよ。日が暮れちゃう」
「わかったよ」
そして、「よっと」という声がして、頭上を見ると、そこから利奈の姿は消えていた。
俺はツナギになっていた迷彩服に身を包み、下からボタンを留めていって、第三ボタンまでを留めた。
利奈の所へ行く。
散らかされた利奈の服があった。ちゃんと畳んで置くとかすればいいのに、だらしない子だ。
利奈は、椅子に座って、サラサラの長い髪をポニーテールにしたところのようだ。
なかなか似合うじゃないか、ポニテ。
「着替え終わった? ちょっと待ってね……」
髪の束を自分で撫でて、
「よしっ」
勢いよく立ち上がった。束になった髪が跳ねる。何だか格好良い。
「そいじゃ、いくわよ、達矢!」
「おう」
迷彩服を着て、二人。図書館を出た。