宮島利奈の章_4-3
珍しく風の弱い時間帯で、雨の中歩いて、歩いて、歩いて。
図書館に来た。
利奈の姿を探すと、既に椅子に座って待っていた。
「おはよう、利奈っち」
「おー、来たねぇ。まぁ、座りなよ」
「ん、ああ」
さて、さっそく買ったばかりのプラスチックゴキ○リの実力を試す時だ。
利奈をびっくりさせたい。慌てふためく姿が見たいのだ。
ふへへ。我ながら極悪である。
行けッ、ピージー。お前の実力を見せてやれ!
俺は、ポケットからピージーを取り出し親指にセット。そして弾いて射出した。
プラスチックゴキ○リ、略してピージーは、一旦図書館の天井に向かって生き生きと舞い上がり、直後、ぽとりと机の上に着地した。
「…………」
利奈の視線は、ピージーに注がれる。
さぁ、どんな反応を示す?
「…………」
しかし、利奈は慌てなかった。
「何てことなの……」
静かに呟き、そして、少し歩き、
「何てことなのっ!」
今度は叫び、図書館の綺麗な床に手の平と膝をついた。全身でショックを表現している。
「ど、どうした。利奈っち」
「机の上、見て」
「ん?」
「居るでしょ、変なヤツが……」
俺の仕掛けたプラスチックゴキ○リが居る。
「ああ……ゴ――」
「言わないでっ!」
言い掛けた言葉を、遮られた。
やはり、その生物の名前を耳にすることすら嫌なのだろう。
「掃除をね、ちゃんとやってきたつもりだった。でも、アイツは登場した! やっぱり人間は、アイツに勝てないの?」
「ま、まぁ、かなり昔から生き残ってる生物としては優秀な種だからな」
「全生物が滅んでも、最後まで生き残るとまで言われているからな、ゴ――」
「言わないで!」
ゴキ○リが、と言おうと思ったのだが、遮られる。
「君、大掃除するわよ」
「大掃除ぃ? こんな雨の日に?」
「掃除に雨も何もない! この虫の少ない町においてアイツが出た以上、一刻の猶予も無いわ! 今朝も掃除したけど、もう一回やらないと!」
「何だ、アレが出てなければ良いのか?」
さて、種明かしと行こうか。
「出てしまったものを出なかったことにはできないっしょ!」
それができる場合もあったりするんだよ。たとえば、それがニセモノだった場合とか。
「だってアレ、プラスチックのおもちゃだぜ?」
俺は言った。
「え」
「ちょっとした悪戯をしたくてな。さっき、店で買ったのだ」
言うと、利奈は図書館の床を手の平で思いっきり叩き、
「何ですってぇ~」
怒っていた。
ちょっと、ヤバイかもしれない……。
怒りのオーラが立ち上っている。
「覚悟しなさい!」
まぁ、殴られるくらいは我慢しようと思う。
実際に、そうされるレベルの悪戯だしな。
我ながら、極悪な。
「行くわよっ――」
そう言った利奈の手には、昨日使った電動ドライバー。
「ちょっ……そ、それはまずいかなぁ!」
俺は言って、逃げ出した。
さすがに、あれはまずい!
ウィイィィイインというモーター音が響く。
先が尖って、回転するもの。
人に向けた時、それは凶器になる!
あぶない。あぶないよ!
ダッシュで逃げる。
「逃げるなぁ! 待てぇ!」
「ごめん、ごめんって」
ハンディな電動ドライバーを持って追い回す利奈は、まるで機銃持って追ってくる兵士のようだ!
俺は書架の間を、走って逃げる。
「やめろやめろぉっ! それ大怪我するって! キラリと尖ってギュルギュル回転しているものなんて危険すぎる! そんなもんでどうする気だ!」
「穴という穴に突っ込む」
「やめてくれ! 死んでしまう!」
年齢制限をかけなくてはならなくなってしまうぞ!
「モザイク行きになるのは嫌ぁ!」
「待てぇえええええええええー!」
「ごめんなさぁあーい!」
長い髪を振り乱しながら追ってくる!
その姿、さながら悪魔! さながらモンスター! さながら妖怪!
俺は、書架の陰に隠れた。
「はぁっ、はぁっ……」
「それで隠れたつもり?」
ウィイイン。
回る電動ドライバーの音。
どこだ?
右を見ても左を見ても、見当たらない。
まさかっ!
「上っ?」
居た! 頭上に居た!
「やっと追いついた! しんでもらう!」
ウィィァン!
「待ってくれ。何でも言う事を聞く。何でもだ! だから、命ばかりは!」
「本当? 何でも?」
「ああ、もちろんだ!」
「今度やったら許さないわよ」
「もちろんです。申し訳ないです」
「風紀委員と生徒会長に言いつけて、反省室に閉じ込めてやるんだから」
反省室って、そんなもんがあるのか。
「要するに独房入り」
「独房……」
「その上で、わたしの友達の超料理下手な子のゴハンを一日三食与えるわ」
「き、聞いただけで恐ろしい話だな」
拷問じゃねぇか。
「今回は初犯だから許してあげるけど、ね」
「申し訳ありませんでしたぁ!」
「うん」
そして、利奈は髪を整えながら言うのだ。
「さて、何でも言うことを聞くんだったわね」
一体、どんな命令をされるんだ。おそろしいぞ!
「何でもどうぞ……」
「とりあえず今日は帰って」
「え?」
「いやぁ、外は雨だし、それにさ、実は探検の計画が、まだまとまってなくてさ。今日一日で整理しておくから、また明日来て」
「え、でも、よかったら一緒に計画立てても良いぞ?」
「何言ってんのよ。この町のこと何も知らない人間は、足手まといっしょ」
いや、何も知らないから、知りたいと思うし、足手まといだと思うなら「一緒に探検しよう」なんて言い出すのもおかしいだろ。
「何だか矛盾してないか?」
「………………ほんとだ」
やっぱ変な奴だな、こいつ。
「いえ、でも待って。自分の中に矛盾を見つけたとき、それをどうにかするとかじゃなくて、どう矛盾と向き合うかが重要なのよ。そうっしょ?」
まぁ、利奈がそう言うんなら、「そうっすね」としか俺は答えられないぜ。何せ、悪戯をした罰として絶対服従しなければならないからな。
「ようし、でもとにかく、さっさと帰って。集中できないから」
「お、おう……また、明日な」
「うん。また明日」
俺は、逃げるように外に出た。
外は雨が降っている。
傘立てには、俺の傘と、利奈の傘と思われる傘があった。ちゃんと傘を用意してきてるとはな。用意の良いヤツだ。
「よし……」
俺はビニル傘を手に取り、開いた。