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宮島利奈の章_3-5

 ラーメンを食べ始める。


「美味いっ」


 と俺は言った。


「でしょー?」


「あっさりとしてコクのあるスープに、中太ちぢれ麺が絡み合い絶妙なハーモニーが」


「評論家さん?」


「いや、全然普通のことしか言ってないが?」


「そうなんだ。都会には、ラーメン評論家みたいな人がいっぱい居るの?」


「ん? 何で俺が都会から来たって?」


 そんなこと、一言も言った記憶が無いんだが。


 はっ、もしや、俺の都会オーラが知らぬ間に溢れてしまったのでは?


「あぁ、実は、あるスジからの情報でね」


「あるスジ?」


「会長さん」


「何だ会長さんって」


「生徒会長さん」


「生徒会長だと?」


 そんな権力者と知り合いだというのか!


「遅刻とサボりの常習でこの町に送られて来たんだっけ?」


「うぉお、そんなことまで……」


 ラーメンを食べながら話していると、先刻の店員さんがやって来て、コップに水を注いでくれた。


 無言で。愛想なさすぎてなんだかこわい。


「あ、ありがとっす」


「いえ」


 無愛想だった。


 と、その時、「ねぇ、店員さん」と利奈が声を掛けて呼び止めた。


 ぴたりと立ち止まって、くるりと振り返る店員。


「何ですか」


「ラーメンに入ってるブタさんの名前ってわかる?」


 おいおいおい、こいつ、何てことを訊いてるんだ。


 しかも、俺はまだ食べてる途中だぞ。その豚さんを。


「あ、答えてくれなくていいっすよ。こいつ、ちょっと頭アレなんで」


「ちょっと、ひどくない?」


「事実だろうが」


「――トン吉」


「え?」


「ブタさんの名前は、トン吉」店員さんは、そう言った。


「そ、そっか。トン吉だって、達矢……」


 店員さんは去っていく。またしても愛想無く、無言で会釈だけして。


「トン吉……か」


「トン吉さん……だってさ」


「利奈っち……何故このような嫌がらせをするんだい?」


「わたしさ、以前から思ってたんだけどさぁ、皆、食べてるものの名前とかって気にしなかったりするでしょ? あれって、やっぱりダメだと思うのよね。わたしたちって、生きていたものを食べてるわけでしょ? その自覚を失うのは、よくないことだわ」


「いや、美味しく食べられなくなるから、逆に死んだものに対して失礼なんじゃないのか?」


「あっ、美味しく食べないと失礼……か。そういう考え方もあるんだ」


 一体、何なんだ、この子。


「ええい、トン吉さん。ありがとう! 努めて美味しく食べるから許してくれ!」


 俺はそう言って、チャーシューを食べる。


「美味い、美味いぞトン吉っ!」


「あのね、達矢。トン吉はね、両親に可愛がられていたの。でも、ある日、両親から引き離されて……ぅう……ハーブのようなものを食べさせられて健康に育てられ――」


「勝手に設定くっつけんのやめろって!」


「……だいたい合ってる」


 いつの間にか、店員さんが横にいて、俺のコップにお冷やを注いでいた。


「なにぃ? 合ってるのかっ!」


「ごゆっくりどうぞ」


「ありがとねー」


 利奈っちの声を背に、店員さんは去っていった。


「早く食べなさいよ。折角美味しいのに、のびちゃうわよ」


「お前が言うか……」


「あ、ギョーザ一個もらって良い?」


「おう、良いぞ」


「ありがと」


 ラーメンも餃子も、大変美味しいのだが、トン吉のことを思うと、少し、美味しさが減る感じがする。


 何と言うか、「申し訳ない」という雑音にも似たもんが味覚に入り込んでしまう感じだ。でも、それでも食べずにいられない。人間ってのは、何と罪深いものだろうね。


 そんな高尚っぽいことを思いながら、ラーメンを食い終えて餃子も食った。





 完食。


「食べるの早いわね。さすが男の子」


「いや、利奈っちが遅いんじゃ?」


「それもあるけどね」


「…………」


「そんなジロジロ見ないでよ」


「ん? ああ。すまん。暇だからつい」


 と、そんな時、利奈は思いついた顔で、


「あ、そだ。頼みがあるんだけど」


 利奈は、ねぶり箸をしながら言ってきた。


「何だよ、またか?」


 とはいえ、まだ俺の罪滅ぼしが終わったわけではないからな。


 利奈と会った時にぶつかったこと、肩車した時に頭をぶつけさせてしまったこと。それを、今日の書架固定作業で清算できたとは俺も思っていない。


「次は、どんな頼みだ?」


「うん。えっとね……」利奈はコップの水を飲み、そして言った。「探検がしたいの」


「探検?」


「うん。探検」


「っていうと、何か世界を救うために魔物を倒したりするアレか?」


「それは冒険でしょ。そんな危険なものじゃないわよ」


「どこを、どう探検するんだ?」


「町の北の森を歩いて探検するの」


「何のために」


「そこに謎があるからに決まってるでしょうが」


「えっと、危なくないのか?」


「大丈夫よ。多分」


 多分って、少しは危険かもってことなんじゃないのか。


「詳しいことは明日話すから、また図書館に来て」


「あ、ああ。わかったが……」


 とりあえず、詳しい話を聞かないことには、行くとも行かぬとも言えない。


「ありがと」


 利奈はそう言って、ラーメンのスープを飲み干した。


「ごちそうさま。……じゃあ、出よっか」


「ああ」


「わたしが払うけど、いいよね?」


「そりゃもちろん」


 ありがたいことだ。


「店員さーん。お勘定ー」


 すると無愛想な店員さんが歩み寄ってきた。


「一二〇〇円」


 安いな。


「じゃあ、丁度ね」


 利奈は一二〇〇円を支払う。


「ありがとうございました」


「ごちそうさま」「ごちそうさまでした」


 俺と利奈っちはそう言って、店を出る。


「またどうぞ」

 店員さんは、最後まで愛想が無かった。


 そして、店を出て、ショッピングセンターも出たところで利奈は、


「そいじゃ、わたしは少し用事があるから、ここで。また明日、図書館でね」


「え、あ、ああ。ありがとな、ラーメン。美味かった」


「こちらこそありがと。地震対策やってもらっちゃって」


「いや、別に良いけどな」


「じゃね」


 利奈は言って小さく手を振り、俺に背を向ける。

 長い髪を揺らしながら去って行った。


「俺も……帰るか」


 呟き、ショッピングセンターを出て、湖を右手に見ながら進み、寮に着いた。


 そして、自分の部屋に入り、布団を広げて寝転がった。


「疲れたなぁ」


 探検をしよう、か。


 一体、宮島利奈は何者なんだろうな。


 今のところ図書館に入り浸る自称図書委員ということしかわからないのだが。まぁ、探検の話は、明日になればわかるだろうから、とりあえず寝ることにしよう。


 今日は、もう、疲れた……。




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