紅野明日香の章_3-3
午後の教室。
俺は、窓際の自分の席で、授業を進める教師の話も聞かずに窓の外を眺めた。
朝食のときに話した男子、というか、さっき紅野を助けた男子が言った通り、窓の外を吹く風が弱まっているようだ。風車の回転も、先刻と比べると緩やか。飛行機は、ちゃんと飛び立てただろうか。
廊下側には空席一つ。
転校初日からずっと空席になっている場所、その後ろは上井草まつりの席。
思えば、いつも窓の方ばかり見ていて、教室の様子をよく見渡すのは初めてだったかもな。
教科書の内容を読み上げているだけの教師が呆ける俺を睨んでいて、隣には紅野明日香がいて、先述の通り、廊下側には上井草まつり、中央付近に、温厚な二人組。級長と笠原みどり、
三日目にして、この空間に置かれるのが当り前になりつつあった。
妙に居心地が良いからな。何故か。
ところで、考えてみたが、俺の周りは女ばかりだな。男ばかりに群がられるよりは良い、というか女性陣は皆可愛いかったり美人だったりするので全く悪い気はしないが、そろそろ男友達が欲しいところだ。
とても下らない話ができるような。
と、そんなことを考えていたまさにその時だった。
ガララララっ!
授業中だというのに堂々と引き戸が開けられた。
そして入ってきたのは、
青白い肌、細い腕。華奢な体つき。
明らかに軟弱そうな男子がそこにいた。
「す、すみません、遅れました。風間史紘です」
「ああ、風間か。久しぶりだな」
教師は言った。遅刻を咎める様子もなく。
俺は思わず隣にいる紅野明日香に話しかける。
「あいつ、遅刻を容認されているだと。もう諦められているのか、それとも札付きの不良なのか。とてもそうは見えないが、人は見かけによらないということか」
「何で、すぐ不良方面に結び付けようとすんの、あんたは」
「だって、遅刻だぞ。反社会的と言われて皆に非難轟々だぞ!」
「あのね、それはあんたのような無断遅刻常習の輩に対する評価。先生の態度を見る限り連絡済みなんでしょ」
「だが、俺は電話してわざと遅刻した時も怒られたぞ」
「あんたの場合、わざとってのがバレバレなんでしょうに。普段の行いが悪かったんでしょ、どうせ」
「なるほど、たしかに」
と、そんな風に紅野と不毛な会話を交わしてる間に、風間という男は今まで空席だった所に座っていた。
上井草まつりの前の席。
そして、背後のまつりと少し話していた。
その授業が終わってすぐのこと。
「明日香さんと、達矢さんですか?」
遅刻してきた男が話しかけてきた。
「あぁ、遅刻して来た奴か。何の用だ」
「あの、僕、風間史紘です」
「だから、何の用だっての」
「やめな、達矢。怯えているじゃないの」
いや、全然怯えてねえぞ。しかも、俺も別に威圧的に接してるわけじゃない。
「僕は、風紀委員補佐という立場で居たんですが、まつりさんが、新しい風紀委員に挨拶しろって……」
「そう。じゃあ、まつりを連れてきなさい」
「はい」
風間史紘は返事をして、で、本当に連れて来た。
「何の用? 明日香」
紅野はまつりに訊く。
「この子、何なの?」
「そんなの自分で訊きなさいよ」
「言われてみれば、そうね。あんた、何なの?」
紅野は風間史紘に訊いた。
「僕は、だから、風紀委員を補佐するわけですよ」
「だから、それが何かって訊いてんの。具体的に、科学的に」
「それは、えっと、何なんですか、まつりさん」
「はぁ? んなもん自分で考えろよ。このすっとこどっこい」
「あ、すみません、わかりません」
何、この不毛すぎる会話。
「あぁ、つまり、まつりが風紀委員じゃなくなったから、私の家来になろうっての?」
まつりは苦々しさをかみしめる表情で黙り込んだ。
「えぇっ? まつりさんは、もう風紀委員じゃないんですか?」
風間は目を丸くして訊いてくる。
「そもそも最初から風紀委員なんてものが存在しないって噂だぞ」
俺が言うと、紅野明日香は「いやいや」と顔の前で手を振って言った。
「そんなことないでしょう、まつりはさっき廊下で、風紀委員の仕事したわ」
なんだ、こいつ、偉そうに。いや、しかしまぁ、紅野明日香はこういう奴だ。もう何も言うまい。
「で、結局何なんだ?」と俺。
「そうねぇ」紅野はすこし考え込んでから、「じゃあ私が風紀委員長で、達矢とまつりが副委員長。あと、あんた、史紘とか言ったっけ。あんた書記っぽいから書記ね」
「おい紅野。何だその生徒会みたいな役割分担は。ていうか、書記って、何を書き記すんだ。その前に、何で許可も無くまつりを子分に入れてるんだ」
俺は言ったが、まつりは不満そうではあったが、子分という立場を受け入れているようだった。
「そりゃ、負けたからに決まってるでしょうが。敗軍の将は、勝者の言う事を何でもきく。それは当然のこと!」
「ええ、そうね」
やはり、まつりも納得しているようだ。
「つまり、風紀委員は組織としてレベルアップを果たしたのよ。三人とも、私のために、しっかり働いてね!」
そう言った紅野明日香は、とても良い笑顔をしていた。
「あ、あと今日の放課後、掃除当番代わって欲しいんだけど、いいかな? まつり」
「くっ……い、いいけど……?」
悔しそうだった。
「放課後、何かあるのか?」
「ん、ちょっと買い物にね」
「そうか。付き合うか?」
「来るな。絶対」
何か秘密のブツでも取引するんだろうか。本気で嫌がっているようだ。
「あ、そうっすか」
そして、チャイムが鳴って、休み時間は終了。
また退屈な授業が始まる。
「じゃ、掃除当番の件、よろしくね。まつり」
「わかってんだよ! サボんねぇよ!」