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宮島利奈の章_2-2

 暇だ!


 何もやることがない。


 寝るくらいはできるとは思ったが、それなら別に図書館じゃなくてもできることだ。


 そもそも、本なんか読まない俺は、一体何故図書館なんかに来てしまったんだ。


 せめてマンガとかがあれば良いのに!


「そうだ。まだ館内をしらみつぶしに探したわけではない。どこかに、隠されたマンガがあるかもしれん!」


 俺はそう叫び、立ち上がった。


 そして、もう一度図書館内をうろつく。


 相変わらず、誰も居なくて、何だか寂しい。


 俺は元々寂しいと死んでしまうタイプの小動物的な性質を持っていると自負している。死んだことないからわからないけれど、きっとそうだと思う。


 こんな、誰とも会話できない空間に置かれて孤独に苛まれるのは嫌だ。読書すれば、昔の人と会話できるとか思うこともあるけれど、一方通行の発信を読むことを「会話」とは呼ばない。


 会話とは、心が触れてこそだろう。


 ということは、会話したがる俺は、誰かの心に触れて影響を与えたいと思っているってことになる。


 とにかく今、その相手が居ない。やっぱ学校に行くか?


 ――いや、あの教室とかいう場所には、俺にマイナスの影響を与える条件しかない。


 教室なんかに、もう行くものか。


 図書館内を歩きながら、そんなことを考えていた。


 本当に、誰も居ない。まるで、世界に一人、取り残されたように。


 やがて俺は、無人なのをいいことに、図書館を走り出した。


 バカ丸出しの、最悪マナー違反である。良い子も悪い子も真似をしてはいけない行為である。


「ひょーぉぉぉう!」


 奇声を上げながら書架(しょか)の間を、走り抜ける。


 置かれていた踏み台に、つまづいて転びそうになる。


 角を曲がる。何度も。ターンする。


 そして、何度目かのターンをスピードを落とさずに完了したその時、


 目の前に……人影!


「ひゃぁあ!」


 悲鳴が耳を突き刺した。後、どしんと激突した。


 そして、書架にもぶつかって、書架が、ばったーんと倒れた。


 ばさばさと、何冊もの本が俺の頭の上に舞い落ちた。


「いっててててて」


「っうぅ、いったぁい……」


 俺の耳元で、女の子の声がした。


 って、耳元?


 そして、気付けば何だか俺は軟らかいものの上に乗っかってるぞ。何となく甘ったるい匂いもする。


「く、苦しいっ……」


「はうぁ!」


 俺は、素早く立ち上がって、離れる。


 女の子の上に抱きつく形で乗っかってしまっていた!


「ご、ごごご、ごめんなさいっ!」


「痛かった~」


 呟き、後頭部をさすりながらのっそり起き上がった女子。


 俺と同じ学校の制服を着て、とても長い髪をしていた。


 女子の左腕には『図書委員』と書かれた腕章。


 本が散らかった世界の中で、出会った。


 俺は先に立ち上がり、図書委員も続いて立ち上がる。


 この図書委員女子、女子にしては背が高くて、良くも悪くもすらっとしている。そして、特筆すべきは、その髪だ。とても長くて綺麗な髪だった。


「あの、えっと、頭とかぶつけてない?」


「それは、大丈夫ですけど……お名前は?」


「戸部達矢っす」


 名乗った。


「宮島利奈です」


 女は言った。


 自己紹介を交わした。


「それで、何で授業中なのに図書館に居るんですか!」


 と利奈は叱るように言った。


「その言葉、そっくりお前に返してやりたい」


 この利奈ってヤツも制服だからな。サボりなのだろう。


「わたしは良いの。図書委員だから」


「そうなのか」


「そうです」


 腰に手を当てて胸を張ってきた。えっへんって感じで。


「良いなぁ。俺も図書委員になりたいぜ」


 それでサボりが容認されるなら。


「図書館内を走り回る人が、図書委員という名誉ある役職に就けるわけがないっしょ」


「否めない」


「というか、出て行きなさい! サボッて図書館で走るような人は、古代中国では酷い目に遭うわよ」


「ここ、古代中国じゃないし、本当に図書館を走り回ったら酷い目に遭うなんて、きいたことないぞ」


「…………出典はどこって言いたいわけか。なかなかやりますね」


「何がだ」


 どうやら、変な人のようだ。


 まぁ、学校サボッて図書館に居る奴に、マトモさを求めるべきではないし、そもそもこの町に居る人間にマトモさを求めるべきではないだろう。


 何せ、ここは、牢獄の町。通称『かざぐるまシティ』と呼ばれるほどの掃き溜めだ。各地から問題児たちが集って更生する場所なのである。


「何で学校行かないの? えっと、達矢だっけ」


「そんなの決まってるだろう利奈ちゃん。教室がこわいのさ」


 あのシンとしてスルーな空間を、好きにはなれないのだ。


「不登校……それで図書館に……」


 かわいそうなものを見るような目を向けられ、さらに、


「かわいそうに……」


 呟かれた。


「お前こそ、何でここに居るんだよ」


 すると利奈は、左腕の腕章をピラピラと見せびらかしながら、


「だって、図書委員」


「図書委員だからって、授業しなくて良い理由にはならないだろうが」


「生徒会長さんから許可は取ってます」


「何だと」


「勉強なんて、勉強の仕方さえわかれば自分で出来るし」


「嘘だ! 頭悪いんだろ!」


「何ですって!」


「では、この計算式が解けるか!」


「言ってみなさい!」


「1+1=?」


 さぁ、まずはこのハテナを埋めてもらおうか。


「ふっ。難しい問題ね」


 おいおいマジかよ。


「やっぱり信じられないほど頭が悪いようだな……」


 しかし、利奈っちは自信満々にこう言った。


「これは、『2』と答えたらハズレだと言われることは容易に想像できるわ」


 いや、正解は『2』だろ。


「正解は、『正解なし』でしょう」


「いや、『2』だよ」


「ずるい! 卑怯!」


「ええ? 何でだ!」


「この卑怯者!」


「いや、どう考えても『2』以外入らないだろ!」


「嘘つきなさいよ、現実世界にフィードバックさせてみなさいよ」


「はぁ?」


「たとえば、今この場所に、わたしが居る。そして、君がいる。わたしと君を足したら、『2』とかいう記号になるの?」


「その前に『足す』って表現というか、概念がよくわからんぞ」


「そう。だから難しい問題って言ったの。いやはや、哲学的な問いかけだったわ」


 こいつ、なんと言うか、頭大丈夫か?


「俺で一人、お前で二人、合計すれば二人になるだろう。足すってのはそういうことじゃないのか?」


「君がオバケとかに取り憑かれていたら二人にならないでしょう二人と……プラス何かっしょ」


 沈黙が流れた。利奈は言ってやった風な表情をしていた。俺は少し考え込んだ後、利奈の言いたいことを汲み取ろうと悪い頭を働かせ、そして俺は沈黙を破る。


「俺取り憑かれてんのっ?」


「さぁどうかしら」


「はっ、それで俺は、館内を突然走りだしたりしてしまったというのかっ」


「大丈夫……?」


 気の毒そうに俺を見つめている。


「お前、なかなか――」


 と言いかけたところで、利奈は険しい表情で割り込む。


「『お前』ですって? 馴れ馴れしいわね」


「じゃあ、何て呼べば良い?」


「利奈っちでいいわ」


 えっと、そっちの方が馴れ馴れしくないか?


 しかし、ともかく指定された呼び方にした方が無難だろう。何となく恥ずかしいけど。


「り、利奈っち」


「何?」


「頭良いな」


 皮肉ってみた。


 そしたら彼女は、「まぁね」とかって自慢げだった。


「さて、邪魔したな。俺は帰るとするよ」


 そうして俺は去ろうとしたのだが、ガシッと腕を掴まれた。足が止まる。


「待ちなさいよ」


「な、何だ。利奈っち」


「本棚、倒れてるし、本散らばってるし。このまま帰る気?」


「…………あぁっと……やっぱ俺のせいかな?」


「当り前でしょう」


「片付けて行けと?」


「当り前でしょう」


「でも俺、図書委員じゃないし」


「じゃあ臨時図書委員に任命するわ」


「ああ言えばこう言う……」


「何か言った? 何、その態度」


「すみません」


「あんまり変な態度してると、風紀委員に言いつけるわよ」


「風紀委員だと?」


 そういや、転校初日に俺を撥ね飛ばしたヤツも風紀委員だったな。


 上井草まつりとか言ったか。


「あら、その顔じゃ、風紀委員の恐ろしさを知っているようね」


「ああ。奴は恐ろしい」


「わたしも、たまに餌食(えじき)になるわ……」


 利奈は小さく震えながら床を見た。


 ていうか、餌食って。なに、餌食って。


「で、片付ければ良いんだっけ?」


 俺がそう言ったら、利奈は顔を上げて、


「そう。見ててあげるから、まず本棚戻して、本も全部元の場所へ」


「了解した」


 俺は腕まくりをして、倒れた書架を元に戻す作業に差し掛かった。


「わたしはここで見張ってるから」


 言って、壁のほうへ歩き、手を後ろに回して壁に寄りかかった。




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