表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
203/579

穂高緒里絵の章_最終日-6

 しばらくして。


「…………んあ……」


 おりえが起きた。


「よう、おはよう」


「ぅゃぁっ。寝てしまったにゃん?」


「ああ、そうだな。すっげぇ寝てた」


「あぅう、恥ずかしい……」


 恥ずかしいだと。


 そんな感情が、おりえにあったのか。


「まつりがな、『後でモイスト』って言ってたぞ」


「も、もいすと……」


 怯えていた。


 一体何なんだろうか、モイストって……痛いことって言ってたが。


 まぁいいか。


「ところで……これから、どうするんだ?」


「うにゅ?」


「えっと、おかーさんを連れて来るにゃん」


「華江さんをか」


 おりえは頷き、


「一緒に、行こう」


「その前に、着替えろ。その格好で行ったらサプライズにならんだろう。せめて、ペンキまみれの服は脱ぐべきだ」


「あ、そか」





 で、穂高家で予備の制服に着替えて出てきた。ちなみに、俺も一度寮に戻って着替えた。


「おまたせぇ」


「おう」


 俺たちは、坂を下る。


 そして商店街を抜けて湖に突き当たって右に曲がる。


 お客さんが一人もいない昼間のショッピングセンターの前を通り過ぎる。


 町の南西の丘にある病院に着いた。


 病院のエントランスには、着物姿の華江さんが居た。


 華江さんは、俺とおりえの姿に気付くと、元気そうに走って来た。


 おいおいおいおい、走らないでくれよ。心配だから。


 頼むから病人らしく安静にしていてくれ。


「達矢さん。緒里絵っ。二人とも。ちょうどよかった。なーんか急に避難するってんで、病院追い出されちゃってねぇ。あたしが最後に残ってた患者だったらしいねぇ」


 俺は、そんな華江さんの言葉に、まともに反応せず、ただ言いたいことを言った。


「華江さん。おりえが、見せたいものがあるって言ってます」


「何だい?」


 怪訝(けげん)そう。


「一緒に来て!」


 おりえは、華江さんの手を引いて歩き出す。


「何だか、ペンキくさいねぇ」


「そうっすか? 俺は何も感じないですけど」


「病気のせいじゃない?」と、おりえが言った。


「そっ――」言い掛けて「ふ……」小さく笑い「そうかねぇ……」そう言った。


 そして、おりえが先頭に立って歩き出す。


「じゃあ、行くよっ、二人ともっ」


 ショッピングセンターに続く、緩やかな下り坂。


 ショッピングセンターの前を抜け、湖へ。


 湖から、坂に出た。


 視界の先には、商店街と、その奥に……花畑と、染められた風車。


「お……緒里絵…………?」


「何? おかーさん」


「な、何だい、これ……」


「綺麗でしょ。お花畑」


「……すごいねぇ……皆でやったのかい?」


「うん。そうだけど、お花は、ほとんど、あたしと、たつにゃんでやったよ」


 涙が、流れた。


 華江さんの、涙。


「たっ……達矢さん……ありがとう……。病気のことバレちまってんのは、納得いかないけどねぇ……でも、これは、うれしいよ」


「はい」


 俺は笑顔で返事する。華江さんから教わった、精一杯の笑顔で。


「おかーさん。こんな所から見ても、楽しめないよ。もうちょっと奥に行こうよ。その方が綺麗だよ。商店街の、端まで……」


「そうだねぇ。そうだねぇ……」


 涙を、手の平で拭いながら、歩く。


 俯いたまま、商店街の、緩やかな坂道を登っていく。


 左手に、穂高家が見えた。


 それを横目に見ながら通り過ぎると、目の前は……埋め尽くされる。


 カラフルな、世界に。


 まるで、虹みたいな色合いの、でも、少し違う。


 派手で、おりえらしくて、見たこともない世界。


「綺麗、だねぇ……」


 花畑の縞模様が、広がっている。


 風車も、カラフル。


 数日前からは、変わり果てた場所。


 色付いた場所。


 綺麗。


 美しくはない。派手なだけのように見える。


 でも、そこには、人間が織りなす綺麗さが、確実に、ある。


「やだねぇ、本当に……やだねぇ……」


 震えた声で。


「死にたく……ないねぇ……」


「華江さん……」


 俺だって、死んで欲しくなんかない。


 この町の医者が、手遅れと言った命でも、別の町で診てもらえば、全く別の結果が出るかもしれない。


 こんな小さな町の病院の技術は、きっと遅れているから……。


 大きな病院で、診てもらいたい。


 その活力が、湧いてくれたら良いなと思う。


 もう、十分に生きたなんて、言って欲しくはない。


 まだ、足りない。


 全然。


 これからじゃないか。


 俺がおりえと結婚して、いつか、孫でも生まれて。


 ずっとずっと、幸せな日々が、これから、あって。


 だから……俺は、新たな計画を、提案しようと思う。


「華江さん」


「何だい、達矢さん……」


「大きな、病院に行きましょう。こんな小さな町の病院じゃなく、大きな町の、大きな病院に……」


「そう、だねぇ……」


「セカンドオピニオン計画なんて、どうっすか」


「計画ってほどでも、ないねぇ」


 笑って、泣いて、華江さんは言う。


 強風が、通り過ぎる。


 カラフルな花びらが、舞う。


 舞い上がる花びらの中で、三人、立っていた。


 赤、オレンジ、黄色、緑、青、ピンク、紫。


 虹みたいな世界で。


 でも、虹にピンクってあったっけ?


「なぁ、おりえ」


「何だにゃん?」


「何で手前から二番目、ピンク色なんだ」


 まさかとは思うが……おりえのことだ。変なことを言い出す気がしてる。


「だって愛でしょ。愛色だにゃん」


 やっぱり、それを言うなら、藍色だろうに。


「ホント、バカだねぇ」


 華江さんのグーの手は、おりえの頭をコツンと叩いた。


「うむにゅん…………」


 風は、呟きを乗せて、舞い上がった。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ