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穂高緒里絵の章_最終日-5

 知らない間に、俺も眠っていたらしい。


 そしていつの間にか、しっかりと手を繋いでいた。


 体が限界まで疲れてしまっていたことも手伝って、春めいて暖かい世界で、ついつい眠ってしまったようだ。


 目覚めると、太陽は高く昇っていて、目の前には……二人の女子が居た。


 上井草まつりと、伊勢崎志夏だった。


「お、おう……二人とも……」


 上井草まつりは、ちょっとは認めてやるぜといった声の調子で、


「なかなかやるわね。本当に一晩で花畑完成させるなんて」


「ま、まぁな……」


 愛の力でな。


「ところで達矢くん……お腹減ってない? お弁当あるわよ」と志夏が言った。


「お、本当か? はっきり言って腹ペコさんだぞ」


「じゃあ、コレ」


 俺は、受け取り、すぐにフタを開け、


「いただきます」


 とりあえず食べた。


「どう?」


「誰が作った」


「笠原さん」


 やはりそうか。


「ひどいぞ、コレ」


「…………ひどいって?」


「今まで食べた中で、一番不味いぞ。これ」


「ちなみに、背後に笠原さん居るけど」と志夏。


「なっ」


 そして本当に、背後から笠原みどりの声がした。


「ごめんねぇ……なんか……美味しくなくて」


 おそろしくて、振り返れない。振り返らないまま言い訳するようにして無理に褒めてみる。


「あ、いやぁ。ウマいなぁ。この玉子焼きとかもう絶品。激甘で、まるで砂糖の塊を食っているようだぜ。あ、大昔、砂糖は高級品だったんだぜ。贅沢だな。でもどうしてか異常な苦味が混じってるのも、なかなか不思議で異世界感に溢れてるなぁ」


「いいよ。無理に褒めなくても」


 泣きそうな声が耳朶(じだ)を打つ。


 やばい、どうしよう。なんだこれ。


 やがてみどりは、


「戸部くんなんて、戸部くんなんて、一生そこで野宿してれば良いのよおおお!」


 叫びながら、駆け出したようだ。ようやく俺が声のする方に振り向くと、みどりの遠ざかっていくのが見えた。


「一生野宿って……ひでぇこと言うなぁ」


「実際みどりの弁当はヒドイもんね。あんなもん食わされたら、あたしなら迷わずモイストしてるところだ」


 と、そんなタイミングで、


「うむにゅん。もう食べられないにゃん……」


 おりえの寝言だった。なんつーか、ベタな寝言だ。


 不良のまつりさんは思いついた顔で、


「おい達矢。ちょっと、そのお弁当、カオリに食べさせてみてよ」


「なっ。何を言い出すんだお前。そんなこと、できるわけないだろう! 小動物なら、こんな弁当食べたら死ぬぞ!」


 そして、おりえは少し小動物っぽいからな。


 コテンと倒れたりしたらどうする!


 おりえに先立たれたら、俺はどうすればいい?


「ちょっと貸しな」


「あっ――」


 まつりは、俺からクソ不味い弁当を取り上げると、玉子焼きを親指と人差し指でつまんでおりえの口の前に持って行った。


 おりえのピンチ!


 愛する少女の生命の危機!


「やめろぉ!」


 俺は言って、ギリギリのところでまつりの手にあった玉子焼きを奪い取って食べ、更に弁当箱を取り上げ、その中身を一気に食べ切った。


 こんなクソ不味いものをおりえの口に入れさせるわけにはいかない。おりえを守るためには、悪しき弁当はさっさと処理してしまうのが得策!


「くはぁ……まっず……」


 それにしても大変なマズさだった。


「すごいわね……」


「ああ。愛の力だ」


 恥ずかしいセリフを言ってみた。


 すると、志夏は、スカートのポケットをまさぐり、そして、何か細長いものを取り出した。


 ペンのようにも見えるが、まさか……。


『ああ。愛の力だ』


 そのペンのような機械から、俺の声が発せられた。


「恥ずかしいセリフね」


 あのペン型のボイスレコーダーだった。


「お、おいっ。自分の恥ずかしいセリフ録音されたの聴くと、なんか想像を絶するくらい超恥ずかしいんだが!」


「何ですって! この程度で恥ずかしがってたら、俳優にもお笑い芸人にもなれないわよ!」


 どっちにもなる気ねぇよ!


「あっはははは!」


「まつりもっ、笑ってんじゃねぇよ!」


「さて、上井草さん。遊びは終わりにしてそろそろ行きましょうか」


「ん? そうね志夏」


「え? 行くってどこへ?」


「上井草さんたちは、これから避難なの。避難のバスが出るのは、あと二回だから、達矢くんや穂高さんたちは一番最後になるわね……」


「てことは、もう……ほとんどの住民が、避難したってことか……」


「そういうことになるわね」


「そっ……か……」


 何だか、ガッカリした。


 多くの人に、見て欲しかった。


 虹色に染まったこの風車並木を。


 今、この瞬間しか見られない姿の町を。


「でもね、皆、避難する前にこの道を歩いて行ったわよ。達矢くんが寝てる間に。ちゃんと目に焼き付けて、また、この町に戻って来るって皆、言ってたわ」


 ああ、何だ。それなら、よかった。安心だ。


 見てもらえた。


 おりえの、頑張りが実を結んだ気がして、うれしかった。


「そうだろう。この町は、良い町だからな」


「おい、達矢。カオリに伝言、頼んでいいか?」


「ん? あ、ああ……」


「『後で久々にモイストしてやるから覚悟しておけ』ってね」


「モイストってのは何なんだ?」


 訊いてみた。


「ちょっと痛いこと」


「やめてくれ。俺のおりえに痛いことしないでくれ」


「俺の緒里絵ェ?」


「そう。おりえは俺の嫁だ。マジで嫁だ」


「何言ってんのキミ! カオリはあたしのだ!」


「お前こそ何言ってんだ、俺のだろうが!」


「あたしの!」


「俺の!」


「はいはい、二人とも、くだらない争いはやめなさい。時間の無駄よ」


「ふっ、それもそうね……。達矢。避難したら結婚ごっこなんてしてないで、ちゃんと学業に励みなさいよ」


 いや、結婚ごっこじゃなくて、マジで事実上結婚してるようなもんなんだが。婚姻届に誓ってるんだが。


「それじゃあね」


「笠原さんは……どこに行ったのかしら」


 志夏がまつりに向かって言うと、


「あぁ、それなら、どうせ笠原商店で棚の商品をヤケ食いしてるんじゃない?」


 まつりが答えた。


「そっか。行ってみましょう」


「じゃあな、まつり」


 俺は手を挙げながら言う。


「カオリに手ぇ出したら、殺すからね」


「わかったわかった」生返事である。


 そして二人は、笠原商店の方へ向かって歩いて行った。


 花畑の中、風車の下。また、二人きりになった。


 カラフルな風が、吹いている気がした。




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